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第一幕 登山口

 ナニガシ、美月、そして彩花を加え、3人となった一行。

 『風待ちの海』をあとにし、一旦『竜骨街道』を東へ戻る。

 そこから旅の行き先を北へと定め、新たな地へ向かわんと歩き始めたのだった。


 以前にも示した通りこの『竜骨街道』は、これまで数多くの旅人を見守ってきた。

 人々の旅路としてだけでなく、古くはこの国の流通を支え、そして経済をも発展させてきた。


 だが、それ程までに重要な道でありながらも、世の流れには逆らえない。

 世の乱れにより現在はその往来も途切れがちとなり、往年の賑わいは今や無い。


 しかしナニガシたち一行のこの旅において、出発して以来の往路である。

 彼女たちもまた、この街道に見守られてきたのだった。

 その『竜骨街道』に一旦別れを告げ、これより新たなみちを進んでいく事となる。


 彩花は過去の記憶を失っている今、それを取り戻す手がかり、取っ掛かりを見つけなければならない。

 それを求めて2人の旅に同行する。

 とは言え、この旅自体が行き当たりばったりのものであるゆえ、その目的がいつ果たされるかは分からないが。


 しかし、何もせずにぼんやりと嘆き続ける訳にもいかない。

 「記憶の欠片」はどこに落ちているか分からない。

 遠回りが近道、という事も、往々にしてあろう。


 『風待ちの海』に心を残すが、「自分を取り戻す」想いを胸に、北への旅路を往くのであった。


 さて、これからの一行の行き先である北、つまり「北部地方」となる。

 広がる海へと面する「西部地方」と一転し、そこは山岳地帯、つまり山がちの土地となっている。


 その山々の中でも『雲呑くものみの山』と呼ばれる、ここ『中原の国』の最高峰を中心とした周囲の山地一帯は、旅の難所として名高く知られている。


 急峻というだけでなく、山々自体も深く、そこに人里もあまり存在しないゆえ、食糧などの補給が困難であるためだ。

 更に北に進めば、雪の降る土地柄ともなる。


 ……そして……


 人の手が入りにくいがゆえに、そうした土地には根も葉もない「噂」が生じる事も多い。

 それに尾びれや背びれが付いていき、最後には「伝説」として形成されるものである。


 この山々も例外ではない。

 『雲呑みの山』を訪れる旅人の間で、まことしやかに囁かれる「噂」がある。

 一例として、「ある旅人は『山中で正体不明の大男を見た』」とか、「とある集落の住人は『吹雪の中に白い女を見た』」などがある。


 それらはどこまでが本当で、どこからが嘘なのか分からない。


 ……しかし、そんな「不確定」な中でただ1つ、言える事がある。


 人は、未だ見ぬ「モノ」に対し、神秘的な魅力を見出す。

 そしてその神秘性ゆえ、人間たる人々はそれに対し神性すら感じ、そしてその侵しがたい存在への……または侵しがたい大自然への、好奇心やそして或いは、ある種の信仰心を持つものなのだろう。

 

 それは……

 一言ひとことで表せば、「憧れ」と言うべきもの、なのかもしれない。


 ……そんな好奇心と、またはそれぞれの「こころざし」とを携えて、この地にやって来た3人……


「……おお!これが『雲呑みの山』か!」


 山道への入り口に立つ一行の先頭のナニガシが、眼前にそびえる高峰を見上げ、感嘆の声を上げた。

 美しい三角形の山体が青空を背にどっしりと構え、周囲の山々を見下ろすかの様にその中心に座している。

 天高く伸びたそのいただきには雲がかかり、まるで笠を被っているかに見えた。


「うん……すごくキレイな山だね……。ねえお姉ちゃん、これって有名な山なの?」


 そのすぐ後ろを歩く美月もしげしげと興味深そうに山を眺めながら、尋ねる。


「ああ。この国で一番高い山だからな。この景色を拝みに遠方からやって来る人間も居るぐらいさ。……まあそれで有名ってのもあるが、ただそれだけじゃないんだ」

「というと?」

「実はな、この山にまつわるヘンテコな話が沢山有るのさ。例えば、『怪奇現象が起きる』だの、『変なヤツが住んでる』だの、妖怪だお化けだのと。まあ数え上げたらキリが無い程さ」


