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第三幕 山の怪?

 山道を進むにつれ、その地面はだんだんと荒れていった。

 ふもと近くの茶屋の付近までは石が敷かれ歩き易い道であったのだが、山深くへと入り込むと次第にそれも無くなり、木の根が露出し、更にそこから染み出る雨水によって足元がぬかるみだしていくのだ。

 でいでい々とし、山道のその様相が変わり始めてきていた。

 地から盛り上がる根に足を取られつつ、泥に草鞋を汚しながらもナニガシたちは歩いてゆく。


 山深くなるにつれ、周囲の木々や下草はより鬱蒼うっそうと覆い茂り、その道は両脇に太く悠々と生長している樹木たちによりはさまれ、まるで圧迫されるかの様に狭く細い。


 そうした有様を見るに、このあたりからは人の手が殆ど入らない場所となってきている事が窺い知れた。


 その上、いつの間にやら薄くかかり始めた山霧により、視界は若干悪かった。

 標高が上がるにつれ、その霧も濃くなっていく。

 陽は未だ空高くに在るが、背の高い樹木と霧とでその日光が遮られ、周囲は白く薄暗い。


 話にあった、噂の『キンタロー』を警戒しながら3人は進む。

 目の良いナニガシを先頭とし、最後尾は格闘の手練てだれである彩花が、その間に美月を守る様に挟んでいた。


 若干身を丸くし、周囲へしきりにキョロキョロと視線を配りながら、美月が呟く。


「うう……怖いよ……『キンタロー』怖いよ……」


 先程茶屋で聞いた「噂」を思い出し、その存在に怯えていた。


 話では、『絹太郎』は霧に紛れて襲い掛かってくるという。

 今まさに霧が発生する中を歩く彼女たち。

 いつ、くだんの「ケモノの様な妖怪じみた」大男が姿を現すかと思うと、美月はふと恐ろしくなり、気が気で無かったのだ。


 ビクビクと心が震え、道の先へと進む事が怖くなる。


 それを聞いて前を歩くナニガシが笑う。


「ははは、大丈夫大丈夫。ちょっとデカイだけでどうせ大した事無いって」


 後ろの彩花も、美月を安心させる様に優しく笑いかけた。


「ふふふ。そうですよ。それに、ナニガシさんと私が付いています。ご安心ください」


 そう言って、美月の頭を撫でる。


「うん……。ありがとう……」


 撫でられ、少し元気になる。


 顔を上げて前を見ると、道の脇に高く伸びる木々たちの梢の僅かな隙間から、薄っすらと陽の光が差し込んできていた。

 その陽光は霧を通して数条の白い光芒となり地面へと落ち、彼女たちはその幾筋の光の中をくぐり抜けて歩いて行く。

 その光たちの様は、まるで白く輝く道が樹上を越えて空へと伸びていくかの様な、幻想的な光景であった。


 美月は、その美しい風景に勇気づけられる様に何だか心が軽くなった気がして、そして次第に、重かったその足取りも軽くなっていったのだった。


 背筋を伸ばし、道を進む。


 しかし、そんな中……


 暫く歩いたのち、ふと彩花が言った。


「……先程から、誰かに見られている気がしますね……」

「え?」

「え?」


 ナニガシと美月はぎょっとする。


「ナニガシさんからは見えないかもしれませんが、私の後方から何者かの視線を感じます。霧に紛れ、襲い掛かってくるかもしれません。……お気をつけください」


 彩花が何者かの気配を察した様だった。

 「勘」が良いのか、他の2人が気付かないような、物音もしないその気配に対して敏感に反応したのだろう。


 彩花は周囲に聞こえる程の大きな声で、2人に警戒を促す。

 ……それは、「追跡者」に対しての牽制も含めていた。


 ナニガシが途端に震えだした。


「え……やだ……アタシも怖くなってきたんですけど……」

「お姉ちゃんも、元々は怖がりさんだからね……」


 美月と2人で怯えながら抱き合っていると、その時である。


 彩花の後ろ、霧に霞む木の陰から、野太く大きな男の声が響いてきたのだ。


「おお……ワシの気配に気付くとは、その娘もやるのお……」


 直後その霧の中から、見上げる程の大きな影が、ぬうっと姿を現した。


 かなりの巨大な影。

 熊か?

 そう思い、3人は一瞬身構える。


 ……いや、違う。


 それは人間。

 巨体の大男だったのである。


 身の丈は8尺をゆうに越え、その筋骨隆々たる大きな体には全身毛深く体毛が覆っており、並外れた体躯を持った男だった。

 その様相はさながら、やはり熊の様であり、姿を見せた瞬間人間とは思えぬ程の重量感と威圧を放っていたのだった。


 彼のごつごつした手にはよく磨がれた、その熊の様な手に見合う程の大きなまさかりが握られ、鈍く輝いている。


 ……そして……


「げっ!」

「きゃあっ!」

「……なんとはしたない……」


 一行の3人はその大男を見た途端、眼を背けてしまった。


 ……なんとこの男、ふんどし一丁だったのだ。


 女性たちのその眼前には褌一丁でまさかりを持っているという、何とも変態じみた格好の大男が立っているのだった。


 霧から現れた大男……

 もしやこの男が、「噂」の『絹太郎』であろうか?


