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第四幕 雪中の住人

 未だ吹雪は激しさを増している。

 雪と風による寒さは美月が暖を与えてくれるため何とか耐える事が出来ていた。

 どういった訳なのか、美月と手を繋いでいるだけで、彼女のその火の様な体温が分け与えられて来ていたのだった。


 だが、問題はそれだけではない。

 そもそもこの荒れ様である。


 周囲が真っ白のこの視界の悪さはどうにも対処が出来なかったのである。

 あたり一面が雪、雪、また雪。

 まるで自分の四方に白い布を垂らされたかの様な錯覚に陥り始める。


 しかし、この荒天の中で立ち往生する訳にもいかない。

 時間と共に徐々に積もり始める雪に足元をとられつつも、何とか前へと進むしかなかった。

 雪が横殴りの様に叩きつけ、呼吸をする息が苦しくなる。


 彷徨う様に這う様に、里を求めそれから半刻(約1時間)程歩いた頃であった。

 進むその前方に、古びた家が見えたのだ。

 他に何も無い場所にぽつんと建つ一軒の家が、雪と風の間隙から僅かに垣間見えたのである。


「あっ!彩花さん!あれ、あそこに家があるよ!」


 美月が指差して喜び、歓声の様に声を上げた。


「ああ、良かった。とりあえず、あのお家に避難させて頂きましょうか」


 人家の影を確認した彩花も安堵し、ほっと溜め息をつく。


 いつまで続くか分からない様な「白い世界」の中、唐突に視界に入ってきたその人工物の発見はまさに天の助け、または導きであろうか?

