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第八幕 心

 翌朝。

 昨夜の雨はすっかりと止んでいた。

 太陽が眩しく、雲の無い空の東からさんさん々と昇ってきている。


 風も無く、海の上は元の穏やかさを見せている。

 遥か水平線の水面みなもは朝の陽を反射しキラキラと輝き、僅かに波立つ大海原は、波打ち際の飛沫に至るまでが静穏としていた。


 その青い空と平静な海が、まるで昨日の荒れ模様が夢であったかの様な錯覚に陥らせる。

 鳴り響く雷や吹き荒ぶ風はいつの間にかいずことも知れず消え失せ、頭上に覆い被さる様に垂れ込めていた黒雲は、その姿を快晴の空へと変えたかと思えた。


 この『風待ちの海』は、表と裏の二面性を持っている。

 ある時は静かに、ある時は激しい気性を以って、自然の営みのひとつとしてこの世界に存在しているのであった。


 波の音の心地良さですっかり寝坊気味の美月。

 ようやく目を覚まし、その寝ぼけまなこで傍らを見やると、ナニガシがいつもの如く大の字でいびきをかいている。

 狭い岩の窪みであるため、美月はその彼女の足をいつの間にか枕代わりにして眠っていたのだった。


 ……?


 その時気が付く。

 彩花が居ない。


 途端にはっと慌て、窪みから出て周囲を見回す。


 すると岩場の下の砂浜に、彩花のその後ろ姿がある。

 美月は波打ち際に佇む、彼女の元へと駆け寄った。


「おはようございます。彩花さん!」


 その声に、彩花も美月の姿に気が付き、微笑んで挨拶を返してきた。


「おはようございます。美月さん。良く眠れましたか?」

「はい!……あの、ここで何をしているんですか?……海を見ていたんですか?」

「ええ……。……この広い海原うなばらのどこかに、私の故郷があるかもしれないと思うと……何だか、居ても立っても居られない様な気持ちになって……」

 

 美月が問うと、彩花は静かに答える。

 その視線は再び、朝陽の注ぐ波間へと戻るのだった。


 波はまるで彼女の声をかき消さぬよう、静かに穏やかに寄せ、そして返している。


 ……この海のどこかに、彩花の帰る場所がある。

 だがそればかりはどうしても、波がどんなに優しくあろうとも、見つける事は出来なかった。


 『風待ちの海』は、ここ『中原の国』の西部に広がる広大な海である。

 この海域を抜ければ外海と繋がっている。

 水平線の向こう、更に遥か西方にまで行き着くその先には、「異国人たちの住む大陸」が存在している。


 彼ら異国人は金色の髪、青い目をした人々であった。

 交易の為に海を越え、この国にまで遥々訪れる事も少なくなかった。


 しかし、彩花は黒髪黒瞳。

 その外見から、明らかに『中原の国』の人間である。

 「異国人たちの住む大陸」からやって来たとは考え難い。


 おそらく、その「大陸」に辿り着くまでの海のどこかに、彼女の住んでいた島が在るのであろうが……


「この浜に倒れていたという事は、この海のどこかに彩花さんの島があって、そして何らかの理由で、そこから流れ着いたっていう可能性が高いですね」

「はい。しかし、正確な場所が分からなければ行きようがありません。荒れる事の多いであろうこの海を、闇雲に探す事など出来ませんからね……」


 美月はしばし思案すると、言った。


「……彩花さんの島の場所は分かりませんが……でも、何故彩花さんが記憶を失い、この場所に倒れていたのか……。その原因は……私は何となく、分かるかもしれません」


 その言葉に彩花は驚く。


「えっ……本当ですか!?……その原因とは一体、何でしょうか……!?」


 問われたが……

 だが美月はうっかり口走ってしまったかの様に、ばつの悪そうな表情をし、その口を慌てて押さえた。


「あっ!い、いえ、すみません。これはあくまでも、私の『推察』でしかありませんので……。それに今は、『わけ』が有ってそれをお話する事が出来ないんです……。ごめんなさい……」


 どういう「訳」であろうか、話そうとしない美月。

 何かを隠すかの様であったが……しかし、彼女は言葉を続ける。


「……今は手がかりが少なくて、どうする事も出来ませんが……でも、彩花さんが無事にお家に帰れるように、きっと、力になる事は出来る筈です」


 美月は、彩花の眼を真っ直ぐに見据えながら、言った。


 ……


 ……じっと、見つめてくる美月の眼。

 彼女のその眼差しと言葉は曇り無く、その心を、偽り無く表しているかの様だった。


 ……何故であろう。

 その清んだ眼差しを見ていると……不思議と心が、温かくなった。


 やましさなどは一切無く、裏も表も無い。

 純真で、無垢な少女のその大きな瞳は……ちりちりと焼ける様に焦燥する心が、まるで穏やかな波によって優しく慰撫され、そして鎮められていくかに思えたのだ。


 ……ふと、彩花は優しく笑いかける。


 それは、その真剣な表情の小さな少女を、まるで慈しむかの様な……

 そんな、優しい笑みだった。


「……ありがとうございます。きっと、美月さんにも何らかのご事情がおありなのでしょうね。……私は、貴女方を信頼しております。私の方こそ、美月さんたちの旅のお役に立てるよう、尽力させて頂きます」


 ……返ってきた彩花のその言葉に、美月は心を打たれるかの様だった。


 出会ったばかりの美月たちを信じ、そして、彼女たちへ真摯しんしに報いようとする心。


 ……その言葉から、それがひしひしと伝わってきたからである。


「……彩花さん……」


 美月は思う。


 『あなたの助けになりたい』


 ……ただ、その気持ちのみ。


 美月と彩花。

 お互いそう強く願い、想うのであった。


 朝の砂浜で語らい、笑う2人。


 ……

 

 ……その一方、ナニガシは……


 未だに岩の窪みの中で大いびきをかき、夢の中に居るのだった。


                         【第七話 了】


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