第二幕 身の上話
「……アタシは元々、この村の出身の人間では無いのさ……」
ナニガシはうな垂れながら、ぽつりと語る。
「4年前に流れてやって来た、『よそ者』さ。腹を空かせて山道で行き倒れになっているところを、通りがかったこの村の人たちに救われたんだよ」
「そうだったんですか……」
美月と2人、囲炉裏の前に座り暖かな炎を見つめ、話を続ける。
「それから、村にこの小屋を借りて住まわせてもらってるのさ。元々、ここに来る以前から根無し草だったアタシは、仕事を持って無くてな。ここに来て以来はどうにか食い扶持を求めて、ふもとの町を行ったり来たりしてるって訳さ」
美月が尋ねる。
「ナニガシさんは、お侍さん……なんですよね?」
それにナニガシは明るく笑い、答えた。
「ははは、そんな立派なものじゃないよ。剣の腕はからっきしだしね。腕っ節を求められる仕事なんて、アタシには到底出来ないさ」
が、その笑いはどこか……
自分自身を嘲る感情を含んでいるかの様に見えた。
「この村は木こりさんが生業なんですよね?その仕事は駄目なんですか?」
「アタシもここで働かせてもらえるようお願いしていたんだが、ここの人たちは自分たちの仕事に『よそ者』を関わらせたくないらしいんだ」
「え、どうしてですか?」
美月は首を捻る。
「ここの材木業は彼ら村人先祖代々からの生業だからね。そこに、フラリとやって来た『部外者』を入り込ませたくないんだよ」
ナニガシはため息をつく。
この村は、他の人里から離れた山の中に存在している。
人間の社会において閉鎖的な空間は、往々にしてそのコミュニティ内の繋がりが強くなる傾向がある。
そして、その「密接」な繋がりの中に入り込んでいく為には……ある種の、『根っこ』が必要となるのだ。
様々あるが、その『根っこ』とは……
平たく言えば、『信用』である。
他所の土地からやって来た「得体の知れないよそ者」であるナニガシに、この村におけるその『根っこ』は、無いにも等しかったのだ。
「そんな……」
「まあ、その土地にはそれぞれのやり方考え方があるからね。『部外者』のアタシが口を差し挟める事じゃ無いよ。それに……」
「それに?」
「アタシはここの村の人たちには感謝しているよ。命を救われてるし、アタシに住む場所を与えてくれてるしね。……とは言えさっき見てもらった様に、少々迷惑をかけてはいるがね……」
苦笑いすると、ナニガシは欠けた湯呑みに淹れた粗末な茶を啜る。
その温かさに安心した様に、ふうとひとつ息をついた。
「ナニガシさんはこの村に来る前は、どこに住んでいたんですか?」
「うん。アタシも君と同じく遠くの土地の出身さ。この国の南隣の国からやって来たのさ。……その国の、軍勢に従ってね……」
それを聞き、美月は意外と言わんばかり、思わず驚き大きな声で聞き返す。
「え!?軍に居たんですか?……だってナニガシさんって……」
「ああ、そうですよ。どうせアタシは、折角腰に差してる刀すらろくに扱った事も無い、へなちょこの臆病ですよ。そんなアタシが、なんで軍に居たのか聞きたそうですね?」
ナニガシは頬を膨らませる。
「あ、あの……どうしてそんなところに居たんですか?」
美月は申し訳無さげに苦く笑う。
「ふふ、冗談だよ。まあ早い話、アタシに出来る仕事が他に無かっただけさ。アタシはその軍勢の後方で荷物運びとか、雑用係をしていたのさ」
「あ、なるほど……そういう訳でしたか」
つまり非戦闘員として軍勢に加わっていた、という事である。
美月は納得し、頷いた。
「……でも、アタシはある時、その軍を抜けた。……奴らを、どうしても許せなかったからだ」
ナニガシは途端、眉間に皺を寄せ、険しい表情となる。
「許せなかった?」
「ああ、当初、その軍勢は『他国の難民への救済に向かう』という触れ込みと名目で編成された筈だったんだ。それらしい食料や物資をいっぱい持ってさ。アタシはその話に乗って、参加したんだ。……飢えて、困っている人たちを助けたくてね」
湯気立つ湯呑みの茶を一口啜り、続ける。
だが口が重くなったかの様に、その言葉は苦々しくなった。
「……だが、その軍勢の目的は全くの正反対だったんだ。何も知らない者を徴用する為の方便でしかなかったのさ。……騙されたアタシが、馬鹿だったよ」
話すうち、ナニガシの眼に悲しげな色が浮かんでいた。
その瞳はゆらゆらと揺れる囲炉裏の炎を、じっと見つめている。
「……一体、何があったんですか?」
美月が彼女に、静かに問う。
「そいつらは……この国にやって来るなり、『しでかした』んだ。……田畑を焼き払い、村から住人たちを追い出し、……そして逆らう者は、容赦無く……斬り捨てやがった。……女も子供も、関係無くな」
湯呑みを握り締める。
「……アタシは……直接自分が手をかけた訳では無いにしても、その非道な行為の一端を担いでしまった事に……罪悪感で、押し潰されそうになったんだ」
ナニガシは湯呑みから白く立つ湯気へと……
