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第四幕 居場所

 時刻は日が傾き始めた頃である。

 霧がかった山の中は更に薄暗くなり、気温も急激に下がり始める。


 時期は冬の初め。

 日の出ている時間も短くなり、朝晩はめっきりと寒くなりつつあった。

 この山々の北の地方ではおそらく雪も降り始めているだろう。


 クマにいざなわれ、3人はその棲家へと向かう。

 山道を外れた獣道、おそらくこれはクマの通り道であろうか、藪と下草、そして枝々が分けられたこの細い道を通り更にその先へと進む。


 すると暫くした場所、岩の洞窟の入り口に辿り着いた。


 横幅3メートル程のそれは一見するとただの穴の入り口であるが、奥からは明かりが漏れ、薄暗い外の周囲を仄かに照らしだしていた。

 そのともりを見るに、これがクマの「家」であろう。

 それ以外、人間の生活を示すものは入り口周囲には見当たらず、それゆえ昼間に訪れたならば、まず人の住処とも思えぬだろう。


 クマの後に続き共に付いて来たは良いが、だがしかし、彼が万一本当に山賊の類いである可能性もある。

 念の為用心し、ナニガシと彩花は警戒を怠らなかった。


 その様子に気付くと、ウサギの絹太郎を肩に乗せたクマが笑いながら言う。


「がはは。そんなに怖がらんでもいい。ワシは別にお前たちを取って食いはせん。旨そうにも見えんしな」


 洞窟の中に入ると、その様相に彼女たちは驚きと共に眼を奪われた。


 内部を見回すと。

 鹿やイノシシなどの動物の毛皮で作った毛布や敷物。

 樫の木を器用にくり抜いて作った食器。

 黒曜石の刃物。

 松ヤニで作ったロウソク……


 その他にも山中で手に入れたであろう素材を使った様々な生活用品が手製で拵えてあり、その数々に3人は関心を示す程であった。

 まるでそれこそ熊の巣穴の様な、その岩まみれの荒れた洞窟の入り口からは想像もつかない程、内部は人間の「文明の利器」で溢れていたのだ。


 入り口付近のかまどでは、鍋が火にかけられぐつぐつと音を立てている。


「さあ、そこに座っておれ。じきに出来あがるじゃろう」

 

