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第六幕 *****

 賊の頭領と真っ向から対峙する。 

 お互いが刃を向け合うその中、ナニガシは大声を張り上げた。


「彩花!そっちの住人たちを頼む!出来る限り守るんだ!!」

「分かりました!お任せ下さい!!」


 遠くから彩花が応えてくる。


 彼女は暴れ始めた山賊たちとすでに交戦しており、見ると、その足元には早くも2人の賊が地に倒れていた。


 だが如何せん彼らの数が多く、彼女のみで防ぎきる事は難しい。

 20人近くも居るその徒党は数に任せて暴れ、住人に襲い掛かりその狼藉を止めようとはしない。


 一刻も早く頭領を倒し、彩花に加勢し手下共を片付けなければならない。

 ナニガシは頭領と再び刃を交えんと身構えた。


 ……

 その時、彼女の背後で倒れていた氷鶴が、立ち上がってきた。

 その手には再び、鎌が握られている。


「……!氷鶴さん!君は家の中に逃げるんだ!早く!」


 その姿に気付いたナニガシが、敵から眼を逸らさずに叫ぶ。


 ……

 だがそれに、氷鶴は俯きながら、静かに呟いた。


「……ボクはもう、見ているだけなのは……イヤなんだ」

「……え?」


 ……その言葉。

 それは、ナニガシへ応えるものとは違っていた。

 

「……自分が何で未だに『ここに居る』のか。その理由はもう、分かっている。……誰かの役に立ちたかったから。誰かを助けたいと、願ったから……」


 消え入りそうな程に小さな、氷鶴の声。


「……ボクはもう、ここまででも良い。……だから……」

 

 鎌を持った手を、握り締める。


「……皆を、守るよ」


 ……

  

 ……それは、誰へとも無く言ったかの様だった。


 ナニガシへの応えでも無く、誰かに対しての言葉でも無い。


 ……

 氷鶴のその呟きはまるで、氷鶴自身に向けられたかに聞こえた。


 今までと様子が違うそんな氷鶴に、ナニガシは戸惑う。


「……氷鶴さん……?」


 一瞬気を取られ、ちらりと背後に眼をやった。


 ……

 だがしかし、そこに隙が生じてしまった。


 視線が外れたその刹那をついて、刃を向けていた頭領が瞬時に斬り込んできたのである。


「そこだ!くたばりやがれ、女ァ!!」


 その振り下ろされる刃にはっと気付き、ナニガシは咄嗟に視線を戻す。


「しまった!!」


 抜け目無いこの賊の頭領に、僅かな不意を突かれたのだ。


『ビュオッ!』


 肩口を狙った斜め上からの斬撃。

 鈍く輝く刃が太刀風を唸らせながら、己に向かってくる。

 反応しきれず、鞘での防御は間に合わない。


 ……

 その山刀が、ナニガシの身体を切り裂くかと思われた。


 だが。


『ガチンッ!!』


 金属音。


 ……

 頭領の刃は、ナニガシには届いていない。


 ……

 

 ……気付くと、目の前には氷鶴の姿があった。


 頭領の斬撃は、氷鶴の鎌によって、阻まれていた。

 ……ナニガシよりも一回り小さな細身の身体で、なんと今度は氷鶴が、鎌の柄で山刀を受け止めていたのである。


「何!?このガキ!!」

「氷鶴さん!?」


 ナニガシと頭領が同時に声を上げる。


「へへ……今度はボクが、ナニガシさんを守ったよ」


 2人の間で氷鶴は得意げに、ニヤリと笑った。


 ……

 ……頭領の顔がみるみるうちに、怒りを帯び、赤くなっていく。


「……次から次へと……鬱陶しい連中だ……!」


 幾度も刃を阻まれ、その声は怒気に満ちる。


「……だったら……!仲良くまとめて、……あの世に送ってやるぜぇ!!」


 叫ぶや、再び刃を振り上げた。

 

 ……渾身の力でナニガシと氷鶴に斬りかかろうと、掌を握り締める。


 そして。

 顔を朱に染め、怒りと殺意を込め、まさに振り下ろさんとした。


 ……

 その時。


 突然、ビクリとその動きが止まる。


「……うっ……な、何だアレは……!?」


 ……彼は山刀を頭上に掲げたままの姿勢で、動かない。

 まるでその場に固まったかの様に、身動みじろぎしなくなってしまったのである。


 ……

 その頭領の視線は眼前のナニガシたちではなく、彼女たちのその背後に向けられている。

 怒りに赤らんでいたその顔は次第に血の気が引き、逆に青ざめ始めていた。


 ……明らかに、普通の様子ではない。

 それはナニガシたちの後ろの『何か』を見て、恐怖に顔を歪ませているかの様に見えた。


「……何だ?どうしたというんだ……?」


 氷鶴を庇う様に抱き寄せ、刀で防御をしようと構えていたナニガシは頭領のその様を見て訝しみ、眉間を寄せる。


 ……

 

 ……一体何事なのか?