「お前が『チンタロー』か!!」


 ナニガシが叫ぶ。


「誰が『チンタロー』じゃ。ワシはそんな名ではない。ワシは『クマ』じゃ」

「『クマ』ぁ!?」


 答えた男の言葉に驚く3人。

 彼は頷く。


「いつからかワシは、周りからそう呼ばれておる。本当の名は知らん。ワシには親が無かったからのう」

「……という事は……それでは、貴方あなたは噂の『絹太郎』では無いのですか?」


 彩花が『クマ』と名乗った「はしたない」大男へ、その姿を直視せず尋ねた。

 すると、またも意外な答えが返ってきた。


「『絹太郎』だと?何故その名を知っておる。『絹太郎』とは、こやつの事じゃ」


 そう言うと、クマはいつの間にかその傍らに居たウサギを抱き上げた。

 それは白く、絹の様に美しい毛並みが輝く大きなウサギであった。


「これが『絹太郎』じゃ。可愛いじゃろう。んー、ちゅっちゅっ」


 ウサギに頬ずりするクマを見て、ナニガシは頭を抱える。


「……どうなってんだ?大男が『チンタロー』じゃなくて『クマ』。本当の『チンタロー』は飼ってるウサギの方だと……?」

「……『噂』って、アテにならないね……」


 美月も訳が分からず首を捻る。

 ナニガシがクマに言う。


「あんた、山のふもとの住民たちに怪談話よろしくテキトーな『噂』広められて、怖いもの見たさの客寄せとして利用されてる事知ってんのか?」

「え……そうなの?まあ、下界の事などワシは知らんわ」


 彼は我関われかんせずといった風だ。

 その口ぶりから、どうやら人里の事など興味が無いらしい。


 彩花も続いて彼に問う。


「貴方が山道を行く旅人を襲い、身包みを剥いでしまう無法者という話も聞いていますが……」


 それを聞くや、クマは驚く。


「なんだと!?ワシはそんな事しとらんぞ。ワシは、塩を持っていないか旅の連中に聞いて回っておるだけじゃ」


 とうとう混乱したナニガシが耐え切れず、彼へ口早に問い始める。


「は?塩?じゃあ、あんたは人を襲ったりはしないのか?」

「そんな事せんわ」

「あんたが無法者って話はどっから出てきたんだよ?」

「知らんわ」

「その手に持ってるバカみたいにデカイまさかりは何なんだよ?人を襲う為じゃ無いのか?」

「薪を切っとるだけじゃ」

「何で気配を消して、アタシたちの後ろをついて来てたんだよ?」

「急に出てきたらびっくりさせてしまうじゃろう」

「……」


 ナニガシは再び頭を抱える。


「もー……訳分からん……何なんだ、何者なんだこのおっさん……山ん中でふんどし一丁だし……」

「んん?何だか良く分からんが……。とにかくお前たち、塩を持っとらんか?」


 クマのその唐突な質問に困惑する3人。


「し、塩?」

「ワシがお前たちに話しかけようとしたのは、塩を持ってないか聞きたかったからじゃ。山じゃ、なかなか塩が手に入れ辛くてな。晩めしで使うんじゃ」


 美月がナニガシの裾を引く。


「お姉ちゃん。お塩なら、私たち持ってるよね」

「あ、ああ。持ってるが……。え、このおっさんにあげるの?」


 躊躇うナニガシに美月が言う。


「だって、悪い人じゃなさそうだし……。少し分けてあげても良いんじゃない?」


 聞くと、クマの髭だらけのつらに喜びの色が浮かぶ。


「おお!持っとるなら分けてくれ。分けてくれたら、晩めしを馳走してやろう。今日はイノシシが二頭も捕まえられたからな。その肉を食わせてやるぞ」


 それを聞くや、途端にナニガシの目の色が変わった。


「よし!塩をやろう!喜んで分けようじゃあないか!」

「お姉ちゃん……」


 その見事な変わり身の早さに美月が呆れ顔となる。


 海に面し川も多いこの国に於いて魚は安価に手に入り、民衆の食卓で身近な食材となっているが、しかし手間の掛かる畜産が必要な獣肉は高価なものであった。

 魚すら買えない程金の無い彼女たちにとって獣肉、それも新鮮な野生のイノシシ肉とは、滅多に口に出来ない珍しいご馳走である。

 貧乏腹ペコ侍のナニガシにとっては、何としても食べたいシロモノであった。


「よし!では、ワシの家について来い。こっちじゃ」


 クマが大きな手で促す。

 だがそれに対しナニガシが意外そうな顔をした。


「え、あんた、家があんの?」

「あるわ。動物じゃあるまいし。雨風の中、木の下で寝ている訳無かろう」

「……」


 3人は言葉が出ない。

 「噂」では、絹太郎という大男は「崖っぷちででも寝ていられる」という事だったが……


 ナニガシは脱力し、呟いた。


「あの茶屋の親父、テキトーな事吹かしてくれたなあ……」


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