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第五幕 温もりが包む家

 山の暗く寒い夜は過ぎ行き、そして空が白み始める頃となる。

 鳥たちのさえずりが遠く近くと知れず聞こえてくる。

 だんだんとその鳴き声たちは大きく賑やかとなっていき、3人はそれによって目覚め始めた。


 森の中はまだ暗いが、それは夜の闇とは違う。

 漂う朝霧の中から周囲の木々の輪郭が薄っすらと見え始め、そして徐々に明るくなりつつあるのだった。


「……おはよー……」


 すっぽりと頭まで入っていた美月が、まるで蓑虫の目覚めの様にその暖かな毛皮の中からごそごそと顔を出してきた。


 見るとそこに彩花が居た。

 とうに起き、着物のえりをピシッと正し、背筋を伸ばし行儀良く火の傍らに座っていたのだった。


「あら、美月ちゃん。おはようございます。良く眠っていらっしゃいましたね」

「……うん、あったかくて……ふわふわで~……あときもちよくて……」


 美月はまだ寝呆けているのか舌が回らない。

 眼が開ききっていないその様子にくすくすと彩花が笑っていると、その横で転がっているナニガシもまた、毛皮からニュッと顔を出した。


「うう……山の朝は寒いぜ……『これ』から出られんな……」


 『これ』とは毛皮の毛布の事である。


 もうすぐ冬となる。

 山々の景色を彩った秋の紅葉たちはすでに枯れ落ち、山の中では木々の根元にその名残りが積もっていた。


 こずえからは朝焼けの空が良く見え、そこから眩しく朝日が差し込み始めている。

 だがしかしそのさんさん々とした陽光とは反対に、葉が落ちた枝を伸ばす木々たちは心なしか寂しく見え、赤々とした賑やかな秋の装いを懐かしんでいるかの様だった。


 その肌寒さに次第に目が覚め始めると、美月は洞窟の中を見回す。

 この住処の主、クマの姿が見当たらないのだ。


「あれ?クマさんは?」


 囲炉裏代わりの小さな焚き火に枝をくべながら彩花が答える。


「私が目覚めた時、クマさんはすでに身支度を整え終えられていた頃でして、その後まさかりを担いで外へ出ていかれましたよ」

「身支度って言ってもあのおっさん、こんな寒くてもふんどし一丁だしな……。まあ、戻ってくるまで待っていよう。外はまだ少し暗いしな。あと寒いし」


 そう言いながらナニガシは火に手をかざして暖を取る。


 ぱちぱちと、広い洞窟の中に火が小さく爆ぜる音が反響している。

 入り口は風向きと反対側に開いており、寒い外気に内部が晒される事は無い。

 そのお陰か、この小さな火であっても十分に内部は暖かかった。

 これもクマの「生活の知恵」であろう。


 自然の中で手に入れた材料を使った調度品、料理、そして居住空間。

 それらは快適な生活をもたらすのに十分な役目を果たしており、それにより、彼女たちはこの寒々とした山の中において凍える事無く休息を与えられ、そして無事に暖かく一夜を過ごす事が出来たのだ。

 クマの作り上げた住居は、3人にとっても安心出来る場所となったのである。


 もしも「噂」が本当であったならば、彼女たちは今頃この様な快適な場所で眠ってはいなかった筈だ。

 寒風吹き荒ぶ初冬の山の中、誰からも親切に一宿一飯を与えられず、その寒い外気に晒されながら、良くて落ち葉の下に潜り込み、そして凍えながら一夜を明かしたであろう。


 ……ここで1つ、疑問が浮かぶ。


 鹿皮の毛布に包まりながら、ふと、美月は思った。


(……『旅人を襲う大男』とは誰の事なのだろう……?)


 と。


 まだ少し寝呆けた頭でぼんやりそう考えていると、洞窟の外から大きな人影がのっそりと入ってきた。

 出かけていたクマが帰ってきたのである。


「ん?3人とも起きたのか。今から朝めしの支度をするから、お前たち、ちっと手伝ってくれんか」


 クマはその手に死んだハトを5匹ぶら下げていた。

 それをドスンと調理台の上に無造作に置く。


 薪を割り、竈に火を入れ、ハトを捌く。

 3人はそれらの手伝いをし、そして朝食が出来上がったのだった。


 朝の冷たい空気が満ちる山。

 しかし洞窟の、いや、「クマの家」の中はいつでもとても暖かであった。


 ……そして陽が昇りすっかりと明るくなった頃、3人は出発する為、入り口に立っていた。

 クマが名残惜しそうに彼女たちを見ている。


「世話になったな、クマさんよ。達者でな」

「ありがとうございましたクマさん。ハトのお肉まで頂いてしまって……」


 彼女たちが身支度をしている間、クマが朝食の余りの肉を分けてくれたのだった。


「山はまだまだこの先深いからな、気をつけて行くんだぞ。これから、また霧が出てくるかもしれんからな」

 

 美月は小さな手で、クマのごつごつとした分厚い手を握った。


「クマさん、さよなら……。お元気で」


 彼女も淋しげに別れを惜しむ。

 当初あれだけ『キンタロー』を怖がり怯えていた美月だが、今ではすっかりクマに懐いた様だった。


「がっはっは!お前は可愛い奴じゃのう。絹太郎に負けんくらいじゃ」


 クマは笑いながら、その手で美月の頭をわしわしと、荒く撫でた。


 ……

 人里を離れ山の中で1人生きる彼にとって、この来客たちとの出会いは、喜ばしいものであったに違いない。

 人との生活から身を離したクマだったが、久方振りに人間と触れ合えた事で、彼は楽しげであった。

 何故ならば、クマは最初から望んで1人きりの生活を選んだ訳では無いからだ。

 

 彼は決して他人を嫌ってなどいない。

 自分を受け入れなかった「人の世」を拒絶してなどいない。

 山の様な大きな懐と心があるからこそ、クマは彼女たちを受け入れ、そして笑ったのであった。


「またな。また、塩を持って来てくれ」


 そう言いながら、クマはナニガシたちに大きな手を振る。

 「家」の前で、彼は肩に乗せた絹太郎と共に、彼女たち3人の背中を見送ったのであった。


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