第十一幕 炸裂!氷鶴の秘密兵器
裏口から家の中に入ると、氷鶴は居間のその奥、調薬室の押入れを慌しく開けた。
「ええっとええっと、どこだったかなー?『アレ』は、どこだどこだ……?」
這いつくばり、若干カビ臭い押入れの中に頭から身体を突っ込み、「アレ」とやらを探す。
押入れの外に尻だけを出した体勢で、暗闇の中をガサゴソと手探りで探し回る。
中はカビだけでなく埃まみれで、咳き込みながらも指先の感覚を頼りに、探し求める。
暫くそうやっていると、その暗がりの中から「あっ」と声が上がった。
「あったあった!やっと見ーつけた!」
その嬉しげな声音から、どうやらお目当ての「アレ」が見つかったらしい。
そして這いつくばったその体勢のまま、押入れから後ろ向きで這い出ようと、その尻が後退してくる。
そして立ち上がろうと上体を起こした時、上下の仕切りに「ゴンッ」と頭をぶつけた。
「いてっ!いたた……」
涙目になりながら、頭をさすりつつ立ち上がる。
……だがその顔には、得意げな色が浮かんでいた。
「へへへ……。見つけた見つけた!」
その手の上に何か持っている。
それが「アレ」であろうか。
それは握り飯2個分程の大きさの、茶色い素焼きの丸い土器であった。
そしてその土器の内部から細く短い撚り縄がはみ出ている。
それが全部で20個程入った木箱が、厚く積もった埃と共に押入れから引っ張り出されてきたのであった。
「……うーん。でもこれ、まだ使えるかな?作ったのいつだったか忘れちゃったし……。上手く使えると良いけど……」
不安げな面持ちでそう言いながら、その「アレ」の上に被った埃を息で吹き払い、顔を顰める。
そして傍らの机の棚に置いてあった火縄を手にすると、まだ燻っている囲炉裏の火をそれに移した。
「アレ」が大量に入った木箱と、白い煙を微かに先端から漂わせる火縄。
それらを携えると、そして来た時と同じく、氷鶴はまたも慌しく裏口から外へと出て行ったのであった。
……一方、彩花と山賊たちの戦いは続いている。
彩花は今なお荒くれの男たち相手に立ち回り、そしてすでに7人目までをも薙ぎ倒していた。
次に打ち掛かって来るであろう8人目に対し隙無く身構え、己を囲む賊たちをじっと睨んでいる。
しかし、今まで大人数と対峙しても引けを取らなかった彼女であったが……
流石に体力の限界か。
肩で僅かに息を切らし始め、微かな白い吐息が紅い唇の間から絶えず漏れ出ていた。
「……ふう。……数が多いですね……。7人倒しても、まだこれだけ居るとなると……」
大きく深呼吸をする。
賊たちも確かにその数を減らし始めてはいるが、周囲を見やるとしかし未だに、なおも10人足らずが残り、彩花に刃を向けている。
そして悪い事に……
最初に倒した男たちも、雪の上からよろよろと立ち上がり始め、そして再び囲みに加わってくる始末であったのだ。
やはり……致命傷を与え再起不能としなければ、敵の数は減らない。
さもなくばこちらの体力のみが消耗するのみである。
時間が経つにつれ、状況は劣勢となってきていたのである。
一方賊たちの方はというと、最初の内は予想外に手強い彩花に対し、逃げ腰となっていた。
だが、やはり数の優位である。
彼女が肩で息をしだした様を見て取るや、次第にその緊張も解かれ始めたのか、再び下卑た薄ら笑いを浮かべつつ、彼女を嬲るかの様に囲んでいるのであった。
……いくら手練であろうと、やはり1人では限界があったのだ。
彩花は眼を閉じる。
(……時間稼ぎも流石にこれまででしょうか……。美月ちゃんたちは無事にこの場から脱せたならば良いのですが……)
……美月を想う。
そして、眼を開ける。
その瞳は、光が入ったかの様に、煌いていた。
そして、再び眼前の敵を射殺すかに睨み付けたのだった。
覚悟を決めたかの様に大きく息を吐き出すと、そして静かに構え直す。
