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第一幕 毒に染みる

 山深くにまで足を踏み入れ、ようよう辿り着いた盆地の小さな集落。

 この人里に一行の3人はしばし滞在する事とした。

 手強い忍び、『御主人』との戦いの中で受けたナニガシの肩の傷の療養と、ここまでの長旅の疲れを癒す為である。

 人当たりの良い親切な村長の厚意により、無法者を捕らえてくれたせめてもの礼にと空き家を借りたのだった。


 この集落は『雲呑みの山』の東側、そのふもとにぽつんと存在している。

 借りた家からの眺望は大変素晴らしいものであった。

 縁側から見ればこの山塊の頂点である『雲呑みの山』が、殆どその眼前にそびえ立っているのだ。


 山に入る前の登山口からは、それを遠巻きに眺める程度だった。

 遠く青空を背に立つ高峰、確かにそれも素晴らしい景色であった。

 だが間近に見るその姿は圧巻であり、そして圧倒される程の光景だった。


 それはまるで壁が目の前に立っているかの様であり、顔を殆ど真上へ向けなければ望む事は出来ない程、高いいただきが天へと伸びている。

 そしてそれが頭上を覆いつくさんばかりの雲を戴いていた。

 中腹のあたりを風に流れる綿雲が通り過ぎていく様を、この頂が上から見下ろしている姿は、その雄大さを感じずにはいられなかった。


 集落のほぼ真横に聳え立つこの高峰は、この集落、またはそこに住む人々などまるで無きが如く悠然と存在し、同時に、まるでそれ自体が神や仏であるかの様な超然さをも醸し出していた。


 実際、この地域周辺にはこの山を御神体とした神社も数多く存在しているという。

 古くは神仏そのものとして崇められており、そして現在においても、広く信仰の対象となっているのであった。


 まさに神の座と呼ぶに相応しい、そんな霊峰『雲呑みの山』を眺めつつ、そしてありがたく拝みつつ……

 ゆっくりゆったりと、身体を休める日々であった。


 が、しかし。

 そんな中、心配事が1つ……


 集落にやって来た先日より、どうにもナニガシの体調が思わしくないのだ。


 負傷した肩の傷はとうに手当てが済んでいる。

 ……だがその治りが良くなく、そのせいか高熱を出し、床に臥せっているのであった。


 集落の村長はほんの僅かな傷の手当ての心得を持つため、彼女の怪我の経過を診ていた。

 

 ……

 そんな中、その傷の様子が、どうにもおかしい事に気付いたのである。


「え……?おかしい……?」


 美月が村長の言葉にぎょっとした。


「うむ……これはどうも只の傷では無いですな。おそらく毒によるもののため、治りが良くないのでしょうな……」

「ど、毒!?」


 更にその予想だにしなかった返答に、美月は大きな眼を、丸くした。


 ……毒。

 それを聞いて、美月は悟った。

 ……おそらく、『御主人』が投げた、あの棒手裏剣だ。

 あれに、毒が塗ってあったに違いないと……


「しかも、これは只の毒とも違います。何か特殊な毒物を用いて調合したものと見て間違い無いでしょう」

 

 棒手裏剣が刺さったナニガシの肩は、時間の経過と共に患部が大きく腫れ上がっている上、熱を持ち始めている。

 更に、負傷から数日経った今においても血が滲んで止まらない状態であったのだ。


 美月がおろおろとしながら問う。


「いっ、一体どうすれば治るんですか!?」

「……あいにくこの村にある薬では、気休め程度の痛み止めにしかなりませんな。現状、手の施しようが無いのです……」

「そ、そんな……」


 がくりとうな垂れる。

 だが、村長は続ける。


「ですがしかし、打つ手が1つありますぞ」

「えっ!それは何でしょうか!?」

「ここから、更に北へ行った場所に『里』が在るのです。その里に腕の良い薬師くすしが居る筈です。その者に頼めば、この毒に効く薬を拵えてくれるでしょう」


 その話を聞くと、美月は居ても立っても居られないと言わんばかりに身を乗り出す。


「そ、その里の詳しい場所を教えて下さい!」

「ううむ……お教えいたしますが、ただ……」

「ただ?」

「ここ10数年程、かの場所とは連絡をしておりませんでな……。いや、連絡が途絶えておるのです。実は、今もそこに人が住んでおるのかさえ存じませんのじゃ。戦が増えたこのご時勢、あの里で何かが起きたのかも分かりません……」


 村長のその言葉。

 それは、ナニガシを救える薬師はすでにその場所に居ない可能性を示していた。

 期待を持って訪ねて行ったところで、無駄足に終わるかもしれない。

 ……そしてその場合、絶望するであろう。

 もはやナニガシを救う手段は残されてはいない、と。


「……それに加え近年、賊共が北の山中で増えているとも聞き及んでおります。道中で襲われる危険性もあるのです。その連中を警戒し、連絡の者を出せずにおるのですじゃ」


 答えた村長は顎ひげをなで、苦く、険しい顔をしていた。


 しかし、美月は藁にも縋る思いである。

 どのような可能性があろうとも、彼女の心は、話を聞いた瞬間にすでに決まっていた。


「行きます!お姉ちゃんを治せる可能性があるのなら、今すぐにでも行かなきゃ……!」

 

 ナニガシを助けたい一心であった。

 迷わず、美月は『里』へと向かう事としたのだった。


 ……

 彼女は、傍らの布団に眼をやる。


 そこには青い顔をし、ぐったりと横になっているナニガシの姿がある。

 熱があり、身体が重い様で上体すら起こせずにいた。

 唇も青ざめ、寒気がするのか、しきりにカタカタと震えている。


 そんな有様の彼女が気だるそうに口を開く。


「……うぅ~……美月……み、みず……」

「え?何?お姉ちゃん」

「み、みず……」

「え?」

「み、みず……」

「みみず!?ミミズが食べたいのお姉ちゃん!?」


 美月が泣きそうな顔で聞き返す。

 それにナニガシが枕の上でぶんぶんと、必死に首を振る。


「ち、違うの……『水』が飲みたいの……何で熱にうなされながらミミズ食べなきゃならないの……」

「え!?あ、う、うん!そうだよね、お水だよね!お水が飲みたいんだよね、お姉ちゃん!」


 美月はなおも泣きそうになりながら、ナニガシに急須で水を飲ませる。


 ……美月のその真剣な様子から見るに、本当に「水」を、「ミミズ」と聞き間違えた様だった。 


「……ぶふっ!!」


 その2人の傍らで正座をしてお茶を飲んでいた彩花が噴き出し、そして肩をぷるぷると震わせていた。


 ……どうやら美月たちのその「ベタ」なやり取りが、彼女の笑いのツボに入った様である。


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