第六幕 材料を探そう!
【注】
このエピソードより以降、薬材に関する文言が作中に出る事がありますが、症状に対する効果などは実際とは異なる場合があります。
あくまで、作品の表現のひとつとしてご理解下さい。
氷鶴は美月と彩花を居間に残し、奥の部屋へと入っていった。
その襖を開けた瞬間、そこから僅かに薬草や花、その他植物らしき、鼻腔をくすぐる芳香が漂ってくる。
様々な薬の素材となる、生薬の匂いであろうか。
そして部屋の奥の机の上に、ちらりと見える薬研や乳鉢などの道具。
察するに、どうやらその部屋は、調薬室の様であった。
暫くすると、そこから氷鶴がひょっこりと顔を出してきた。
その手には、1枚の紙を持っている。
「今、薬の素材棚を見たけど……。ナニガシさんの解毒薬を作るには1つ、足りない材料があるんだ……」
そう言って、手にしていたその紙を美月に手渡した。
「氷鶴さん、これは何ですか?」
「それは『ツヅラフジ』という植物の根っこさ。それが材料に必要なんだけど、今切らしててさ……。見つけてきてくれれば助かるよ。ボクは急いでその他の素材の準備をしなきゃいけないから、その根っこ掘りをお願い出来るかな?」
渡された紙を見ると、そこには氷鶴の言う「ツヅラフジ」に関する説明らしきものが書かれている。
外見の特徴などの詳細が、絵入りで走り書きされていた。
……のだが……
氷鶴が描いたであろう、「ツヅラフジ」の花と根っこらしき、その絵。
……はっきり言って、何が描かれているのかサッパリと分からない程、ど下手な絵であった。
まるで幼い子供がぐりぐりと描いたかの様な、酷く拙いものであったのだ。
同じく、説明として書かれている字も下手で、それはさながら、まるで古代の象形文字の様であった。
美月は間を置かず、大きく頷く。
「はい!分かりました!……でも、どのあたりにこの植物が生えてるんですか?」
「ええとね……大体、ここから少し南に行った所に、沢山生えてた気がするなあ。それは白い花がモジャモジャっといっぱい付いたヤツで……」
……「モジャモジャ」という、曖昧な表現……
傍らで聞いている彩花はその花の姿の想像がつかずに、首を傾げる。
だがその言葉を聞いて、美月はすぐに思い出したかの様に言う。
「モジャモジャの白いお花……?……あ!そう言えばここに来る途中に、見たこと無いトゲトゲみたいな白いお花の植物があったような……?」
「ああ、それそれ!トゲトゲみたいな、小さな白いモジャモジャっとした花のヤツだよ。その根っこが欲しいのさ」
氷鶴は笑顔でポンと手を叩き、答えた。
……「モジャモジャ」とした、「トゲトゲ」の花……?
彩花はますますその様相の想像が出来ずに、2人の横で頭を抱えてしまった。
だが美月と氷鶴にはその表現で伝わりあった様であった。
子供ならではの、想像力の豊かさであろうか。
「分かりました!今すぐ行ってきます!」
得心した様に、美月は大きく頷いた。
「何が何だかよく分かりませんが……では、私も参ります。氷鶴さん、宜しくお願いいたします」
……一方、得心がいかない彩花は、大きく首を傾げている。
美月と彩花は立ち上がると、戸口を開け大急ぎで、慌しく根っこ探しへと出発していった。
「うん、待ってるよ!道に迷わないように気をつけてねー!」
氷鶴は笑顔で手を振り、彼女たちを見送る。
そして再び奥の部屋へと入っていき、調薬の準備を始めたのであった。
……
家の外は幾分か雪と風が収まりつつあった。
今を好機とばかりに2人は急いで、里へ来た道を南へと戻りながら、道端の植物たちを物色し始める。
美月の記憶と「想像力」、そして渡された紙に描かれた氷鶴の下手クソな絵を頼りに、植物の同定をしていくのだった。
「……?……絵を見ても、私には良く分かりません……」
……彩花は氷鶴の絵に、首を傾げる。
まるで小さな子供が戯れに描いたかの如き絵。
そこには花ではなく、どう見ても毛虫が描かれている様にしか見えないのだ。
道端には数多くの種類の植物が自生しているが、しかし絵を見ても、指定された「ツヅラフジ」がどれなのかがサッパリと分からない。
……おまけに、象形文字の如き説明書きの字も、全くもって読めやしない。
「えーと、確か……このあたりだったようなー……ような……?」
ガサゴソと、道の脇の草むらに分け入る美月。
道中で白い花を見た記憶を思い出しながら、探していく。
……すると……
「……あ!あった!彩花さん、見つけたよ!これだよこれ!」
草の中から美月が歓声を上げた。
彩花が見ると、そこには確かに、白く小さな花が付いた植物があった。
……だが、それは……
どう見ても、絵のものとは似ても似つかない。
「……え?……美月ちゃん、これがそうなのですか……?」
「うん!間違いないって!氷鶴さんの絵とそっくりだよ!ほら!」
改めて彩花は絵をまじまじと見て、そして眼の前の実物と見比べる。
……だが、それは……
どう見ても、絵のものとは似ても似つかない。
眼を細めながら見ても、近くで見ても遠くで見ても、擦ろうが息を吹きかけようが……
やはりどうしても、絵のものとは似ても似つかない。
……というか、氷鶴の絵の「判別」がつかない。
だが美月にははっきりと、実物と絵が同じものであると分かるらしかった。
子供ならではの、想像力の豊かさであろうか。
「よーし!掘るぞー!」
彩花が絵をじっと眺めて首を傾げる間、鼻息荒く、美月はその植物の根元を掘り起こしていく。
すると土の中から根が露出した。
それを切り出す。
彩花はその根っこを、絵と見比べてみる。
……これもやはり、似ていない。
彼女には、そこに大根が描かれている様にしか見えなかった。
「よしこれだ!じゃあ彩花さん、急いで帰ろう!」
例によって、美月にはその根が絵と同じものであると判別出来たらしい。
子供ならではの……
納得出来ず、終始相変わらず首を捻り続ける彩花。
彼女のその手を引き、美月は大急ぎで氷鶴の家へと引き返す。
ちらほらと降り始めた雪の中、転がり込む様に慌てて家へと帰り着いた2人。
それに気付き、奥の部屋から氷鶴がひょっこりと顔を出し、笑顔で迎えたのだった。
「あー!お帰りお帰り!どう?根っこは見つかったかい?」
材料となる生薬を刻んでいたらしく、手には包丁を持っていた。
「はい!これですよね?」
美月は掘り出した根を、得意げに手渡す。
それを見た途端、氷鶴は大喜びで声を上げた。
「そうそう!これこれ!これが欲しかったんだ!よし、これも刻んで、今から乾燥させなきゃ。君たちは、囲炉裏に座って休んでてよ!」
そう言うと氷鶴は根を手にし揚々と、再び奥の部屋へと引っ込んでいった。
美月も喜び、そして火の灯る暖かい囲炉端に転がったのだった。
……一方。
「象形文字」と、「毛虫と大根」が描かれた氷鶴のその絵が、最後まで「解読」出来なかった彩花。
持ち帰ったその根は、絶対に指定されたものではないだろうと、彼女は思っていたのだが……
大喜びの美月と氷鶴の傍らで、絵を片手に、ひとり唖然と立ち尽くすばかりであった。




