第二幕 救う為に
明けて翌日の早朝。
村長から『薬師』の情報を聞いた美月は、早速とばかりに出発の身支度を整え始めた。
聞くに、その薬師が居る里までは4日から5日程の道のりであるという。
行って、容易く辿り着く事が出来る行程では無い。
幼い少女の足では尚更である。
慌てる様にいそいそと風呂敷に荷物を詰め込んでいる美月に、その後ろ姿を眺めながら座っている彩花が尋ねた。
「美月ちゃん、やはり今すぐにご出立されるのですか?」
「うん。だってお姉ちゃん、すごく苦しそうだし……早く治してあげないと……」
やはり美月の心は急いていた。
一刻も早く、苦しむナニガシを助けなければ、と。
だがそれと同時に、村長の言葉が気がかりであった。
薬師が現在もその里に住んでいるかは不明であるというのだ。
遠路はるばる苦労して出向いたところで、万一、無駄足に終わる可能性もある。
そのためなのか、彩花に遠慮し無茶を承知で、1人で旅立つつもりであるのだった。
子供らしい一途さと無鉄砲さ、そして幼いながら遠慮がちな性格の美月である。
記憶を失い、思い悩んでいる彩花に気を使い、巻き込みたくは無かったのだ。
……そんな彼女のいじらしく健気な心中を、傍らで見守る彩花は、とうに察していた。
彩花は優しく、懸命で可愛らしい少女の小さな背中に微笑んだ。
「では、私も参りましょう」
「え、……一緒に来てくれるの?」
美月は彩花に振り返る。
「当たり前ですよ。美月ちゃんの様な小さな姫御を、お1人で危険な道のりを遠く旅立たせる事が出来ましょうか?それにナニガシさんを助けたいのは私も同じ。当然、私もご一緒致しますよ」
それを聞くと美月はそれまで心配げな色を一転、ぱっと明るい表情となる。
彩花にぎゅっと抱きついた。
「やったー!ありがとう彩花さん!」
「ふふ。私たちが留守の間ナニガシさんは村長さんにお任せして、薬師さんの元へ急ぎ参りましょう」
「うん!」
満面の笑みで美月が大きく頷く。
彼女も内心、大きな不安を抱えていた。
危険な道中の遠い一人旅となるところ、心強い彩花が来てくれる事に心底安堵したのだった。
そこへ、折り良く村長がひょっこりと顔を出してきた。
「おお、早速『北の里』へ向かわれるのですな。丁度良かった。今は里の方では雪が降り始めておるでしょう。これを着て行きなされ」
そう言って、村長は猟師が着る様な毛皮の羽織を手渡してきた。
「ええ、それと……役立つかは分かりませんが、これもお持ち下さい」
彼が手にしているもの。
それは『白い帯』であった。
そしてその『帯』を見た瞬間、美月が声を上げる。
「ああっ!そ、それって……!」
驚きと共に大きな眼を更に大きく見開き、続けざまに村長に問う。
「あ、あの!それをどこで見つけたんですか!?」
「これは、あなた方が先日捕らえた『忍びの絹太郎』の荷袋の中に入っていた物です」
そう言い、彼はその帯を撫でる。
「いやはや、これがまた何とも不思議な品でしてな。この帯、なんと温いのですよ。まるで、これ自体が体温を持っているかの様に、冷める事無くいつまでも温かいのです。きっと、何らかのご利益が有る物なのでしょうな」
帯を村長から渡された美月。
彼女はそれを興奮したかに眺めると、そして呟いた。
「……見つけた……」
「え?どうしましたか美月ちゃん?」
安心したかの様に帯に頬ずりする美月を彩花が覗き込む。
美月は答えた。
「あのね……これは、私の『落し物』なの。元々、私の持っていた帯なんだよ……」
「ええ?そうだったのですか!?」
「おお、なんと。美月殿の持ち物でございましたか」
なんとその帯は、美月の『5つの探し物』の内の1つであったのだ。
以前、ナニガシに話していた『探し物』の事。
美月が迷子になるより以前に所持していたのであったが、『何か』の拍子に失くしたであろう物たちだ。
美月は失くしたそれらを探し求めている。
だが彼女自身も、今現在その『探し物』がどこにあるのか分からない。
そしてそれらは、彼女の言によれば「普通とは違う、不思議な雰囲気の物」という、曖昧な表現で示されていたのだが……