 後ろに何かがあるのか……?


 ただ事では無い様子を不審に思い、彼女と氷鶴は恐る恐る、背後に視線を移した。


 ……


 そこには……


 夜の黒い闇。


 ……

 ……その中に浮かび上がる、巨大な『白い影』があった。


 いや……

 『白い獣』……?


 ……

 闇の中でもはっきりと、その姿が認識出来た。


 『前足は2本、後足は4本。太く長い尾は二又に分かれ、犬の様な顔貌』


 ……

 体高はおおよそ13尺(約4メートル)はあろうかという、白く巨大な体躯の『獣』が、そこに居たのである。


 ……その巨体全身を覆う白い体毛が、まるでいかづちを帯びているかの様に、チカチカと光を発していた。

 それによって『獣』の周囲はキラキラと照らし出され、また、次第にその光が増していくと思う程、眩い輝きを放ち始めつつあった。

 ……まるで空に浮かぶ月の光を吸い込み、そして呼吸の如く、吐き出しているかの様にも見える。


「……え……何……アレ……」


 突如として背後に出現した、巨大な『白い獣』。

 その姿、得体の知れない生物への恐怖に、氷鶴は眼を見開いたままその場に力無くへたり込んだ。


 ……

 そしてその恐怖は、氷鶴だけが感じたものではなかった。

 集落の住人たち、山賊の男たち、彩花……そしてナニガシ。

 その場の全ての人間たちが声も出ず、硬直し、立ち竦んでいた。


 ナニガシは、額からどっと冷や汗が噴き出て、それが頬を伝い、そして顎の下へと流れ落ちていくのを感じた。

 ……辺りは静まり返り、滴り落ちたその一滴が地に落ちる音さえ聞こえるかに、感じた。


 だが……

 その感覚は恐怖によって、意識の外へと追いやられる。


 しかし、

 「氷鶴を守らなければ」

 という、本能の様な無意識が恐怖をも追い出した。


 彼女は咄嗟に刀を『獣』に向け、そして自らの身体を盾にする様に、氷鶴の華奢な身体に覆い被さり庇う。

 

 ……

 一方、その傍らに居る頭領も同様に、『獣』に欠けた山刀を向けていた。


「コ、コイツは……いつの間に、一体何処から出てきやがった……!?」


 そう言いながら、後ずさる。


 ……ふいに、住人たちが震える声で口にし始めた。


「や、『山の神』だ……『山の神』が出てきたんだ……!」


 ……それを聞くや、頭領はぞっと、背筋が凍りついた。

 歯を噛み締め、冷や汗が流れだす。


「『山の神』、だと……?馬鹿な……そんな……」


 目を見開き、怖れつつ眼前の『獣』を見つめる。


【シュウウウゥゥ……】


 ……

 獰猛たる獣の荒い鼻息が、風のの様に聞こえてきていた。

 その両の瞳は、満月の様な金の眼光を煌々と放っている。


 巨体による威圧感と、また、光を帯びたその姿。

 それは『神』と形容しても何らおかしくは無い程超越的で、そして神秘的な光景であった。


 戦慄する中、同時にその様相に見惚れたかの様に、頭領は視線を外す事が出来なくなってしまった。


 ……その時。

 突然『獣』のその金のまなこが、標的を捉えたかの様にギロリと、頭領を真っ直ぐに見据えたのである。


 その瞬間。

 彼はビクリと足が竦み、そして突如として、手が震えだした。


 ……目が合った一瞬、まるで自分が食われたかの様な錯覚を覚えたのである。

 それは、捕食者に狙われた獲物になったかの如き感覚だった。

 そしてそのまま身動き取れず、まさに、「蛇に睨まれた蛙」となったのである。


【……グルルルル……】


 睨みつけたまま『白い獣』が低く、唸り声を上げ始める。


 ……相対する者に敵意を示すかの様な。

 獰猛な、そして地から響き渡る様な。

 身の毛が逆立つ程の、恐ろしい声。


 その金の両目は怒気を帯びていくかの如く、俄かに瞳孔が開いていく。

 そして巨大な口角から太く鋭い長い牙を剥くや、その形相は、まさに獲物を食い殺さんばかりの「肉食獣」そのものであった。


 ……

 

