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第四幕 救いたいもの

 「賊共!狼藉はそこまでです!!」


 飛び出すなり彩花は大声を張り上げた。

 集落の住人たちを後ろに庇うかの様に山賊たちのその眼前に割って入るや、ひとり、立ちはだかったのだった。


 その彼女の姿を見るなり賊たちは、はっとその動きを止める。

 彼らの視線が彩花に一点、集中した。


 ……『北の里』での一戦以来。

 彩花の顔を、賊たちは忘れてはいなかった。


 武器を以って大人数でして襲い掛かっても、彼女1人に散々に打ちのめされた。

 そして賊の誰1人として、その刃を届かせた者は居なかった。

 里での恨み晴らさんと今また威勢を張って打ち掛かったところで、手練の彼女相手では以前の二の舞となるだけであろう事は、賊たちの誰もが分かっていた。


「……ちッ」


 彼女の恐ろしさをその身を以って思い知っていた彼らは、迂闊に手を出せない。

 遠巻きに歯噛みしながら、彩花を睨むしか出来なかった。


 そのまま両者じっと対峙し、視線を外さず、身じろぎしない。


 ……

 その緊迫した様を横から見つめる美月が、傍らの氷鶴に耳打ちした。


(……氷鶴さん。例の『ドカーン』は使えないんですか?)


 それに氷鶴は、横に首を振る。


(ううん……。この狭い集落の中で使ったら、住人の皆を巻き込むかもしれない。それに、この『ドカーン』は火を撒き散らすから、周りの家にも焼け移っちゃう危険がある……)


 この集落の規模は小さく、木造の家屋や家畜小屋、倉などが互いに身を寄せ合う様に密集している。

 その様な場所で氷鶴の焙烙玉を使えば、まず間違いなくそれらを炎に巻き込む事となる。

 加えて今は空気の乾燥している冬季だ。

 一度ひとたび火が点けば瞬く間に集落全てを焼き尽くし、そして皆諸共、灰燼となるだろう。


 ……だがしかし。

 この状況を何とかして、打開せねばならない。


 彩花1人にこの場を任せる事は出来ない。

 彼女がいかに手練と言えど、やがて賊のその数に圧され、そしてまた再び、窮地に陥るであろう。


 ……このまま見ているだけでは……

 集落に居る者全てが山賊たちに蹂躙され、そして1人残らず、皆殺しにされてしまうのだ。


 ……

 そう思った時。

 ぞくりと、氷鶴の背に冷たいものが走った。

 

(……1人残らず……死ぬ……?)


 氷鶴はその言葉を、心の中で繰り返す。


 ……

 ふいに、その胸のうちに、去来するものがあった。


 ……それは、己の故郷。

 ……里で起きた、過去の凄惨な出来事の、記憶であった。


 ……

 雪に埋もれていく者。

 寒さに凍え、固まった様に、冷たくなった者。

 飢えに耐え切れず、痩せ細りながら、2度と起き上がらなかった者……


 ……自分の眼前で、次々と里の住人たちは、死んでいった。


 そして。

 ……己が慕っていた、「先生」たる薬師でさえも……


 指を咥えて、ただ見ているだけしか出来なかった自分が悔しかった。

 無力さを思い知らされ、やがて最後の1人となるまで涙を流す事しか出来なかった己を、恨んだ。


 薬師になれば、病や怪我で苦しむ人々を救えると信じていた。

 自らに救えぬものは無いと、そう信じていた。


 だが、そうではなかった。

 信じていた事も、守りたかった者たちも、全て……真っ白な雪に埋もれてしまった。

 ……結局、人に出来る事など限られていると……思い知らされただけだった。


 時が流れる中、次第にもはや全てを諦め。

 ……「里の皆の元」へと、自分も『行こう』とした。


 だが、あの時。


 美月と彩花が助けを求め、その戸口を叩いたのだ。


 吹雪の中、仲間を救う為に縋り付く様に辺境の里までやって来た2人。

 彼女たちを、何としてでも助けてやりたかった。

 ……大事な者たちを失ったからこそ、尚更その想いは痛い程に、理解出来たからだ。


 そして薬を拵え、毒の病に苦しむナニガシを救った。


 半人前ながらも、薬師としての責務から……というだけでは無い。

 それは、里の皆への贖罪でもあり、「先生」への手向たむけでもあり……


 そして……

 自分自身の存在理由を、知りたかったからなのだ。


 ……

 だが、しかし。


 ……今また、自分の目の前に居る人々が、その命を脅かされている。


 彩花が立つその後ろには、身を切り裂かれて血を流し、倒れている者たちが大勢居る。


 氷鶴は唇を噛み締める。


(……ボクは……また何も出来ないのか……?また……目の前で皆が死ぬのを、見てるだけしか……)


 手を握り締める。


(……嫌だ……。そんなのは、もう……)


 ……

 眼をやると、集落の入り口に1人、山賊の頭領が立っている。

 彼もまた手下たちと同じく、彩花の姿を恨めしげにじっと睨みつけ、その動きを止めていた。


(……賊の頭領……あいつを、何とかすれば……!)