ともかくも、以前農民の持助から礼として貰った『髪飾り』に加え、これで見つかった『探し物』は2つ目となったのであった。
村長がニコニコとしながら短い顎ひげを撫でる。
「きっと、あの賊めがいずこかで盗み出したのでしょう。こんな場所で見つけるとは、あなた方は山の神に見守られているのですな」
そうこうして身支度を済ませた美月と彩花。
村長に見送られ、揚々と『北の里』へと出かけて行くのであった。
時刻はまだ早朝であるが、逸る美月は彩花の袖を引く様に集落を出る。
だが少しも歩かぬ内、辺りが薄暗い事にすぐに気が付いた。
今朝は快晴、もう陽は昇り始めている筈であるのに……
その暗さに違和感を覚え、周囲を見渡してみた。
するとすぐ傍ら、東に走る山脈によって朝日が遮られ、集落がその大きな影の中にあったのだ。
陽が空の真上まで昇りきらぬ午前中までこの状態であり、特にこの冬の時期は気温が上がりきらず、集落内は薄寒かったのだった。
さておき、気を取り直し『北の里』への道中を進む。
彩花は心なしか嬉しそうな表情である。
「ふふ、美月ちゃんと2人きりの旅ですね。……いえ、旅というより、何だかお散歩している様な楽しい気分です」
「うん!私も、彩花さんが一緒に来てくれて嬉しいよ!」
美月も笑顔でその隣を歩く。
これまではナニガシが旅の友であったがゆえに、彼女も新鮮な心持ちであった。
「ナニガシさんはぐっすり眠っていらっしゃいましたねえ……」
「ああ……お姉ちゃんはお寝坊さんだからね。叩いても突いても起きない程だから……。今日みたいに寒いと、特にそうなるのかもね」
「……そう言えば以前からお尋ねしたかったのですが、美月ちゃんとナニガシさんは何故ご一緒に旅をなさっているのですか?」
今になって彩花はその疑問を問う。
「うん。えっとね、まず私とお姉ちゃんが出会ったところからの話なんだけど……」
彩花に対し、美月はこれまでの経緯を話した。
ナニガシとの出会い、この旅の目的、旅の中の出来事、そして……
「……なるほど。美月ちゃんは『探し物』をしている、という訳なのですね……」
『5つの探し物』をしている事、そして、村長から貰った帯を含めてその内の2つが見つかった事を説明した。
「うん。1つ目はこの『髪飾り』、そしてこの『帯』で2つ目。残りの内、2つはどこにあるのか見当もつかないや……」
「2つ?では、残りの1つはどこにあるのか知っているのですか?」
「……うーん。……目処は付けてるんだけど……。でもこれは推論でしかないから、実際ははっきりと分かんないんだ……」
美月は考え込んだ様子で頭を掻く。
「そうですか……。ところでその帯、とても不思議な物ですね。何と言うか……今まで見た事も無いというか……」
その『白い帯』は一見するところ、只の変哲も無い帯である。
だが間近で良く見てみると、それは不思議な織物で作られている事が分かるのだ。
なんと1本1本の糸がキラキラと輝いているのである。
しかもそれは光を反射しているからではない。
驚く事にまるで、その糸自体が光を放っているかの様であるのだ。
そのため、薄暗い場所で見ると僅かに帯が発光しているかに、仄かな輝きを見せていた。
彩花はそっと、その不思議な帯を撫でてみる。
その手触りは動物の毛皮の様だった。
「……あら?村長さんの仰っていた通り、何やら温かいような……?」
そして確かに、帯が温かい。
それはまるで湯たんぽの様に、何故かポカポカとしているのである。
彼女は不思議そうに帯をじっと見つめる。
それを見た美月は焦って誤魔化すかの様に笑い、帯をぎゅっと抱きしめた。
「あっ、そ、そう?私がずっと持ってたから、体温が移ったんじゃないかな?えへへ……」
苦笑いの様にはにかむ美月。
彩花はその顔を見て、思わずつられて微笑んだ。
「ふふ、きっとそうなのでしょうね。その保温性ならば、この寒さを防ぐのに役立ちそうですね」
彼女はその不思議な帯と、美月のはぐらかすかの様な様子に首を傾げる。
だが今の彩花は、美月と共に旅が出来る事が何よりも嬉しく、そしてその事で頭がいっぱいなのであった。




