第二幕 苦い薬
「お姉ちゃーん!帰ったよー!元気ー!?」
美月は居間に入るなり、ナニガシの寝床へと駆け寄る。
……すると部屋の中央に敷かれたその布団の中から、もぞもぞと、青くやつれた顔が出てきたのだった。
「……うぅ……美月か……。元気な訳無いだろ……知らない間に、どこ行ってたんだよぉ……」
相変わらずナニガシはげっそりとした顔をし、ぐったりと床に臥せっていた。
言葉を発する事も億劫そうな有様であり、枯れ枯れの声音で弱々しく美月に応えてくる。
彼女とは約1週間ぶりに顔を合わせる。
食欲も無いのか、以前よりも心なしか更に痩せ細った様相となっていた。
これまでの快活で人懐っこい表情は面影も無くなり、血色の悪さと相まって別人の様に思えた程だった。
「ナニガシさん、お加減は如何ですか?」
彩花も布団の横に正座すると、そのナニガシの顔を心配そうに覗き込む。
「彩花ぁー……。一体、2人してどこに出掛けてたのぉ……?」
寝床から上体を気だるそうに起こすと、彩花の膝元に縋り付いてくる。
病床の中で余程淋しく心細かったのか、ナニガシは2人の顔を見るなり泣き顔となり、鼻を啜らせた。
そんな彼女の背中をさすりながら、美月が言う。
「もー、泣かないでよ。お姉ちゃんのお薬を貰いに行ってたんだよ」
「だったらアタシも連れてけよぉ……。1人きりでずーっと寝てたんだぞ。すんごく淋しかったんだぜ……」
やはり淋しかったらしい。
「えー?そんな身体で無茶言わないでよ。それにお姉ちゃん、私たちが出掛ける時、すごくぐっすり寝てたじゃん。大いびきまでかいちゃって。起こしちゃ悪いかなって思ってさ」
「うう……美月……慰めて……」
今度は美月に縋り付く。
そのナニガシの頭を撫でながら、意地悪げに美月が言う。
「ミミズ食べる?」
「食べないよ!」
そんな2人のやり取りを横目に、彩花が荷袋から氷鶴の薬を取り出すと、白湯の入った湯飲みと共に枕元へ差し出した。
「ともかく、早速このお薬をお飲み下さい。解毒のお薬です。すぐに良くなる筈ですよ」
その薬は散剤であった。
茶色く大豆を挽いた様な色と見た目をしており、そして包み紙を開いた瞬間、若干鼻腔の奥を刺激する様な薬草臭さがつんと、あたりに漂った。
それを鼻にすると、ナニガシは俄かに顔を顰める。
「……それ、苦い薬……?」
「『良薬口に苦し』と申します。恐らくは、苦いでしょう」
と彩花。
「……苦いのイヤなんだけど……」
「飲んで下さい」
ナニガシの拒絶の言葉に間髪入れず、彩花が表情を変えずに薬を押し渡す。
「あ、はぃ……」
静かな圧に負け、しぶしぶと薬を口に含むナニガシ。
「ぶっ、ぶふッ」
「大丈夫ですかナニガシさん」
……やっぱり苦かったのか、口に入れた途端に鼻から噴き出した。
険しい表情のまま湯飲みを口に捻じ込むと、なんとか白湯で喉の奥へと流し込んだのだった。
「……あぁー……」
大きく息を吐くと、ナニガシは枕に頭を落とす様に、ぐったりと倒れ込む。
「ふふ。ゆっくりとお休み下さいね。じきに、良くなりますよ」
彩花はニコリと優しく笑うと、ナニガシの身体を拭く為の手拭いを用意しに、台所へと向かっていった。
それを見送ると、美月が言う。
「お姉ちゃん、これですぐに良くなるよ。薬師さんが作ってくれたお薬だもん。……あ、夜もこのお薬をちゃんと飲むんだよ?」
それを聞くや、ナニガシは閉じていた眼をくわっと見開き、飛び起きた。
「……え?……このめちゃくちゃ苦い薬、まだ飲まなきゃいけないの……?」
「当たり前でしょ。1回飲んだだけですっかり治る訳無いじゃん」
あからさまに嫌そうな顔をするナニガシに、ぴしゃりと念を押す美月。
ナニガシは黙り込み、布団に頭から潜り込む。
……そしてそのまま、夕方まで出てこなかった。
彼女にとって、この薬は余程、「良薬」であるらしい。




