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第二幕 砂浜の少女

 一頻ひとしきり砂浜で遊んだ後、ナニガシは拾った竹で何やらごそごそと作っている。

 柔らかい砂の上で気持ち良くうつ伏せに寝転ぶ美月が、それを眺めていた。


「何やってるのお姉ちゃん?」

「竹で釣り竿を作っているのさ。これで魚でも釣れないかと思ってね」


 それを聞いた美月はここまでの道中を思い出す。


「そういえばいつも川で、手掴みでお魚捕まえようと頑張ってたもんね……」


 『蛇ヶ背山地』の谷から街道と並走する様に沿い、流れ来ている川は清流であった。

 山からふもとの谷まで流れ出でた湧水ゆうすいが集まり、その清き流れを作り出している。

 緩やかなその流水の中には数多くの川魚が、悠々とその魚影を見せていた。


 道行くナニガシはそれらを見るなり、捕獲しようと躍起になっていたのだった。

 勿論、その空腹を満たす為である。

 草鞋も脱がず、魚を見る度に構わず川に入っていくや、ひたすら狂ったかの様に、素手で鷲づかみにしようと必死になる。


 だがそれをあざ笑うかに素早く逃げて行く魚たち。

 当然捕まえられる筈も無く、いつもただびしょ濡れになるだけで、川からとぼとぼと上がってくるのが常であった。 


 必死さは毎回、空回りに終わっていた。

 そういった失敗は飢えから来るもので、空きっ腹では頭も働こう筈も無い。


「少しでも食料事情を改善しなきゃな。『臆病門の町』で食った、あの魚の味が忘れられんのだ!」


 人間は苦労と欲の末に、ようやく知恵を使うものである。

 ナニガシは、「釣り竿で魚を捕まえるすべ」を覚えたのだった。


「おいしかったよねー。お魚、釣れるといいなー」

「任せなさい!お姉さんが腹いっぱい食わせてやるからな!」


 ナニガシがどんと頼もしげに胸を叩く。


「さすが!頼りになるなー。お姉ちゃんステキ!」


 美月が手を叩いてはやす。


「ふふ……もっと言ってくれ……」


 ナニガシは得意顔である。

 美月は、「ナニガシを持ち上げるすべ」を覚えたのだった。


「でも、エサはどうするの?」


 すかさず、ナニガシはス……ッと懐からフナムシを取り出す。


「いつの間に捕まえたのソレ」

「魚の好みなんてよく分からんが、まあ多分食いついてくれるだろう」


 そして、落ちていた漁師の網から糸を外し、竿の先端に結び付ける。

 さらにその糸の先に、竹を削って作った「かえし」を取り付ければ、


「完成だ!!」


 2人は砂浜から岩場へ移動し、早速そこから海面へと竿を垂らしてみる事にする。


 横で眼を輝かせ、ワクワクしながら、水面へと伸びる糸の先をジッと見つめる美月。

 ……いつ魚が食いつくか分からず、しかも美月から期待されているというプレッシャーもあり、一方緊張で手が震えるナニガシ。


 手に汗握っている(ナニガシだけ)と……

 つっと、水の中から糸を引かれる感触が一瞬、竿を握る手に伝わった。


「むッ!きたか!?」


 その直後、思いの外竿を強く引かれる。

 エサのフナムシに魚が食いついたのだ。

 が、何とか踏み留まり、そのまま頑張る。


 そうこう何回か魚と格闘しているうち……

 今回の釣りは結果的に、20センチ程の大きさの、黒い魚を3匹釣る事が出来たのであった。


「やったー!お魚だ!……でもこれ、何ていうお魚なのかな?」


 美月が釣り上がった魚らをまじまじと眺める。


「うーん……。よく分からんが……『メジナ』ってヤツだったかな?多分うまいだろ」

 

 「よく分からんが」魚である事に違いは無い。

 とにかく早く食べたくて仕方無い飢えた2人。

 居ても立っても居られず早速火をおこし、いつもの如く野営の支度をし始める。


 わくわくとしながら、その火が大きくなるのを待つ。

 その最中、遠くの砂浜に何やら、「物体」が横たわっているのがナニガシの眼の端に映った。


「……んん?……何だありゃ?」


 気になり、よくよく眼を凝らして眺めてみる。

 すると……


 ……人の形。


 なんとそれは人間。

 何者かが砂浜に倒れていたのである。


 仰天し、すぐさまナニガシは美月を呼ぶ。


「み、美月!人だ!あそこに人が倒れてるぞ!」 

「え!?人!?」


 ただ事ではない。

 急いで2人はその倒れている人物の元へと駆けていく。


「お、おい!あんた、大丈夫か!?」


 大声でその者に呼びかける。


 ……そこに倒れていたのは、少女であった。


 ……果たして生きているのか?死んでいるのか?


 近づいて見てみると、その胸が僅かに呼吸している。

 生きている様だ。


 唇は紅く、華奢なその手指の血色は良い。

 見たところ身体に怪我は無い様であり、どうやら気を失っているだけの様だった。


 腰のあたり程もある、長く黒い髪。

 その顔を見るに、年齢は10代後半程であろう。


 黄色の流水紋りゅうすいもんの刺繍が入れられた、美しくあつらえられた上等な白い着物を着ている。

 白地の帯と赤いその飾り紐。

 花柄の鼻緒がついた黒い履物。

 その他の装飾品なども身に付け、それらはどれも品良く立派なものであった。


 その身なりを見たところ、何やらどこぞの良家の娘であるかの様な……

 そんな雰囲気が漂っていた。


 ……だがしかし……


 その様な娘が、何故、こんな場所で倒れているのか。


 ここは辺鄙な、西の果ての砂浜。

 見回したところ、近辺にん事無いご令嬢が住まう様なそれらしい屋敷など存在しない。

 ただ視界にあるのは、砂の浜と岩の荒地、群生するススキと……遥かに続く水平線のみ。

 ぽつんと、場違いな場所に場違いななりの人物が横たわっているのである。


 ……

 一体、倒れているこの娘は、いずこからやって来たのか……?

 その身を心配するより先にそんな疑問が浮かぶ程、それは不思議な程不自然で、不可解な光景であった。


 だが、今はその様な事を気にしてはいられない。

 とにかく助け起こそうと、2人はその少女の肩を揺すぶろうとした。


 しかしその時。


 砂に伏す少女が、ゆっくりと眼を開ける。

 そして庇う様にその身体を、砂の上から起こしたのだった。


「……う……ここは……どこ?」


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