己を囲む男たちの肩越しに、囲みの外に立つ頭領へと視線を向けた。
せめて、敵の大将を討ち取らんと、彼に標的を定めたのである。
拳を握り締め、足を踏み締める。
……そしていざ、かの者に向かわんとし踏み出そうとした。
その時。
少し離れた横合いから突如、大声が飛んで来たのだ。
「おーい!!こっちだ、こっち!!」
その声の方を見ると、叫びながら両手を大きくブンブンと振る、白い人影。
氷鶴だった。
彩花は眼を見開いた。
「……え!?氷鶴さん!?何故ここに?まだ逃げていなかったのですか!?」
驚きと共に、思わず大声が上がった。
それに対し、氷鶴が同じく大声で応えてくる。
「お客さんを置いて逃げたりするもんか!それよりも彩花さん!伏せて!!」
「え!?」
叫ぶやいなや、氷鶴は手にしていた茶色く丸い物体を、俄かに山賊の集団に向かって思い切り投げつけたのである。
『ブンッ』
その物体が何かと考える間も無く、言われる通り彩花は咄嗟に、地面に伏せる様に体勢を屈めた。
賊たちへ向けて投げつけられた、空中で放物線を描くその物体を見つめる。
一方その傍らで、突然の乱入者に唖然とし、何事かと立ち尽くす山賊の男たち。
状況が把握出来ぬままのその間、自分たちに向かって飛んでくる謎の丸い物体を見つめる。
『パリィ……ン』
そして……
その物体は男たちの足元に落ち、割れた。
その瞬間。
『ドッカアアアァーーーーンンッ!!』
大爆発した。
その場の誰が予想出来たか。
投げられた物体が地に落ちた途端、落雷の如き大音響と眩い炎と共に突如、炸裂したのである。
そして次にはその周囲に火炎が激しく飛び散るや、その場の雪を溶かし、地の草々を炎上させたのであった。
「ぎゃああああーーーッ!!」
落下地点付近に居た男たちが絶叫した。
飛び散った火炎が数人に燃え移り、その身に着けていた衣服を見る間に焼いていったのである。
彼らは何が起きたか理解出来ないまま、雪の積もった地面を転がりながら、炎の熱さと恐怖から逃げ惑う。
静かな雪里の夜に、突如として巻き起こった大混乱。
叫びと炎上の阿鼻叫喚が、無人だった野を覆ったのだった。
その有様を見て、氷鶴が呟いた。
「あらら……成程、これが先生お手製の『焙烙玉』ってヤツなんだね……。使ってみたのは初めてだけど、こりゃ確かに凄いや」
「焙烙玉」
土器の中に鉄片と火薬を詰め、火を点けて投擲する事により、引火による爆発で鉄片を撒き攻撃する兵器。
普通の焙烙玉は落下地点の小さな範囲を攻撃するものであるが、氷鶴のものは更に広い範囲に炎を撒き散らし周囲の対象を炎上せしめる効果を得る為に、打上花火に使われる割火薬と焼夷剤を詰め込んだ、いわば「炸裂弾」と「火炎瓶」をかけ合わせた様な代物であった。
氷鶴の「アレ」とは、この「特製焙烙玉」であったのだ。
彩花は眼を丸くし地面で身体を強張らせながら、賊たちがのたうち回る様を呆然と見ていた。
大音響と火炎と、男たちの泣き叫ぶ声。
あまりの激しい様相に、投げつけた氷鶴本人も驚き、しばしたじろいでいた。
が、しかし。
「……ま、いっか。もっと投げちゃおっと」
と言って、氷鶴は傍らの木箱の中から次々取り出すと、ひょいひょいと賊へ向かって投げ続けだしたのである。
『ドドドーーン!!ドッカーーン!!』
方々で続々と、大爆発が巻き起こり始める。
これまで静かだった里の夜空を火炎で明るく照らし、そしてその下は山賊にとって地獄と化したのだった。
炎が燃え移り雪の上を転がる者。
恐ろしさの余りに腰が抜け、爆発の中を泣きながら這いずり回り逃げ惑う者。
これまで、たった1人の少女を囲んで笑いものにし、強気な威勢を張っていた賊の男たちは今や竦み上がり、もはや泣き叫び地面をのたうち回るしか術が無かったのであった。
手下たちのその惨状と有様を見て、賊の頭領は歯を軋らせ睨み付ける。
