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第十二幕 重なり合う路

 氷鶴の秘密兵器「アレ」……いやもとい、「焙烙玉」により無事、山賊たちを追い払う事が出来た。


 窮地を脱したが、しかし夜も更けてしまった。

 戦いによる彩花の疲弊もあるため、3人は一旦氷鶴の家に戻り、一時的に身体を休める事としたのだった。


 だが逃げていったとは言え、いつまた、山賊たちが戻って来るか分からない。

 この冬の雪山、食料乏しく寒さ厳しい自然の中で生きる無頼ぶらいの者たちである。

 彼らも生きる糧を得る為に必死であろう。

 飢えれば、人間も動物と同じく、形振り構わなくなるものだ。

 彼らが再来してくるであろうその可能性を考え、用心しながらの休息となった。


 再び火を入れた囲炉裏の前に座り、冷えきった身体を温める。

 緊張感から震えていた心も、火の温かさに次第になごみつつあるのだった。


 そのせいか、恐怖と緊張から開放された安心感からか、戦いの中彩花の身を案じていた美月は彼女の横にぴったりとくっついて座り、離れようとしない。

 ニコニコと微笑みながら身体を彩花に預け、犬か猫の様に顔をすり寄せていたのであった。 

 

「氷鶴さん、ありがとうございました。お陰で助かりました」


 彩花が深々と頭を下げ、礼を言う。


「別にそんな、いいっていいって、お礼なんて言わなくても」


 氷鶴が頭を掻きながら照れ笑いする。


「それにしても、のんびりしていたらあの悪いヤツらがまた狙って来るかもしれない。2人はすぐに南の集落へ帰るんだよね?」

「はい。頂いたお薬を早く、ナニガシさんに渡さなければなりませんから」

「そっか。うーん……」


 彩花の言葉を聞くと、氷鶴はしばし考える。

 そして、おもむろに2人に言う。


「……ねえ、ボクも集落まで一緒に付いて行っても良いかな?」


 その意外な申し出に美月と彩花が驚いた。


「え!?ご一緒に来て頂けるのですか?」

「うん。だって2人だけでの集落までの道中、さっきの連中に狙われるかもしれないし危ないじゃないか。役に立つか分からないけど、ボクも居れば助けになれるんじゃないかなーっ、てね」


 氷鶴はニッと笑う。


「あ、もしもお2人のお邪魔じゃなければ、ね」


 と、彩花への美月の甘え様を見て付け加える。


「いえ、お邪魔などとんでもございません。是非ご一緒して頂けるのならば助かります。ナニガシさんの様子も、実際に診て頂ければ安心ですしね」


 その彩花の返答に、横に座る美月が何度も頷いて同意を示す。


「うん!そうそう!お姉ちゃんと一緒にお礼もしたいしね!」


 2人のその快諾の言葉に、氷鶴は嬉しそうに表情を更に明るくさせた。


「ありがとう!それじゃあ、ボクも2人に付いて行くよ。で……いつ出発する?」


 美月と彩花に尋ねると、2人の顔を交互に見る。

 彼女たちのその眼は、氷鶴の顔をジーッと見つめていた。


 ……言わなくとも分かるだろう、とその眼が語っている。


「……今すぐかい?……だよねー……」


 2人の「圧」に飛び上がる。

 そして氷鶴は大急ぎ大慌てで、旅支度をし始めたのだった。


 数10種類という、多くの薬の素材が入った木箱を背負う。

 そしてすり鉢、薬研、包丁、匙やはかりなど、調薬に用いる「商売道具」を荷袋に詰め込む。


 そして……例の「アレ」も。


「その『ドカーン』も持って行くんですか?」


 横で興味深げに眺めていた美月が尋ねる。


「あったり前さ!こいつでさっきの悪いヤツらに一泡吹かせてやったんだからね。道中で懲りずにまた襲ってきたら、もう一遍いっぺん食らわせてやるのさ!」


 氷鶴がぐっと親指を立てる。


「あと5個も残っているんですね」

「大事に残しておいても、中の火薬がシケっちゃったら只の玉だからね。折角苦労して作ったものだし、腐ったら勿体無いから早く使い切っちゃおっと。『賞味期限』ってヤツさ」

