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第六幕 お淑やかなご令嬢

 ボロボロに欠け落ちた凶刃が、美月と彩花に迫る。

 

 もはや正気を失った男は嗜虐しぎゃくに飢えたかの様に、情けは無かった。

 非力で無力な少女であろうと、容赦無く、その頭上に刀が振り下ろされたのだ。

 

 ナニガシは、それを止めんと手を伸ばした。


「美月!彩花!!」


 しかしその手は届かず、見ている事しか出来ない。

 もはや、これまでと思われた。

 

 ……

 だが、その瞬間だった。


『ごきっ』


 鈍い音が響く。


「……え……?」


 ……ナニガシが見る、その光景。


 錆び刀の男は振り下ろしたその刃を手にしたまま動かず、硬直している。


 だが直後、彼は声も無く、その場で静かに……

 後ろへと、倒れ込んだのである。


 見ると。

 彼の眼前、そこに立っていたのは。


 ……

 白い着物の令嬢。

 

 ……彩花であった。


 彼女は一歩片足を踏み込んだ体勢で、拳を前に突き出していたのだ。


 それを見た一瞬、何が起きたか分からなかった。

 だが、ナニガシは理解した。


 ……なんと、彩花は正拳の一撃で、襲い来た男を殴り倒したのであると。


 彩花はひとつ、フーッと深く、息を吐く。

 残心である。

 着物の袖が捲り上げられ、その白く細い腕が、海風へと露わにさらけ出されていた。


 ……傍らの美月も、木の棒を手にしたまま呆然と眼を見開き、そして固まったまま動かない。

 何が起きたのか理解出来ていない様子である。


 ……

 品良く着物を着た、それまでお淑やかだった可憐な「ご令嬢」が、だ。

 武器を持ち、襲い来る大の男を、その華奢な生身の拳で。

 ……しかも一撃で、打ち倒したのである。

 

 その事実は、の当たりにした当人たちにも、信じがたい程衝撃的な光景であった。

 呆然と立ち尽くすのも無理からぬ事であった。


 ……その上。

 構えるその戦い慣れた姿勢から、彩花は相当の格闘の修練を重ねた達人であろう事が、素人目から見ても窺い知れたのである。


「え、ちょ、一体何が起きた!?おい!?」


 ナニガシも呆然とし、一瞬、動けずにいた。

 

 訳も分からず、しかしとにかく、なおも組み付いてくる男を振りほどこうとする。

 だが依然として、彼は離れようとしない。


 すると、ナニガシにしがみ付く男の方へと、彩花が向かってくるではないか。


「お、おい!近づくな!危ないぞ!」


 ナニガシが慌ててそれを制止するが、彼女は構わず、そのまま躊躇無く接近してくる。


 その時、組み付いていた男はその気配に「殺気」を感じたのか。

 咄嗟に、ばっとナニガシから離れると、今度は彩花へと襲い掛かっていったのだ。


「うがああァァァ!!」


 叫び声と共に、手にしていた得物の金棒を力任せに振り下ろす。


『ブオンッ』


 が、彩花は僅かに身を避け、その殴打は空を切った。


 その刹那、彼女はその振り下ろされた右手首を左手で掴むと、男の左脇に自分の右腕を差し入れ、鎧背面の草摺くさずりを握り、右脇で抱え込んだ。

 そしてなんとそのまま男を持ち上げるや、地面へ「ブンッ」と、頭から投げ落としたのである。


『ドゴォッ』


 宙を舞い、男は地に叩きつけられる。

 足元の石に頭を打ちつけ、そして……

 

 そのまま、気を失ってしまったのだった。


「……え?」

「……は?」


 ……それらは殆ど、一瞬の出来事であった。

 

 ナニガシと美月は、この場で一体、何がどうなったのか。

 そして男が何故倒れているのかも、飲み込めていなかった。


「……ふう。……お2人とも、お怪我はございませんか?」


 男たちを打ち倒した彩花が2人に向き直り、声をかける。


 息ついた彼女の着物の胸元は肌け、汗ばんだ白い首筋があらわとなっている。

 その肌の白さはゆう薄明はくめいの中にあってもぼんやりと、上気じょうきだち、朱が差しているのが見て取れる程だった。


「あの……はい……ございませんです……」


 立ち尽くすナニガシと美月。


「……彩花さん、これは一体……」


 そう言われると、彩花は自らの着物が乱れている様に気付き、その胸元を隠す様に慌てて正した。


「あ……申し訳ございません。……私ったら、なんてはしたない……」


 恥じらい、ぽっと顔を赤らめる。


 違う。そうじゃない。

 言いたい事はそこじゃない。


「彩花さん……。あなた、とてもお強いんですね……何故なのですか?」


 思わず敬語になってしまうナニガシ。

 彩花は首を振る。


「……分かりません。……気が付いたら身体が動いていて、その……この殿方の皆様を……」

「ああ、……お殴り倒しになってしまわれていた、という事でございますか……?」


 彩花に「お殴り倒され」、それからピクリとも動かない錆び刀の男を、ナニガシはちらりと見下ろす。

 

 ……そして再び、彩花に眼をやると。

 彼女は顔を赤らめ、己の「はしたなさ」を恥じている様に、もじもじとした素振そぶりをするのみである。


 その「恥らう」彩花と、先程までの「お殴り倒した」彩花。


 ……一体、本当に同一人物なのだろうかと疑う程に、ナニガシと美月は、その落差が信じられずにいた。


 ナニガシが言う。


「と、とにかく、ひとまず安全な場所へ野営を移そう。近くにこいつらの仲間がまだ他にも居るかもしれん」

「この人たちはどうするの?」


 美月が砂浜に突っ伏す男たちを気にかけている。


「腹減らしているだろうし、こいつらにも何か食わせてやりたいが、今は君たちの安全が優先だよ」


 路銀などの入った風呂敷を拾い上げ、肩に担いだナニガシが美月の手を引く。


「……うん。分かったよお姉ちゃん」

「……まあ、飢えてて可哀想だから、せめて、とっておきの『コイツ』をくれてやるか……」

「とっておき?」


 首を捻る美月の眼の前で、ナニガシが懐から何かをス……ッと取り出す。


 なんと焼いた青虫だ。

 しかも以前のものよりもデカイではないか。


「それまだあったの!?」

「干した大根と人参を全部食っちまったからな。代わりの保存食として用意したのさ。多分、なんかのチョウチョだろ」


 そう言い、その青虫を倒れている男たちそれぞれの胸の上にちょんと置いてやる。

  

「これで、目が覚めたら食ってくれるだろ。安心安心」


 満足げに頷くナニガシ。


「なんか、お供え物みたいになっててこの人たち可哀想なんだけど」


 青虫を乗せられたその様に、男たちを憐れむ美月。


「まあ……ナニガシさん、とてもお優しいのですね……」


 それを見ていた彩花が感心した様に言う。


「ああ……。……え……?」


 その言葉に耳を疑い、彩花を二度見する美月。


(あーっ……ひょっとして、彩花さんもお姉ちゃんみたいに『食べる物にこだわらない』人……?)


 彩花にそんな疑惑を持つ。

 笑いながら歩き出す2人の後ろに、頭を抱えつつ美月は続いたのだった。


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