 ……

 やがて、とうとう動き出したのだ。


 巨体をゆっくりともたげ、立ち上がる。

 6本足のその姿はこの世の生物とも思えぬ程に奇怪であり、巨大さと相まって、まさに異様であった。

 そして狙い定めたかに頭領に向かって、太いその足で歩みだして来たのである。


 だが……


 ……なんとその足音は、聞こえない。

 ……巨躯であるにも関わらず、まるでこの場に実体が無いかの様に静かに、音も無く、歩んでくるのだ。


 だがしかし、地面を踏み締め、ゆっくりと近づいて来る。

 二又の尾を高く突き立て、真っ直ぐに頭領へと向かって来る。


「ひいッ……」


 ……

 ……正体不明の、巨大な獣が、自分を狙っている。


 その恐怖で、頭領は息が止まりかけた。

 刃を向けて構えていたが、とうとうそれに耐えかねた。


 彼は声を詰まらせながらも、喘ぐ様に怒号を発した。


「ぐ、く……て、てめえら!!引き上げだ!ひ、引け……引けぇーッ!!」


 その酒焼けした声が裏返る。

 その声で、手下たちに撤退の号令を出す。


 そして自身も逃げる為、足がもつれながらも、身を翻そうとした。


 だが。


 地にぺたりと座り込んでいた氷鶴がそれを見て咄嗟に立ち上がるや、なんと遁走しようとした頭領にしがみ付いたのである。


「……!氷鶴さん!!何を!?」

「な、何だ!?テメェ、何のつもりだ!?放しやがれ!!」


 ナニガシと頭領が叫ぶ。


 頭領は氷鶴を引き剥がそうとするが、『獣』への恐怖に動揺し、手の震えが止まらず力が入らない。

 その抵抗の中なおもしがみ付き、そして氷鶴は叫んだ。


「ナ、ナニガシさん!今だ!コイツをやっつけるんだ!!」


 ……

 その氷鶴の言葉に、ナニガシははっと気付く。


 頭領を、ここで逃してはならないのだ。

 逃してしまえば、何時いつまた、この集落へやって来るか分からないからだ。

 ……だが必ず、この飢えた賊共はまた再び、襲い掛かって来る筈である。

 その時また、住人たちを守りきれる確証は無いのだ。


 この戦いを経て氷鶴は、この賊の頭領の狡猾さと執念深さを知った。

 復讐を果たす為、次はどの様な手段で以って襲撃をしてくるか知れたものではない。

 ……油断ならず恐ろしい敵だからこそ、ここで身を挺してでも、捕らえなければならなかった。


 ……『山の神』が現れ、彼らが浮き足立ったこの瞬間が、その最大の好機なのである。


 ……

 刀の柄を握るナニガシの手に、ぐっと力が入った。

 そして鞘に納めたままの刀身を、身動きが取れずにいる頭領の頭部目掛け、振り下ろした。


「おりゃああああッ!!」


 気合いと共に、黒い鞘がくうを切る。


 次の瞬間。

 

『ゴッ』


 鈍い音が、響く。


 ……頭領は声も上げず、糸の切れた人形の様に力無く、その場に突っ伏したのだった。


 ……

 それを見た残された手下たちは、『白い獣』への恐怖と、かしらを失った事とでとうとう戦意を完全に喪失し、次々とその場から敗走を始めていた。


「お、親父がやられたぞ!引けーッ!!」

「や、『山の神』に逆らうな!皆殺しにされるぞ!!」


 口々に喚きながら、彼らは集落から奪い去ろうとした食料などの荷を捨て、そして散り散りになって逃走していくのであった。


 ……


 賊たちがばらばらと逃げ去っていき、辺りを静寂が包む。

 その場には集落の住人たちと、ナニガシらが残された。


 ……そして……


 『白い獣』。


 『獣』は遠ざかっていく山賊たちの後ろ姿をじっと見ていた。


 ナニガシは頭領を打ち倒した後もなお、刀を構え続ける。

 ……それは、『獣』に向けられていた。


 ……眼前に佇むこの巨大な生物が、今度は自分たちへ牙を剥くか知れないからだ。

 賊が去った今……次の「獲物」として、この場の人間たちがその標的となるかもしれなかった。


 彩花と氷鶴、そして周囲の住人たちもまた、その白い巨躯を恐る恐ると遠巻きに窺っている。


 ……


 『山の神』。

 住人たちはそう呼んだ。


 だが……しかしこの『獣』が実際のところ、どの様な存在であるのか……

 結局、住人たちの誰にも分かっていなかったのである。


 ……果たして本当に、『神』なのか?

 この6本足の異形を見て、しかしその答えは誰にも出せなかった。

 誰の目にも……未だ正体不明の、得体の知れない生物でしかなかったのだ。

  

 ……

 謎と怖れを抱えたまま、その姿を見つめる。


 そんな中。

 ……突然、『獣』が唸り声を上げた。


【グゥオオオオォォーーーーンン!!!!】


 ……それは嵐の荒風が渦巻くにも似た、咆哮であった。


 その時空気がビリビリと、震える。

 まるで足元の大地から頭上の空へと向けて、振動しながら風が、吹き上がっていくかの様だった。


 ……狼の遠吠えの如く、空に浮かぶ満月に向けて、鳴く。


 ……

 人間たちの視線に気付いたかの様に、雄叫びをひとつ上げた後。

 『獣』はナニガシたちの家の裏手へと飛ぶ様に、音無く駆け、そして……。


 その白い巨体を、まるで風に融けるかの如く、フッと消したのであった。


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