 美月が疑いの眼差しと共に苦笑いする。


「え~?ホントかなあ……。地元の人たちが客寄せの為にテキトウな話をでっちあげてるんじゃないの~?」


 身も蓋も無い、現実的な感想である。

 美月は子供であるにも関わらず、意外にもそういった、所謂「オカルト話」を信じないのだ。


 だがしかし、その一方、ナニガシは……


「ま、大方そんなとこだろう。アタシもお化けなんて信じてないもんね~だ」


 そうナニガシは言うが、果たしてそれは本当だろうか……?


「暗闇で『お化けが出たー!』って脅かすと逃げ出すぐらい、もの凄くビックリするくせに?」


 その美月の言葉、これが答えであった。


「そ、それとこれとは話が違うだろ!」


 からかわれ、顔を赤くして反論するナニガシ。


「……それにしても美しい山ですね……こんなに高い山を見たのは私、初めてです……」


 一行の最後尾を歩く彩花が静かに口を開く。

 『雲呑みの山』を仰ぎ、感嘆のあまり、ほうと溜め息をついた。


 確かに彼女の言う通り、この高峰はその姿形すがたかたちが美しい。

 とりわけ青空の中、雲をいただきまとうその姿は、遥か遠目から眺めても目に留まる程の美麗な光景であった。


「彩花さんは、『風待ちの海』のあたりから出た事が無いのかな?」


 美月が彩花に尋ねる。


「記憶が無いので何とも言えませんが、しかし、これほど美しい山を見ていたならばすぐにでも思い出す筈です。それ程までに今、感動しています」


 彩花は興奮した様に答える。


「ふーむ、君は見たところ『箱入りのお嬢様』って感じだからな。遠出する事もあまり無かったのかもしれないな」

「え……『箱入りのお嬢様』……?」


 ナニガシの「お嬢様」という言葉を聞いて、美月は首を傾げた。

 先日、彩花が男を投げ倒した様を思い起こしたからだ。


(……『箱入りのお嬢様』って、どういうものだっけ……?)


 美月は考え込んでしまった。


「そういえば、彩花はそんな着物を着ているし、この先の山道を歩いていけるかな?」


 今になって、ナニガシは彩花が着物を着ている事を思い出した。


「確かに、歩き辛そうだね……」


 美月も心配する。


 彼女とナニガシは足に脚絆を巻いた旅装姿だ。

 ゆえに足取り軽く山道も歩いてゆける。


 しかし、彩花は足元の裾がすぼまった着物である。

 どう見ても山歩きには不向きだ。


 だが、それを聞いた彩花。


「ふふ、ご心配には及びません。こうすれば良いのです」


 くすっと笑いそう言うや、なんと彼女はその場で足元の裾を、太ももまで捲り上げたのだ。

 その様に驚く2人をよそに、そして、その裾の先を帯の中へと入れる。


 そうすれば、裾が無くなった事で確かに歩き易くなるが……


 それまで裾で隠れていた彼女の、スラリと伸びた白い脚が表に露わとなった。


「あの……彩花お嬢様、お美しいおみ足がお丸出しになられておりますが……」


 その様子をナニガシが心配するが、彩花本人は一向に気にも留めていない様子だ。


 それどころか、


「お2人とも、さあ、参りましょう!」


 と言って、彩花は先へ歩き出していってしまったのだ。


 おそらく海育ちの彼女にとっては山そのもの自体が珍しく、そしてそれゆえに「はしたない」事など気にしない程に、山を歩いてみたくて仕方が無いらしい。

 それ程までに、彼女にとって山歩きは興味をそそられるものなのだろう。


 意外な程行動的で好奇心旺盛な彩花。

 てくてくと元気に、機嫌良く鼻歌交じりに歩いていく。


 その姿を見て、ナニガシと美月は考える。


(……あれ……『箱入りのお嬢様』って何だっけ……?)


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