「くそッ……なんてガキ共だ……!……テメエら!!引き上げだ!引け!引けーッ!!」
最早、手下たちが恐怖に逃げ惑っている以上、食料や金品の強奪どころでは無かった。
敗色と見て、早々に引き上げるつもりの様である。
巻き起こる爆発の中、響く頭領の怒号。
彼は古びた軍配を手に、それを振りかざして手下たちに撤退の命令を下す。
するとそれを合図に、散り散りながらも賊たちは山に向かって、俄かに退却をし始めたのである。
……しかし大抵の者たちは腰が抜けて地面を這いずっている有様だった。
彼らは文字通り、「這々の体」で逃げていくのであった。
「やーい!ばーかばーか!お前らの母ちゃんでーべーそ!二度と来んな!!」
くたくたになった男たちのその後ろ姿に対して、氷鶴は大声で、ありったけに罵るのだった。
……
……賊たちは去った。
周囲には、静寂が戻る。
そして見渡すと。
……辺り一面の、荒れ様であった。
雪は四散し草は灰と化し、地面は黒く焼けて周囲一帯に白煙が立ち昇っていた。
清純な真っ白い雪の積もる、素朴で美しい里の風景は……
燻り続ける炎と煙、そして灰によって跡形も無くなっていたのであった。
「……あーらら……。これはもしかして……やり過ぎちゃったかなー……?……あはは」
その光景を眺めながら、苦笑いし頭を掻く氷鶴。
「氷鶴さん!!」
その「祭り」の後の静けさと煙の中、彩花が駆け寄ってくる。
「これは何という有様……。一体、何を投げていたのですか?」
「へっへん!よくぞ聞いてくれました!……これはね……」
氷鶴は笑顔で、焙烙玉を見せ付ける。
「これは『焙烙玉』と言って、シュッと火を点けてポイッと投げると……ドカーン!!ってなるヤツなんだよ!どう?凄いでしょ!」
「……は、はあ……」
氷鶴の答えに彩花は首を傾げる。
氷鶴の説明は、彼女にはいまいち理解出来ないらしい。
「万一、ああいう悪いヤツらが来た時に里を守る為に、昔、先生と一緒に作っておいたものなんだ。湿気て無くて、まだ使えて良かったよ!」
そう言い、得意満面の笑顔で胸を張る。
人の体を治す薬と同じく、火薬は化学的な知識によって作られる。
氷鶴の焙烙玉は「腕の良い薬師」こと、氷鶴の師によって作られたものであるが、その薬師は薬学のみならず火薬に関する知識にも精通していたようだ。
おそらくその弟子である氷鶴も少なからず、師からそれを学んでいたのかもしれない。
「……美月ちゃんはどこに!?ご一緒では無いのですか!?」
氷鶴の傍に美月が居ない事に気付くと、彩花は慌てて周囲を見回し、彼女の姿を探す。
「ああ!美月ちゃんなら……」
氷鶴が後ろを振り向いたその先から、小さな人影が走り寄って来た。
美月であった。
「彩花さん、彩花さん!!」
足が縺れそうになりながら、こちらにパタパタと駆けて来る。
彩花もその姿が眼に入るや駆け寄り、そしてその小さな身体を受け止める様に、強く抱き締めた。
「ああ……!美月ちゃん!」
「うわーん!彩花さーん!」
美月は、彩花の胸の中に顔をうずめる。
……
抱かれた時、その温もりを感じると。
それまでの、張り詰めていた緊張が解け。
抑えられぬ程の、彩花への想いが溢れ出し。
……途端に、涙が止まらなくなった。
彩花はそんな彼女をあやす様に、優しく、頭を撫でる。
「お怪我は無いですか、美月ちゃん」
「うん、彩花さんは?」
「私も大丈夫です。氷鶴さんが、助けて下さいましたから」
お互いの無事に安心し、そして、ぎゅっと抱き締め合う。
心から安堵し。
……2人は暫く、そのまま離れる事は無かった。
……
そんな彼女たちの様子を、傍らで見つめる氷鶴。
(……ふふ。まるで、本当の姉妹みたいだね。何はともあれ、良かった良かった!)
満足そうに微笑み、得意顔でうんうんと頷く。
一難去った、冬の里。
こうしてまた、静かな夜が戻ったのであった。




