表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/100

第一幕 ようこそオンボロ小屋へ

 ススキの野の真ん中を突っ切る、この荒れた街道。

 その行く手には、小さな小高い山が進路を塞ぐかの様に立っており、道はそのまま登山道へと続き、山の中へと伸びていく。


 女侍ナニガシと、彼女に救われた迷子の少女美月。

 連れ立って道を行く2人は、その登山道へと入る。


 緩やかな山道をゆるゆると登っていくと暫くして、峠が見えてきた。


 峠を越えた先の山の中腹には、こじんまりとした村がぽつりと存在する。

 この女侍ナニガシは、この村に居を構えているのだ。


 2人は半日の道程の後、やがて村の入り口へと辿り着いたのであった。


「ここがナニガシさんの住んでいる村ですか?」


 低い木杭が打ち立てられたのみの、村の簡素な門を見回して美月が尋ねる。


「そう!ここにアタシの家があるのさ。こっちこっち!」


 ナニガシに手を引かれ、その入り口をくぐり抜ける。


 彼女が言うには、この村には20数人の住民が暮らしているという。

 彼らの数世代前の先祖の代がこの山の土地を切り開き、そして以降、その子孫として住まう。

 代々、山より切り出した材木を売る事によって生計を立て、村の生業としているのだ。

 

 2人は土壁の家々が囲む村中央広場を通り抜ける。

 そしてその中心より離れる様に少し歩くと、やがて、村の外れまでやって来た。


 周囲は木々が覆う、鬱蒼とした場所。

 そこには、森に囲まれる様に、一軒の小さな家が建っていた。


「これがアタシの家さ!さ、入って入って!」


 どうやら、これがナニガシの住居らしい。

 客の来訪を歓迎するかの様に、彼女が嬉々と促した。

 

 だが……


 その建物は「家」というより……

 まるで「掘っ立て小屋」の様なくたびれた様相であった。


 その土壁は一部が崩れ、穴が開いているではないか。

 そしてよく見ると、ネズミの通り道らしきものもあるのだ……


 軒も梁から剥がれかかり、その上少し欠けている。

 それが風が吹く度にばたばたと煽られ、頭上でやかましい音を立てていた。


 ……はっきり形容すると……


 「ボロ家」であった。

 「家」と言われなければまず間違い無く、無人の廃屋か物置小屋と見間違えるだろう。


 周囲の木の枝が屋根に被さる様に覆っているその様は、夜に見ればあるいは、おどろおどろしい幽霊屋敷とも言えるかもしれない……


 そんな様相であった。


「……お、おじゃまします……」


 美月は眼前に佇むこの奇怪なボロ小屋……もとい、この怪しげな家を見て、内心躊躇した。


 果たして、この家に入っていっても良いものだろうか……?

 取って食われやしないだろうか……?

 そもそも、本当に家なのか……?


 促すナニガシの顔を伺いながら、やや引きつった愛想笑いをする。

 一方のナニガシは、屈託の無いニコニコ顔をこちらに向けていた。

 

 これを堂々と「自分の家」と言うのはなかなか勇気が要ると思われるが、ナニガシ本人は、そんな事は全く意に介さない様である。


 その笑顔にとうとう意を決し、美月はいかにも建て付けの悪そうな、「掘っ立て小屋」のその戸口をガタガタと開けようとした。


 が。


 ……なかなか開かない……


 思った通り見た通り、ボロ過ぎるためか、戸口が開かないのだ。

 家自体が倒れ掛かり、柱が歪んでいるのかもしれない。


 しばしガタガタミシミシと、開かない扉と、奮闘する。

 

