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第五幕 火の粉

 「く、食い物……?こいつが欲しいのか?」


 男たちの突然の出現と要求にナニガシはたじろぎながら、傍らの火にくべてある魚に視線を移す。

 どうやらこの男たちはこの魚の匂いにつられ、彼女たちの居るこの場にやって来た様だった。


「ほら、くれてやるから、どこかへ行け!」


 焼けた魚を火から取り上げ、その闖入者ちんにゅうしゃたちへ投げて寄越した。


 その瞬間咄嗟に彼らはそれに飛びつくや、奪い合うかの様に貪りつく。

 かなりの空腹で飢えているらしく、その喰らう様はまるで野の獣の様である。


 瞬く間に、骨も残らず平らげる。

 と、別の男が言う。


「……金を……よこせ……」

「何だと?」

「金だ……出せ……」


 突然の更なる要求。


 食い物を与え満足したかと思いきや、思いもよらぬ言葉だった。

 その強盗じみた求めに対し、ナニガシは撥ね退ける様に叫ぶ。


「ア、アタシたちも持っていないぞ!」


 聞き、3人の男はしばし、顔を見合わせる。

 

 ……

 そして、再び顔をこちらに向けたと同時に、言い放った。


「それじゃあ……お前たちの身包み……全てもらう……」


 そう言うと脅すかの様に、錆び付いたその切っ先を彼女たちに向けたのである。


 彼女の拒絶の言葉に対し、男たちはそれまで握り締めていた武器を突如として構えだしたのだ。


 どうやら飢えによってもはや形振なりふり構っていられず、食う為生きる為に、その刃によって力ずくででも彼女たちから奪い取らんとする様であった。


「く……2人とも、アタシの後ろに下がって!」


 にわかに殺気立ち始めたその様子から流石に身の危険を感じ、ナニガシは美月と彩花を自分の後ろに下がらせる。

 彼らはすでに臨戦態勢の様で、もはや戦いは避けられそうにも無かった。

 制止の言葉も通じはしないだろう。


「くそっ、や、やるか!?」


 ナニガシは歯を食いしばり身構え、震える手で、腰に差した直刀の柄をぐっと握り締める。


(どうにか、ふ、2人を守らないと……アタシが戦うしか……お、落ち着け……)


 ……本来、人一倍「怖がり」のナニガシ。

 争いを極度に嫌う彼女は、戦いはどうあっても避けたかった。


 しかし、それは唐突に始まる。

 本人が望まずとも、それは向こうからやって来るものだ。


 振りかかる火の粉は払わねばならない。

 恐怖に打ち勝ち、美月たち2人を守る事が出来るのは……

 己、1人であった。


 彼女はフーッと息を大きく吐き、俄かに噴き出た額の冷や汗を拭いつつ、構える。


 ちらりと横目で後ろを見ると、美月もまた、彩花を守ろうと手近な木の棒を構えていた。

 幼い少女ながら気丈である。


 しかし、その幼い少女であるからこそ。

 構えてはいるが裏腹に、その顔は、刃を向けてくる男たちに怯える色を隠せてはいなかった。


 そうしていると、男の1人が動いた。


 いよいよ、3人のうちまず先頭の男が、ナニガシに襲い掛かって来たのだ。

 相手の武器は短刀である。


 接近してくるや振りかぶり、その短い刃を振り回してくる。


 しかし理性無く闇雲に打ちかかってくるため、付け入る隙があった。

 落ち着き、彼女はそれを後ろに下がり避けると、瞬時に男の膝に前蹴りを入れた。


「ううっ!」


 男が痛みに怯んだところ、鞘ごと帯から刀を抜き、納刀したままのそれを彼の頭に真上から叩き下ろす。


『ゴンッ!』


「ぐおおっ!」


 打たれた男は呻き、砂の上にどうと倒れ伏した。


 そのまま動かない。

 どうやら失神した様である。


 鉄拵えの鞘の一撃は重く、それだけでも大の男を気絶させるに十分な威力があった。

 鉄の棒同等の鈍器で頭部をまともに打たれれば、ひとたまりも無いであろう。


 息つく暇無く間髪入れず、続いて2人目と3人目の男が同時に前に出てきた。

 それぞれ、短い金棒と錆び付いた刀を手にしている。


 それを見て、ナニガシは汗を拭いながら思案する。


(得物がアタシの刀と殆ど同じ間合いか……こりゃあまずいな……)


 武器は基本的に、そして単純に、長い方が有利となる。

 例えば短刀などの短い武器は懐に飛び込まねば、その刃は相手に届くことは無い。

 逆に、長い武器は長ければ長い程、相手の間合いの外からの攻撃が容易となる。

 そしてそれらは振り回すだけでも、その重さ、遠心力によって脅威的な殺傷力となりうるのだ。


 先程の短刀の男をいなす事が出来たのは、その間合いの差にるところが大きかった。


 だが今、武器の間合いが同じである以上、勝敗を決するのは力量に拠る。


 相手となるのは男2人。

 それに対するのはナニガシ、女性1人。


 武器は互角であるが、腕力的に、しかも数的にも状況は不利。


 つまり、ナニガシに有利な点が1つも無かったのである。


 絶体絶命かとそう考え終わらぬうち、眼前にまで敵が迫り来ている。

 ナニガシは刀を構え、相手の攻撃に備える。


 だが……


「うおおおおッ!」


 意外。

 そして唐突に、なんと2人目の男は被さる様に、彼女に組み付いてきたのだ。

 それはまるで、獰猛な野犬の如く喰らいついてくるかの様であった。


「うわああっ!」


 手にしたその武器で襲い掛かってくるかと思いきや、突然の取っ組み合いとなりナニガシは狼狽する。


 何とか振り払おうとそれに抵抗するが、だが男の力は強かった。

 ナニガシが女性であるからそう感じるのであろうが、しかしそれだけでは無かった。


 男はもはや飢餓による極限状態。

 有無を言わさずに刃を向けてきた程だ。

 飢えているからこそ、なおさら死に物狂いで襲い掛かって来ているのだった。


「だーっ!この落ち武者野郎!触るなアホンダラ!」

「く、く、食い物をよこせえええぇぇぇ!!」


 必死に振りほどこうとするが離れない。

 飢えから痩せ細っているにも関わらず、それは人間の力とは思えなかった。

 目を剥き、理知無く、獣じみて襲い来るその様から、男は半分正気を失っているのかもしれない。

 やはり、もはや言葉も通じてはいないだろう。


 そうして、もがく。

 

 その時、残る3人目の男。

 ナニガシが抑えられている隙を見て、なんと後ろに控える美月と彩花の方へと、向かって行ってしまったのである。


「お、おい!そっちに行くな!アタシが相手をしてやる!」


 それを横目で見てナニガシは慌てふためき叫ぶが、身動きが取れる状態ではない。

 恐れていた事に、非力な美月と彩花に、その薄汚れた刃を向けんとしているのだ。


 ……そしてついに、2人の前に、男が立ちはだかる。


 なおも彩花の前に立ち、男に木の棒を構える美月。

 だが、怯え、震え足がすくみ、彼女も身動きが取れずにいる様だった。


 そんな少女の恐怖の色とは関係無く、男は非情であった。

 充血し赤く染まった目を見開いたまま、手にしている錆びつく刀を振り上げ……


『ブンッ!』


 そして、2人の少女に、振り下ろした。


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