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第六幕 山の怪

 再び山道を北へ進む。

 その道中であった。


「……うーん……」


 美月が腕を組み、唸りながら歩く。

 先程から、何かを考え込んでいる様だった。

 それを見ると、彩花が心配し後ろから尋ねてくる。


「あら、美月ちゃん。いかがなさいましたか?お具合でも悪いのですか?」

「なんだ美月。まーたヘンなモンでも食って、腹でも壊したか?わはは」


 ナニガシが横から茶化すが、美月がそれに言い返す。


「もー、違うの!……何だか、ちょっと気にかかってる事があるの……」

「へえ?気にかかってる事?何だいそりゃ?」

「あのね、前に会った茶店の店主さんが話した『噂』の事、お姉ちゃんたちは覚えてる?」

「『キンタローが旅人を襲う』ってヤツだったろ?それがどうしたんだ?」

「うん。そうそう。でもその『噂』、あまりにも事実とかけ離れ過ぎてておかしいと思わない?もしも、『キンタロー』の正体がクマさんだったとして、『襲い掛かって身包みを剥ぐ』なんて話はどこから出てきたのかな?って、ずっと考えてるの……」


 後ろの彩花も口を開く。


「……確かに、クマさん自身も『ワシはそんな事やっていない』と仰っておりましたね。それに店主さんのお話の中では、『キンタローは手下を従えている』との事でしたが、クマさんはお1人で暮らしておられますし……」


 そこにナニガシが言う。


「え、ちょっと待てよ。それってあくまでも『噂』だろ?ふもとの住人たちが旅人を怖がらせようと面白がって、尾びれ背びれ付けて吹きまくってる法螺なんじゃないの?そんなまともに受け取る事無いんじゃ……」


 美月が言う。


「確かにそうかもしれないけど……でも、そうだとしたらあまりにも『噂』の内容が悪質というか……。まるで、無実のクマさんをわざと犯罪者に仕立て上げようとしてるみたいな感じだし」


 頷くと、彩花も言う。


「それに、あの茶屋の店主さんも、私たちをからかって言っている様には見えませんでした。本当に私たちの身を案じて、『噂』を教えてくれた様に思えます。……『火の無い所に煙は立たぬ』、と言いますしね……」


 そこまで聞くとナニガシも流石に、矛盾から来るその不穏な空気に感づいた様だった。

 彼女は冷や汗をかき始め、苦笑いしながら2人におそるおそると問う。


「え……そ、それってつまり……『噂』になってるのはクマじゃなく、全く『別のヤツ』って事……?」


 美月は頷く。


「……あるいは……『誰か』が根も葉も無い『噂』……ううん、『嘘』を流しているとか……」

「な、何の為に?」

「あくまで推測だからね、分からないよ。……もしそうだとしても、それが何を意図しているのかさっぱり……」


 美月が首を傾げるその後ろで、勘の鋭い彩花が何かを感じ取ったのか。

 俄かに今までのその優しげな目つきが変わり、そして鋭く周囲を見渡し始めた。


「……この先の道中、注意して進んだ方が良いかもしれませんね。……その『噂』の本当の正体が現れないとも限りませんから」


 そして……

 その後、数刻程山道を進む。

 その間、周囲の警戒を怠らなかった。


 道中何も起こらないままやがて夕刻となり、あたりに薄闇が訪れ始めた……


 夜を明かす為、風避けとして木のたもとで野営の準備をする3人。


 その時であった。


 彼女たちから僅かに離れたあたりの草むらから、「ガサガサッ」と草を揺すぶる大きな音がする。


「むっ……?」


 ナニガシが瞬時に気付き、2人に注意を呼びかける。


「動物……じゃない?……誰かがそこに居るのか……?2人とも、気をつけろ……」


 腰の刀の柄に手を置く。


 遠巻きに様子を窺う。

 なおも草は揺れ、音を出している。


 ……その草むらの音は明らかにおかしかった。

 草が「何か」に意図的に揺すぶられる様に不自然に揺れており、ずっと音を出し続けているのだ。


 明らかに、これは風や小動物では無い。

 まるで、「何か」が3人の注意を引きつけるかの様な……


 彼女たちはじっと身じろがず、その音を出し続ける草むらを注視する。


 その僅かに沈黙した瞬間だった。

 突然、彩花が叫んだ。


「……はッ!?ナニガシさん!後ろです!!」


 彼女が声を張り上げ警戒を促したその刹那。

 それは、ナニガシの後方だった。


 木の上から、黒い人影がナニガシの背後へと、音も無く降り立つ。

 そして手にしている短刀を、後ろから彼女の首元へと、静かに差し込んだのである。


 だが、僅かにその人影の気配の察知が早かった彩花が、素早く反応した。

 短刀の刃がナニガシの首に達しようとするその一瞬、彩花が彼女と人影の間に割って入ると、短刀を手にしたその腕を肩に抱え、背負い投げたのだ。


『ブオンッ!』


 投げられ、黒い人影が宙を舞う。


 しかし、影は空中でひらりと身を翻し着地すると素早く後方に下がり、彩花とナニガシから距離を離した。


 その僅かの間、当のナニガシと傍らの美月は何が起きたのか分からず、身動きが取れずにいた。


 ……そのナニガシの首元には……

 一筋の、血。


 頚動脈の上の皮膚に、横一文字に薄っすらと、切り傷……

 そこから、一滴の血が流れた。


 ……危うく黒い影に、短刀で首を掻き切られるところであったのだ。

 間一髪、彩花に救われた。

 薄皮一枚を切られたのみで済んだのである。


 襲い掛かってきた黒い人影が、3人の眼の前に立つ。

 それは顔も全身も輪郭がぼんやりとした真っ黒の影に包まれており、何者か分からない。


 それが、語りかけてきた。


「……ほお、見切られるとはな。なかなかにやるじゃないか小娘。反撃までしてくるとは……貴様何者だ?」

「なっ、お、お前は誰だ!」


 己の首に血が流れ出ている事に気付き、状況を把握したナニガシが向き直り叫んだ。


 すると……


「ふふふ……。私は……『絹太郎』、だ」


 眼前の人影はそう答えたのである。


「な、何!?」


 ナニガシたち3人は驚き、唖然とする。


 彼女たちは知っている。

 ……『絹太郎』。

 それはあの大男、クマの相棒の、白く大きなウサギの名であった。


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