 やむを得ず、半ば強引に、力任せにこじ開ける様にして……

 ……そうしてようやく、開かれたのだった。

 その開いた瞬間……若干、家がミシリと軋んだ気がする。


 ……家に入るだけなのに、これはとんだ一苦労である。

 ひょっとすればこれが鍵代わりなのかもしれない。


 そして、その屋内が露わとなった。


 家の中は外見通り、いや予想通りのボr……質素な造りであった。

 こじんまりとし、玄関である土間とその奥の居間、合わせて広さ8畳程であろうか。


 しかし、それ以上に目に留まる光景……


 物の散らかり様が凄まじいのだ。

 その床には書物や脱ぎっぱなしの小袖、鍋などの調理器具、その他ガラクタが散乱しており、足の踏み場も無い状態ではないか。

 床の畳が全く見えない程だ。


 その惨状は、寝床をどこに敷いているのか不思議な程であった。


 おおよそ女性の住まう場所とは思えない、まさに「汚部屋おへや」といった有様なのである。


「……わー……」

 

 家に入ろうと一歩足を踏み入れた美月が眼を丸くし、その場にぴたりと固まってしまった。

 本能で危険を感じ、ここに入る事を無意識のうちに拒絶してしまったのか。


 部屋の有様とその美月の反応を見て、「しまった」とばつの悪そうな表情をし、ナニガシが申し訳無さそうに頭を掻く。


「あ、あー……今……ち、ちょっと散らかっていてな、すまんすまん、すぐに片付けるよ。わはは……」


 彼女はどうやら「ずぼら」な性格らしい。

 ナニガシは慌てる様に、散らかる品々を押入れにポイポイと放り込み始める。


 美月が苦笑いしながら言う。


「あ、あはは……私も、片付けるのお手伝いしますね」

「おお、そうか。じゃあ、これはそっちの棚に突っ込んで……これはこっちの押入れにぶち込んで……」


 ナニガシのいい加減な指示の下、家中のガラクタを片付け続ける2人。


 そうして暫くすると、その「ひと騒動」が終わった。

 散乱していた品々によって、隠れていた畳がやっと姿を現したのだ。

 ようやく腰を落ち着け(物理的に)、一息つく事が出来る様になったのであった。


 ナニガシが埋まっていた居間の囲炉裏に火を入れると、その傍にどかっと座った。

 尻を着いた途端、畳から埃が舞う。


「……やれやれどっこいしょ。いやあ、連れて来て早々大忙しになってすまんなあ。……アタシはどうも片付けが苦手でな、わはは」 


 腰に差した大小の刀を帯から抜き床に置くと、ナニガシは機嫌良さげに大きく笑う。


 彼女の笑顔はどこか、見ている者を朗らかな気持ちにさせてくれる。

 八重歯を見せた人懐っこいその笑い顔は、無邪気で屈託が無く、愛嬌があった。


「いえ、私にお手伝い出来る事があったら何でも言ってください」


 美月も畳に正座する。

 その笑顔につられ、くすりと笑った。


「ありがとう美月。では、さてだが……」


 ナニガシが向き直り、美月に問いかけた。


「今後の君の身の振りを考えなければな。ここに落ち着くのも良いが、それより、君自身はこれからどうしたいと思っているんだい?」


 それに美月はしばし考えた後、答えた。


「……私は……まずこの……いえ、この地について詳しく調べたい事があるんです」

「え、調べたい事だって?何だいそれは?」


 美月からの意外な答え。

 それは、親からはぐれた己の身を案じるものでも無く、身の上を嘆くものでも無かった。


 その代わりに、「調べたい事」とは……?

 ナニガシは怪訝に思い、内心で大いに首を傾げていた。


「はい。例えばこの土地、この国の人たちやその社会とか、あるいは……人々の間に伝わる伝承とか」


 続けられたその答えは更に何とも突拍子も無く、おおよそ幼い少女とは思えない様な言葉だった。


 迷子である彼女が、何故その様な事を知りたいのか……?