「……そういうものなんですか……?」


 「賞味期限」を理由に爆弾を投げつけられる山賊たちも堪ったものではない。


「さあ、お2人とも。出立致しましょうか」


 彩花が促す。


「はーい!」

「おー!」


 美月と氷鶴が元気良く返事する。


 囲炉裏の火を消し、草鞋を足に結び、土間に降りる。

 彩花は静かに戸口をほんの少し開けると、警戒する様に外の様子を窺った。

 眼を見開き、耳を澄ます。


 ……静かだ。


 外は静まり返っている。

 先程と一変し、人の声や足音はおろか、金属音や布擦れの音も聞こえない。

 何かが隠れている気配も無く、誰も、家の周囲には居ない様だった。


 それだけでは無い。 

 風の吹く僅かな音も、雪の降る微かな音も耳に入ってこない。

 夜の静寂の中で、まるで全てが眠ったかの様に、静かだった。


 ただひとつ。

 彼女たちの意識に入るものといえば、その僅かな戸口の隙間から見える、星が光る夜空の断片だけだった。


 戸を大きく開ける。

 その瞬間、ひんやりと冷たい空気が頬を撫でるかの様に、こちらに流れ込んでくる。

 一歩踏み出し外に出ると、吐息が白く、自分の顔の前を覆った。


 その吐息が昇り、消えていく先に見えるもの。


 ……

 大小の星々が輝き、それらが空の端から端まで全てを覆う、一面の星光の夜空であった。


 先程まで降っていた雪は、止んでいる。

 薄く張っていた一切の雲が、この空から取り払われていた。

 在るのはただ、星たちのまたたきのみであったのだ。


 全てが眠ったかに思えた夜にあって唯一、目覚めていたのは星々だけだった。

 静謐せいひつの中で真っ黒の夜空を賑々しくさせ、何も聞こえぬ静かさの中、その星たちの囁き声が聞こえてくるかの様だった。

 

 遠くに眼をやると、南に聳え立つ『雲呑みの山』の姿。

 その稜線が形どり、まるで星空から切り取ったかの様に、黒く山影を浮かび上がらせている。


 月はすでに、山々の稜線の陰に沈んでいる。

 だが代わりに星の光で照らされているかと思える程、その煌きは、眩しく見えていたのだった。


 ……幻想的な光景。

 頭上の満天の星々を見上げながら、見惚れた美月が小さく、感嘆の声を漏らす。


「わあ……綺麗……」

 

 横の氷鶴も夜空を仰ぐ。


「冬は空気が澄んでいるからね。一段と星が良く見えるのさ」

「へえー……こんなに綺麗に見えるんだ……」


 瞳を輝かせ、星を見つめる美月。


 ……その彼女に氷鶴がふと、問いかける。


「……ねえ、美月ちゃん……」

「なんですか?氷鶴さん」

「……この里は……良い所だと思うかい?」

「え?」


 ……

 唐突な、言葉。

 

 氷鶴を見ると……

 その表情はどこか、淋しげであったのだ。


 ……


 再び星を見上げると……

 美月は、笑顔で答えた。


「勿論です!とても、素敵な里だと思います!」


 ……

 それを聞いた氷鶴は……

 何だか、胸のつかえが取れた様な……そんな気がしたのだった。


「……ありがとう。……美月ちゃん、彩花さん……」


 氷鶴ははにかみ、美月の頭を、くしゃくしゃと撫でた。


 ……

 暫くし、美月と彩花は歩き出した。


 氷鶴も一歩、その足跡に続いて、歩こうとする。

 しかし。


 立ち止まって、後ろを振り返る。

 そして。


 ……故郷の里を、眺めた。


 ……

 山のふもとの、今は誰も居ない里。


 氷鶴は静かに呟いた。


「……皆。ちょっと出掛けてくるね。……行ってきます……」


 ……

 そして、前を向く。

 白い息と共に、美月と彩花の背を追って、駆け出した。


「おーい!2人とも、待ってよー!」


 見守るかの様な、星々の下。

 里に、氷鶴の元気な声が響く。


 ……在りし日の里の風景は、今は、氷鶴の心の中だけにしか無い。


 薄く積もった、雪の上。

 3人の足跡だけが、無人の静かな里に残るのだった。


                         【第九話 了】


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