うな垂れる様に、眼を落とした。
「……一体何故、その軍勢はそんな事を?」
「簡単さ。敵国に対する侵略行為、破壊活動だよ。生産力を奪い、敵の国力を低下させる……戦の一環、それ以上でも以下でも無いさ」
湯呑みを呷り、中の茶を喉へと流し込む。
「……で、抜け出したは良いが、知らん土地でアタシは行くアテも無く、ふらふら彷徨っていたところをこの村に救われたって訳さ」
……ナニガシと美月の居るこの国は、『中原の国』という。
この『中原の国』は周り、「東」、「北」、そして「南」の3つの方角に、それぞれ他国が隣接している。
それら各々の国の君主たちは、お互いの土地を奪い合い、戦を繰り返しているのだ。
つまり『中原の国』は、敵国である3国に囲まれている事になる。
各国、戦が繰り広げられる中。
それら敵国の君主たちから、特にこの『中原の国』は……常に、狙われ続けているのである。
その理由は、立地にあった。
3つの国の中央に位置するこの地を手中に収める事が出来れば、物資の流通や人の流出入などを支える交通の要衝を抑え、そして支配する事が可能となるのだ。
さらに、中央の交通を抑えるという事は、兵站が容易となるという意味も持つ。
つまり、軍事的にも優位性が確保されるという事なのである。
周囲の国々を経済的にコントロールし圧迫し、そして常に、軍事的にも睨みを利かせる事が出来る。
戦略上最重要な土地となりうるため、各君主たちにしてみれば『中原の国』は、喉から手が出る程欲しい領地という訳だ。
だが当然それら思惑に対し、この『中原の国』の君主も黙っている訳にはいかない。
自国を守る為、防衛に専念する方針を採り、これまで何とか領地を維持してきていた。
元々、『中原の国』のこの君主は野心に薄く、他国への領土欲を持っていない事もあり、防御に徹する事を厭わなかったのである。
しかし現在、この『中原の国』は国力、兵力ともに乏しい状態に陥ってきている。
敵国3国を相手にするうち徐々に疲弊し、そして最早すでにこれ以上、守る事もままならない状況にある程であった。
そのため、常に周囲の国々から政治的、軍事的な圧迫をなおも受け続けている。
国境の守備が手薄な場所から、直接的に国内へ工作部隊の侵入を許し、その破壊活動による被害に苦しめられているという現状があるのだ。
ナニガシと美月が出会ったススキの野の廃村も、その犠牲の内の1つである。
……ゆえに、疲れきり痩せ細ったこの『中原の国』にはいつ、他国からの本格的な侵攻が行われるか分からない。
その時は、蹂躙され……或いはそのまま、国そのものを奪い取られるかもしれないのだ。
……『中原の国』に住まう人々は老若男女全て、そんな不安の中……
周辺の敵国への憎しみを募らせ、鬱々と、日々を過ごしていたのであった。
ナニガシは皮肉を込め、笑う。
「ふふ、とんでもない話だろう?……侵略に来たアタシが、その侵略される側の人たちに助けてもらったって事さ」
「で、でも、ナニガシさんが悪い訳じゃ……」
美月の言葉を遮る様に、彼女は言う。
「同じ事さ。……敵の国からやって来た人間は皆、敵としか見られないだろう……」
「……この村の人たちは、ナニガシさんの素性を知っているんですか?」
美月の問いに、ナニガシは首を振った。
「知らないさ……。アタシはずっと、黙っているんだ。……言えば、敵国の人間が何をされるか分からないからね」
「……」
「彼らに隠し続けている事に罪悪感はあるが……アタシもまだ、死にたくないしね……」
「……ナニガシさん……」
「ふっ。身の振り考えなきゃならないのは……アタシも、同じって事さ」
……2人は、沈黙した。
囲炉裏の炎がパチパチと小さく爆ぜる。
その音だけが聞こえてくる。
……沈んだ空気の中。
ふと美月が、口を開いた。
「……でも、ナニガシさんは私を助けてくれました。……私は、それに本当に……感謝しているんです」
彼女はナニガシの顔を、じっと見つめる。
「……私は、ナニガシさんは……良い人だと思っています。……そう、信じています」
……見つめてくる、少女の大きな眼。
曇りの無い、その黒瞳。
そこには、偽りの心や憐れみの情などは、無かった。
その眼を見た時、ナニガシにはすぐに理解出来た。
それは、真っ直ぐで純粋な、その本心から出た言葉であると。
……幼い少女の正直で、一物の無い、その澄んだ心を察した時。
自分の奥底に重く鉛の様に沈み込み、自身を苛んでいた罪悪感が、次第に薄れてゆくのを感じた。
過去から今に至るまで、自身を責め続けていた拭いきれない心の痞えが取り除かれ……
……そしてまるで、心が清く、洗い落とされていくかの様だった。
美月のその言葉を聞いた途端、ナニガシは目頭が熱くなり……
思わずホロリと、涙が零れ落ちそうになった。
「……美月……。なんて良い子なんだ……。……お姉さん、なんだか泣けてきちゃう……」
口調は冗談交じりに言うが、しかし。
……ナニガシはそっと、袖で目元を拭うのだった。