 おかしな事を言うものだと、ナニガシはとうとう首を捻りつつ、そして答えた。


「むむ……随分とまあ小難しい、変わった事を調べたいんだな君は。……ふーむ、この土地の事ねえ……そうねえ……」

「何でも良いのです。例えばこの村について、何か変わった『言い伝え』とかありますか?」


 悩むナニガシに、美月が尋ねてくる。


「うーむ、この土地は見ての通りのど田舎、辺鄙な所でね。他所よその人間から見れば、なーんも無い、残念な程に退屈な村だよ」


 答えが見つからず、ナニガシは笑う。


「そうですか……」


 肩を落とした美月。

 だがナニガシは少し考えると、何かを思い出した様である。


「……あ。そういえば一つだけ、『変わったもの』があったなあ……」

「え、『変わったもの』?何ですか?是非教えてください!」

「そうそう、それはね……ふふふ」


 眼を輝かせた美月に、彼女が笑いながら答えようとすると、その時。


『ガラッ!!』


 突然勢い良く、なかなか開かない筈の家の戸口が開かれたのだ。

 2人は驚いて眼をやる。


 そこには、年配の小太りな女性が立っていた。


 直後なんと、彼女はズカズカと無遠慮に、家の中に入って来たのだ。

 そして、口を開いた。


「おーやおやあ。ナニガシさん、居たのかねえ。一体どこに行ってたんだい?え?」


 ナニガシはその女性を見るなり、さあっと顔を青くし、どっと冷や汗を額に滲ませだした。


 様子がおかしい。

 一体どうしたというのか。


「げえっ!?あ、お、『大家』さん、こんにちは……あの、本日はお日柄も良く……」

「?ど、どうしたんですかナニガシさ」


 途端にばつが悪そうにうろたえ、しどろもどろにどもり始めるナニガシ。

 その様子を見て、心配した美月が声をかけようとする。


 しかしその言葉を遮り、『大家』と呼ばれたその女性は怒鳴る様に突如、まくし立ててきたのだ。


「ナニガシさん、ナニガシさん。あんた、先月分と今月分の家賃を払って無いねえ。これは一体どういう事かねえ?」

「あ、いえ、その……」


 狼狽し口ごもるナニガシ。

 そんな彼女の様子とは関係無く、女性はまた捲し立てる。


「あんた、耳を揃えて全部払ってくれなきゃ、出て行ってもらうって言っておいた筈だったねえ。約束は守ってもらわなきゃあ困るねえ。ええ?」

「う……」


 まるで飼い主に叱られている犬の様に、小さく縮こまるナニガシ。

 しかも恐縮のあまり、いつの間にか正座になっているではないか。


 ……どうやらこれはただ事ではない。

 そう察した美月は2人の様子を見ながら、おろおろとうろたえる。

 しかしどうする事も出来ず、横で見ているしかない。


 それを尻目に女性はなおも続ける。


「まあいいさ。その様子じゃ、どうせ文無しなんだろう?あたしも鬼じゃないからねえ。あんたの身包みぐるみ全部引っぺがしてまで金を取り立てやしないよ。一文無しじゃ、どうせ埃ぐらいしか出てこないだろうからねえ」


 その言葉を聞くと、青い顔をしていた今までと一転、ナニガシの顔がパッと明るくなった。


「た・だ・し!!」


 だがそんな彼女にずいっと顔を近づけ、耳元で女性は大声で叫ぶ様に怒鳴りつけた。

 白粉おしろいの匂いが半端無くキツイ。


「今月の末までに、来月分まで払ってもらおうかねえ!さもなきゃあ、村の男どもに手伝ってもらって、あんたを村から放っぽり出すから、覚悟してもらおうかねえ!楽しみにしてるよ!」


 一頻ひとしきり捲し立てた後、気が済んだのか、女性は戸口をピシャッと閉め出て行ってしまった。


 ……嵐が去った後の様に静まり返る、家の中。

 ナニガシは青ざめたまま、滝の如く冷や汗を流し、ぴしっと正座した状態で固まっていた。


「……あ、あの……ナニガシさん……大丈夫ですか……?」


 美月も女性の剣幕にいつの間にか縮こまり、傍らにあったボロい座布団を被り屈んでいた。

 座布団の下から、恐る恐る心配げに声をかける。


 かちこちに凍りついた表情のまま、ナニガシは答えた。


「ほ、ほらね、……『変わったもの』……あったでしょ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