 大げさであろうが、だがそう感じる程に、彼女たちはその家屋の存在を有り難く思い、そして命拾いしたかの様に喜ぶのであった。


 この冷たく激しい風を一刻も早く凌ぎたい一心で歩き、そしてようやくといったていで人家の前まで辿り着いた。


 軒先まで来て分かったが、それは家族が住めるくらいの大きさの、広い平屋であった。

 屋根に葺かれた厄除けの鬼瓦が厳しく、その険しい目は戸口の前の2人をギロリと睨みつけていた。

 家の造り自体も立派であり、そこから名の有る者の住居である事が窺えた。


 だがところどころ壁の木材が腐り、そして虫が食っている。

 木製の軒が激しい風で煽られ、音を立てて今にも剥がれんばかりに捲れ上がっていた。


 その様から、随分長い間人の手が入っていないかの様な、古びた朽ちた家である。

 遠目からは分からなかったが、間近で見ればまるで廃屋とも思える程だった。

 とても人が現在住んでいるとは思えない荒れた有様である。


 その様相に躊躇ったが、だが一応、2人はその戸口を叩いてみた。

 今はとにかく、雪と風から身を避けなければならないのだ。


「……すみません。どなたか居られますか?少し、軒を貸してもらいたいのですが……」


 戸越しに家屋内部へ声を投げた。

 風で捲れ上がる頭上の軒の木材がやかましく音を立てており、寒さで震える声がかき消されそうになる。


 だが、呼びかけたその瞬間だった。


『……ドタドタドタドタドタドタドタドタ……』


 家の中から、慌しく足音が聞こえてきたのだ。

 ……どうやらそれは玄関先、こちらへと向かって来ている様である。


『ガラリッ!』


 すると突然、中からその戸が勢い良く開かれたのだ。


「きゃっ!」


 すっかり無人であると思い込んでいた2人は驚いて眼を見開き、小さく声を上げた。


 ……

 開かれた家の中、その戸口に立っていたのは、子供であった。


 その子供は小柄で白い短髪をしており、中性的な顔立ちで、少女か少年か分からなかった。

 そして白い着流しの上に、灰色の羽織を着ている。

 年齢は、10代前半頃であろうか。


「はいはーい、どなたでしょう?」


 活発そうな顔に明るい笑みを浮かべ、出てきたその子供が尋ねてきた。


「あ!あの……突然すみません。旅の者なのですが、外が吹雪いてきてしまって……。良ければ、暫く軒先で風を避けさせてもらえませんか?」


 驚きも収まらない中、美月がしどろもどろになりながら答える。

 すると子供はその笑顔の上に、更に嬉しそうな色を浮かべた。


「ああ、そうだったんですか!いやいやあ、確かに酷い天気だなあ。軒先だなんて言わずに、遠慮せず中へどうぞどうぞ。ボロ家ですが、寒さは凌げますよ!さあさあ!」


 そう言うと、大きく手招きし、中へ入るように促してきたのだった。

 それは何だかやたらと嬉しそうに、美月たち客人のその訪問を喜んでいるかの様である。


「あ、では、お言葉に甘えて……」


 一方、寒さに青ざめ震える美月と彩花の2人。

 この猛吹雪の中、最早遠慮どころでは無かった。

 このまま外に居たら、翌朝を待たずして雪だるまか氷の彫像になってしまうだろう。


 早いところ暖を求めたく、彼女たちは促されるままに、家の戸口をそそとくぐったのであった。


 ……

 ボロい外見とは裏腹に、屋内は思いの外、暖かかった。

 外の吹き荒ぶ荒天とは対照的に、激しい風の音も、殆ど聞こえてこない。


 そして不思議な事に、隙間風も殆ど無いのだ。

 そのため室内の熱が外に逃げにくいのか、快適な室温を保っている様であった。

 同じボロ家でも、隙間風が屋内を貫通して反対の壁の穴から通り抜けていくナニガシの家(掘っ立て小屋)とは、大違いである。


 だが不思議な事は、もう1つある。

 囲炉裏が居間の中央にしつらえてあるにも関わらず、そこに火が入っていないのだ。

 火鉢などその他、一切の暖房器具も見当たらない。


 ……にも関わらず、何故この様に、家の内部が暖かいのか?

 そこに、美月は若干の違和感を覚えたのだった。


 そんな屋内を見渡していると、子供が座布団を用意していそいそとやって来た。


「ささ、どうぞどうぞ。こんな寒い中の長旅で疲れたでしょう、座って座って。お茶……は今切らしてるけど、お湯でも淹れましょう。風邪をひかないように身体を温めないと。……いやあ、お客さんが来たのはいつぶりだろう?」


 嬉しげにそう言って、雪を入れた鉄瓶を持ってくると、囲炉裏に火を点けようと火打ち石を擦る。

 しかし。


「……あれー?火がなかなか点かないや。長い事使ってなかったから、どうやって火を点けるのか忘れちゃったな」


 子供は火打ち石を何度も擦るが、一向に火種が落ちない。

 それを見て美月が言う。


「あ、それなら私がやりましょうか?」


 彼女は火打ち石を子供から借りると、それをカチカチと擦る。

 そして手際良く火口ほくちを作ると、やがて囲炉裏に火が灯ったのだった。


 彼女がこうやって火熾しが出来るのも、ナニガシとの野宿生活の賜物であろう。


「わー!すごーい!君って、火を熾すの上手なんだね!」


 暖かい囲炉裏の火を見て子供は喜び、美月を褒めた。


「そんな事ないです。お姉ちゃんから教えてもらって、やっと出来るようになったんです」

「お姉ちゃんって、こちらの方?」


 子供は彩花を見て尋ねた。


「いえ、違います。別にもう1人、連れの女性が居るのです」


 と彩花。

 それを聞いて、今度は美月が子供に尋ねる。


「あの、お聞きしたいんですが、このあたりに在るという『北の里』は何処なのか知りませんか?探しているんですが、吹雪で見つからなくて困っているんです」


 それに子供が答えた。


「ああ、『北の里』を探しにやって来たの?それなら、ここの事だよ!」


 意外な答えだった。

 その言葉に美月が驚いた。


「ええ!?ここがそうなんですか?……しかし人家らしいものは、このお宅以外に周りに見当たらなかったのですが……」


 確かに、視界が悪かったとは言え見たところ周囲にはこの家屋以外何も無かった筈であった。

 集落からまっすぐ北へ伸びる道を辿りここまで来たのであるが、道の終着である筈のこの場所には、この家以外他は見当たらなかったのだ。


 ふいに、子供の顔に悲しげな色が浮かぶ。

 眼を伏せ、囲炉裏の火をじっと見ながら答えた。


「……里は……実はちょっと前に無くなってしまったんだよ。……この家が、唯一里で残った家なんだ」


 思いもよらぬ言葉だった。


「ええっ!?そ、そんな……!里が……無くなった……?」

 

 美月と彩花は口を開いたまま言葉を失った。

 2人の顔が青ざめる。


 ナニガシを救えると信じてやって来たのだが、子供のその言葉により……

 希望が、無くなってしまったかの様に思えた。


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