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第七幕 黒き正体

 「……そうか、そういう事だったんだ……」


 美月が呟く。


「どういう事だ?美月」


 刀の柄に手をかけ身構えるナニガシは、眼前に立つ黒い人影から視線を離さずに問う。


「この人が『噂』の正体だよ。旅人を襲って身包みを剥いでいたのは、『大男』じゃなくてこの人だったんだ!『絹太郎』の名前をかたってその罪を全部、クマさんに擦り付けていたんだよ!その為に根も葉も無い『大男の噂』を作って、この山の周辺の地域に流していた……そうでしょう!?」


 美月が人影へと叫ぶと、その者の声は笑みを含んだ。


「……ふふふ。小娘、あのクマとかいう大男を知っているのか。ならばもはや隠す必要もあるまい。そうだ。お前の言う通り、私が『大男の噂』を広めたのだ」

「……何だと……お前!何故そんな事をしたんだ!」


 ナニガシが問い質す。

 影は鼻で一笑し、そして答える。


「決まっているだろう。私の『旅人狩り』をやり易くする為だ。『大男の噂』を流せば道行く者共はみな、あのクマという男を警戒するようになる。奴はその図体で目立つからな。そうザラには居ないあんなデカブツは山の中でも、嫌でも人目を引くだろう?そして奴にのみ警戒の目が行くようになれば、誰も私に注意を向ける事はしないのさ」


 それを聞くやナニガシは激高する。


「……貴様!……自分の目的の為だけにクマに罪を着せているのか!己の益の為だけに、あいつの名を汚しているのか!!」

「その通りだ。私にとって使えるものは利用させてもらうだけだ。……罪?名を汚す?……ははは、私にとっては一銭にもならん、どうでも良い事よ」


 影は悪びれる様子も無い。

 美月が問う。


「あなたに襲われたら、今度はあなたの噂が広まる筈なのに、そんな話は一度も聞かなかった……。……今まで襲った旅の人たちをどうしたの?……まさか……」

「知れた事。もちろん、『始末』しているからに決まっていよう。人の口には戸を立てんとな。私の噂が広まる事は無いようにしなければ。くくく……」


 影の笑い声。

 聞くうち、ナニガシの顔が険しくなる。

 

「……こいつは絶対に許さん……。これ以上犠牲を増やさない為に……クマの名誉の為に……こいつを何としても、ここで捕らえる!!」


 叫んだ。

 その表情に、怯えや恐怖は無かった。

 

 ……クマへの、一宿一飯の恩義。

 そして、少なからずの尊敬の念を抱いていた、ナニガシ。

 彼女はそのクマを侮辱された事に対して、激しい怒りが噴き上がっていたのだった。

 

 柄を握ると、迷い無く鞘ごと腰帯から引き抜き、納刀されたままの刀を影に対し構えた。

 敵に向けられたその鉄拵えの重厚な黒鞘が、日没の赤い薄明かりに照らされ鈍く、そして僅かに朱に輝いている。

 

 争いを嫌う「臆病」のナニガシだが、今は戦いを前にしても、その柄を握る手に震えは無かった。


「……ふん、私とやるというのか。……おい猿!出てこい!」


 刀を向けられると影は、先程不審な音がしていたその草むらに向かって叫んだ。

 すると、その草の陰から背の曲がった小男が、のそのそと顔を出してきたのである。


「へい、『御主人ごしゅじん』!この小娘たちをやっちまうんで?」


 出てきた小男がにやけ顔で言う。


「ああ、あのクマとかいう大男の事を知っているからな。『噂』の真相が山の周囲の連中に知れたらまずい。……ここで、こやつらを始末する」

「へい!分かりやしたぜ、『御主人』!」


 小男に『御主人』と呼ばれた、黒い影。

 ナニガシたちに言う。


「……という訳だ。ここで有り金や荷物を全て出せ、とは言わん。……命ごと、ここに置いていってもらおうか」


 すると、眼前に立つ影のそのぼんやりとした姿が、少しずつ鮮明になり始める。

 その身を包んでいた黒い霧の如き影が、取り払われるかの様に消えていく。


 今までその姿を明らかにしなかったが、とうとう、その正体を露わにしたのである。


 現れたその姿を見るなり、ナニガシは僅かに驚く。


「……!お前、その黒装束……!まさか……抜け忍か?」


 影から姿を現した男、『御主人』がその身に纏っているもの。


 それは、「忍び」の黒い装束であった。


 以前ナニガシが美月に話した通り、この『中原の国』にやって来る以前、彼女は『南の国』の軍勢に属していた事がある。

 それは僅かな間のみであったが、しかしナニガシはそこで一度だけ、眼にした事があったのだ。


 黒い装束に身を包み、軍勢の陰で暗躍する、その者たちの姿を。


 それは、君主に仕える「暗部」とも言うべき存在。

 「忍び」の姿であった。


 『御主人』の装束と、その時目撃した「忍び」の装束。

 それは、全く同一のものだったのである。


 そして、その「忍び」がこの様な山奥で「旅人狩り」など賊まがいの行いをしているという事は、それは君主の下を離れたはぐれ者か、或いは離反者に他ならなかった。

 ゆえにナニガシは、『御主人』が「抜け忍」である事を察したのである。


 『御主人』が黒い覆面の下で笑う。


「……ほお。そんな事まで知っているとは。……くくく……これは、益々生かして帰す訳にはいかなくなったな?」


 彼は持っている短刀を逆手に持ち直し、そして腰を落とし、構えた。


 その戦い慣れた構え。

 そして先程彩花に投げられた際の身のこなしを見るに、彼が、手練の者であろう事が窺い知れた。


 主に諜報活動を主任務とする「忍び」はその性質上、敵国だけでなく、自国の機密情報まで握っている。

 その機密を、外部に漏らす事があってはならない。

 ゆえに、情報を保持するこれら「忍び」の者が君主の下から脱走、離反するなど、絶対に許される事ではない。


 その為、そうして離れた者、つまり「抜け忍」は機密の漏洩を防ごうとする君主から抹殺の為に追われるだけでなく、更には裏切り者としてかつての仲間の忍びたちからも、その命を狙われる事となるのである。


 「抜け忍」である『御主人』にとっては、自分がこの山に身を隠している事が知られれば、それは「死」を意味する。

 居場所を察知されれば、刺客に命を狙われ続ける事となるからだ。

 それは彼としては、何としても阻止せねばならないのである。


 ……ナニガシと、『御主人』。 

 事ここに至り、最早お互いに相容れる事は無い。


 一触即発の空気の中、戦いが今、始まろうとしていた。


 『御主人』は自らに向けられている、ナニガシのその刀に違和感を覚え、ふいに目を向けた。


 その時、表情の見えない黒い覆面の奥のその眼光が一瞬、ギラリと光る。


「……女。……貴様のその刀、どうにも気になるな。……反りの無い刀とは……まさか、我々と同じ……?」


 ……何故、彼はそれに気を向けたのか。


 彼ら忍びの使用する刀は、反りの無い直刀である。

 「武器」としてではなく、「道具」としての利便性を優先している為であるからだ。


 そして……


 ナニガシが今まさに敵に切っ先を突きつける、彼女の相棒たる、その愛刀。

 鞘に納まったままで刀身はその姿を見せないが……

 その真っ直ぐに伸びる鞘を見るに、それはまさに、反りの無い『直刀』であったのだ。


 『御主人』は問いをナニガシに投げたが……


 だが彼女はそれに対し、何も答えなかった。


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