 彩花は手下たちと相対し睨み合い、彼らのその動きを封じている。

 集落の男たちは凶刃に倒れた。

 そして、寝床の枕元に置かれた刀を見るに、ナニガシは侍であろうと見て取れるが……

 ……だがしかし、彼女は未だ、病で床に伏せる身である。


 ……

 氷鶴はふと、濡れ縁から外にそっと、降り立つ。

 そして傍らに落ちていた鎌を、拾い上げた。


 ……もはやこの場で動けるのは、自分1人。

 彩花に視線が集中し、賊たちに隙が出来ている今が、好機……


 ……

 氷鶴はぐっと、奥歯を噛んだ。


 そしてその瞬間。

 山賊の頭領に向かって、駆け出した。


「うわあああっ!」


 鎌を振り上げ、彩花にその目を向け続けていた頭領に、斬りかかっていったのである。


 ……指揮を執る彼を退ければ、手下たちも引き上げるであろうと考えたのだ。


 しかし。


 頭領は、脇から走り寄って来た氷鶴に目ざとく感づいた。

 手にしていた軍配を放り投げ、咄嗟に腰の山刀をズラリと抜き放つや、刃で氷鶴のその鎌を払い除けた。


『ドガッ!』


 そして、そのまま氷鶴を蹴り倒したのだった。


「うあっ!」


 悲鳴を上げながら、小柄な氷鶴は地面に勢い良く転げ、倒れる。


 一方、その姿を見るや頭領は「あっ」と声を上げた。

 そして、地面に倒れた氷鶴をぎろりと睨みつける。


「……テメエは……あの時、焙烙玉で散々やらかしてくれた白い髪のガキじゃねえか……?」


 ……彼は、氷鶴への恨みも忘れてはいなかった。


 焙烙玉によって尻尾を巻く羽目となった彼ら山賊たち。

 子供相手に面目を潰される事となった頭領である。

 恨み晴らしはじすすがんと、執念深い彼は当然、氷鶴のその顔をしっかりと記憶していたのである。


 目を見開いて驚いたかと思えば、彼のその顔がみるみるうちに怒気を帯び、赤く血気立っていく。

 山刀を握るその拳が、怒りに震えていた。


「……へん、だったら……何だって、いうのさ」


 地に倒れながらも、だが氷鶴も負けじと、睨み返す。


 しかし……

 裏腹に、その華奢な手はかたかたと、震えていた。


 ……強気に振舞っていても、殺気立つ賊に対する恐怖は拭えない。

 ましてやそれは、今まさに、己に向けられているのだ。


 目と鼻の先で、賊の刃がぎらりと輝きを放っている。

 それに対し氷鶴の精一杯の、抵抗の言葉であった。


 だがその言葉に間を置かず、山刀を握る頭領の腕が振り上がる。

 そして。


「生かして帰さねえだけだ!死にやがれ!!」


 叫び、手にする刃を、地に倒れたままの氷鶴に振り下ろした。


『ビュンッ』


「氷鶴さん!!危ない!!」


 彩花が危険を感じ、氷鶴を守ろうと駆け出す。


 だが距離が遠すぎる。

 間に合わない。


 己に目掛けて迫り来る、鈍く輝く刃。

 恐怖で、氷鶴は眼を固くつぶった。


 その凶刃が、まさに氷鶴に届かんとした。


 ……

 その時。


『ガキイィンッ!!』


 甲高い、金属と金属がぶつかり合う音。


 固く閉じた目の前で鳴り響いた。


 その音に氷鶴が恐る恐る眼を開き、見ると。


 ……

 自分と賊の間に……誰かが、立っている。


 ……誰かの背中が、そこにあった。

 氷鶴の眼前に、何者かが、立ち塞がっていたのだ。


 賊の刃は、その者によって、受け止められていたのである。


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