 クマはそう言い3人を敷物の上に座らせると、彼女たちから受け取った塩をがばっと鷲掴みにするや、その豪快な手分量でばさっと鍋へと入れる。

 それはさながら土俵入りの力士の塩撒きの様であり、そもそも彼の手が大き過ぎる為、それが本当に正しい分量なのかは分からない。

 おそらく本人にも分かっていないだろう。

 しかし、その様な細かい事は気にしない。


「よし、出来たぞ。さあ食え。温まるぞ」


 クマはどんぶりの様に大きな樫の器に、鍋から汁物を注ぎ入れると、3人の前にそれぞれドンと置いていく。

 その際、彼の親指がどんぶりの汁の中に深々と突っ込まれているが、これも細かい事で気にしない。


「おお!旨そうだな。良い匂いだ!」


 ナニガシはその大きな器を手に取る。

 それはイノシシの肉と、山菜が煮込まれた汁物であった。

 鍋と器からは湯気が立ち込め、とても良い匂いが洞窟内に満ちていた。


 クマがその巨体をドスンと座らせるやいなや器ごと喰らう勢いで食べ始めたのを見て、彼女たちも口をつける。

 どんぶりからは白い湯気が昇り、彼女たちの眼の前を覆った。


「あ!すごくおいしい!」


 口に入れた瞬間、美月が思わず声を上げた。


 動物の肉は久しぶりであった。

 夜の山中の寒さも相まって、その温かさが胃に沁みていく。

 美月が丸ごとすっぽり入る事が出来る程の大きな鍋から何度か「おかわり」を貰い、その空腹を満たしていったのだった。


 やがて食べ終わり、樫のどんぶりを置く。


「とても美味しかったです。……イノシシの肉というものを、初めて頂きました」


 彩花も満足げである。


「お前たちのお陰で旨い晩めしが出来た。お前たちが山に来てくれて良かった」


 クマはごわごわの毛で覆われた大きく膨れた腹をさすり、洞窟の天井に届かんばかりに大きく伸びをする。

 そして彼はそれぞれの器を集めると、熊の様なその豪快な図体に似合わず、大きな手でそれらをマメに洗い始めた。


 洗い終わると、ナニガシたちに言う。


「さて、外はもう暗い。今夜はここで寝ていけ。お前たちは夜目が利かんだろう。熊や野犬に襲われてしまうからな」

「わあ、ありがとうございます。クマさん!」


 彼から鹿の毛皮の毛布を受け取ると、美月は喜びながらそれに丸々と包まる。

 蓑虫の様な姿でころころと転がる彼女を見て、クマは笑う。


「がはは、可愛い娘じゃのう。ワシの絹太郎と同じくらい可愛いのお」


 そう言いながら、クマは傍らの絹太郎を撫でる。

 絹太郎の白い毛はふわふわきらきらとしており、彼によってよく手入れされている事が窺えた。


 美月を見てなごむクマに、彩花が尋ねた。


「ところでクマさん。何故貴方は人里で暮らさず、この様な山奥に1人で住んでいるのでしょうか?」


 それにクマが答えた。 


「ワシが人里の生活を捨てたからじゃ。人と暮らす事を止めたのだ」

「人との生活を止めた?」


 クマは頷く。


「……ワシは子供の頃から人一倍、いやそれ以上に図体が大きく、力も強くてのう。相撲といった力比べでは周囲の子供だけでなく、力自慢の大人をも負かす程だったんじゃ。そして、そんな並外れた力を持つワシは周りから恐れられながら育った。妖怪や、鬼の子などとも言われていたわ」


 傍らでナニガシも、湯を飲みながらその話を聞いている。


「次第に皆、ワシを遠ざけるようになったんじゃ。さっきも言ったが、親も居なかったからな。居場所が無くなったワシは自分の『有るべき場所』を探した。『人として暮らせる場所』をな。そして、ここに住むようになった。山は、ワシを遠ざける事はしなかったからな」

「そうだったのですか……。そのような理由が……」


 彩花は改めて彼の大きな体を見る。

 彼女たちからすれば洞窟の中は広々としているが、巨躯のクマはその空間すら狭いとばかりにその身を縮めて座っていた。


 確かにその巨体は人並み外れており、更にその髭だらけ体毛だらけの大熊の如き容貌から、他者から怖れられるのは無理からぬ事であろうと思われた。 


「山はワシを受け入れてくれた。山に生かされているのだ。それに感謝している。だからワシも、同じ様にきたる者を受け入れるのだ。山が、ワシにそうしてくれた様にな」


 クマの朴訥ぼくとつながらも素直なその言葉にナニガシは頷き、呟いた。


「……そうか。『有るべき場所』を探す……か。アタシと同じなんだな」


 彼女のこの旅の目的はクマと同じ様に、生きる為の『居場所探し』の旅である。

 そのきっかけは違うにしても自分とクマは似ている様な、そんな気がしたのだ。

 そして、その『目的地』に辿り着いたクマを羨ましく思うと同時に、尊敬の念を感じたのであった。


「ん?なんか言ったか?ともかく、もう日は沈んだ。早く寝て、身体を休めろ」


 クマは2人に毛布を投げて寄越すと、松ヤニのロウソクの灯火を太い指で押し潰して消した。


「ああ、そうさせてもらうよ」

「では、お休みなさいませ」


 ナニガシと彩花が毛布に横になる。

 クマは洞窟の入り口付近に座ると、壁に体をもたれ掛けそのまま眠りについた。

 匂いにつられてやって来た野生動物などの外敵から彼女たちを守る為、入り口に陣取ったのである。

  

(すぴー……すぴー……)


 美月は毛布の中で猫の様に小さく丸まり、山歩きの疲れからか、とうに眠っていた。


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