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第一幕 給餌係

 ナニガシ、美月、彩花、そして新たに加わった氷鶴。 

 4人旅となった一行は盆地の集落を出発した後、この「北部地方」の山岳地帯を東へと抜ける山道を進んでいる途次である。


 発つ前に集落の村長から、一帯の往来についての情報を得ている。


 それによると、現在歩んでいるこの山道は、『車座連峰』の南側を東へ突っ切っており、この山地を抜ける事が出来る数少ない交通であるという。

 『車座連峰』の裏側、つまり東側は丘陵地帯となっており、そこでこの山岳地帯は終わるのだ。


 そして山地を抜けた後、その丘陵地帯を更に東へ道なりに進んだ遠く先には、海がある。

 海辺には小さな漁村があり、そこに設けられた船着場から、この『中原の国』の「東部地方」へと渡る事が出来る。

 という話であった。


 相も変わらず行き当たりばったりなこの旅。

 その話を聞いたナニガシたちは、とりあえずその船着場のある漁村を目指す事とし、目下もっか進むのであった。


 ……見知らぬ土地を進むにあたって、情報源として頼るべきは、その土地の人間の言である。

 信用に足る者の言葉を得る事が出来れば、手探りで進む事はせずに済むのだ。


 だが……

 彼女たちは行くアテの無い風来坊であるゆえ、本人たちにも明日はどこに己の身を置いているか分からない。

 おまけに、野盗、山賊、落ち武者、商人崩れ、忍者……

 様々な悪党共が隙あらば襲い掛かってくる、こんなご時勢である。


 一寸先は闇。

 油断はならず、気の抜けない旅である。


 ……だが元々、ナニガシの仕事探しとも言えるこの旅。

 職を得たいだけなのに、とんでも珍道中となってしまっている。

 恐ろしい世の中である。

 どうしてこうなった。


 ……

 これも出発前の出来事であるが、抜け忍の『御主人』ら3人の無法者を捕らえた褒美という事で、彼らを連行しに来た国の役人から、多少なりの報奨金が下賜かしされていた。


 村長はそれを全てナニガシらに渡そうとしたが、「家を貸してもらったその家賃代わり」と、彼女たちは受け取りを固辞したのだった。

 ……それは、集落に山賊を襲来させてしまったという、図らずも自分たちがその遠因となった事に責任を感じていたからだ。

 

 だが一方、村長からも心苦しいからと、それならば半分づつ分けようという事で話がついたのだった。


 ……ということで、ナニガシたちが持つボロ巾着の中に入っている現在の路銀は、以前よりも潤沢であると言えた。


 ……のだが。


 そういった暖かい懐事情であるにも関わらず、氷鶴を除いた他の3人は、いつもの「粗食」が一向に止められないらしかった。


 ……根っからの貧乏性なのか、あるいは万一の事態を考えて金銭を温存しているつもりなのか、定かでは無い。

 どちらにしても、恐らく美月と彩花はナニガシと共に旅をするうち、彼女の「食性」に強く影響を受けてしまったのだろう。

 

 ナニガシ曰く、「腹に収まって空腹を満たせれば何でも良い」らしい。

 ……その食生活は氷鶴には、とても耐え切れるものではなかった。

 そんな食事事情ゆえ、彼女たちの栄養状態は、決して良いとは言えないかもしれない。


 そんな一行の、不健康な「食性」を改善しなければと、「健康第一主義者」の氷鶴は常々考えるのである。

 ……それは当然、己の身の危険を感じての事でもあった。


 ……

 

 道中の峠道。

 夜になり、一行は野営をする。

 4人は焚き火を囲み、座る。


「オホン。さて皆、いいかい?」


 ポンと膝を叩いて、氷鶴が他の3人に言う。


「食事というものは、人間の『根っこ』の1つなんだ。それを怠れば、水を与えなかった植物と同じく、人もまた『枯れて』しまうものなんだよ」


 面前で聞いている美月と彩花は、うんうんと頷く。


 ……

 その傍らで一方、ナニガシはと言うと……


 構わず、氷鶴は続ける。


「ボクの先生が常々言ってたよ。『薬と同じく、いやそれ以上に、日々の食事は生物の健康維持にとって重要な意味を持つ。つまり、医と食はその根源を同一としている』、とね」


 美月と彩花は頷く。

 ……ナニガシは……


 氷鶴はいつもの得意顔で、続ける。


「ボクは薬作りと同じくらい、先生から『効率的で有効な栄養摂取の手段』、つまり『料理』を沢山教わったよ。……という訳でー……」


 ……4人の目の前。

 なんと、焚き火の前には野草や山菜、川魚を使った、立派な「食事」が並べられていた。


「今日からボクが、皆のご飯を作るよ!お腹いっぱい食べてね!」


 キノコの汁物やワカサギの炙り、焼き長芋など、白く湯気立つ料理たち。

 それらを見て美月と彩花が眼を輝かせる。

 良い匂いが辺りに漂う。


 ……ナニガシは、もはや我慢が出来ない様子であった。

 先程からそれら料理からじっと目を離さず、氷鶴の「講釈」の最中も、まるで飢えた野犬の様に唸り声を上げていたのである。

 今まさに、「お預け」から開放されるや、それら食事を猛然と掻っ喰らい始めたのだった。


 これらの食材は、殆ど道中で氷鶴が調達していた。

 植物に詳しい氷鶴は歩きながら、食べられる野草やキノコなどを採って回り、そして川魚を釣ってもいたのである。


「すごい!こんなご馳走、集落のお正月からもう食べられないと思ってたよ!」

「本当に美味しそうですね。氷鶴さん、早速頂いてもよろしいですか?」

「どうぞどうぞ!食べて食べて!早くしないと、ナニガシさんに全部食べられちゃうよ!」


 氷鶴が美月たちに促す。 

 

 ……

 食事中、美月が箸を口に運びながら、呟いた。


「それにしても、急に食事当番を買って出るなんて、氷鶴さんすごいなあ……。……私は料理なんて出来ないから、ご馳走作れるのって、憧れるな」


 ……氷鶴は苦笑いしながら、これまでの食事風景を思い返す。


「……そりゃあ、今まで皆の食べてるもの見てたらね……」


 ……

 ナニガシを始め、美月たちが普段から食べていた「粗食」とは、「適当に採った道草や、たまたま目に留まった虫を火で炙り、塩をぶっかけて食す」事を指す。

 その様な食生活であるから、氷鶴でなくとも彼女たちの栄養事情を心配するのは当然であった。


 もはや言葉を忘れたかの様に何も言わず、ひたすら犬の如く喰う、ナニガシ。

 そして和気藹々と、美味しそうに料理を頬張る、美月と彩花。


 そんな彼女たちを見て、満足そうに頷く、氷鶴であった。


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