第四幕 大きな対価
2人の「商売」は続く。
美月が大根と人参を持ち、ナニガシが馬を引く。
「おいしいおいしい干し大根と人参はいかがですかー。いかがですかー」
美月が大根人参を売り歩く。
「馬ぁー……かわいいかわいいお馬ちゃんは要らんかねー……」
ナニガシが馬を売り歩く。
一体、彼女たちは何屋なのか分からない。
……そして道行くすれ違う人々は興味無さげに、誰も振り向かない。
「あー……いっそこの馬を……よく見ると美味しそうだし……ねえ?」
死んだ様な眼で、ナニガシがぽつりと呟く。
「ダメダメ、お姉ちゃんしっかりして!」
とぼとぼと歩き続けていると、大通りの突き当たりに在る、領主が住んでいたと思しき館の前にまで来てしまった。
主の居なくなった今、この館はその広い敷地を利用し、物資の倉庫や町を守る番兵たちの宿舎として活用されている様だ。
特に用も無く、通り過ぎようとそのまま歩いていると、館の敷地内から男に声をかけられた。
「むっ。そこのお2人、待ちなさい」
見ると、そこにはかなりの長身で体格の良い、上等そうな着物を着た初老の男が立っていた。
「あ、何でしょうか」
美月が応える。
「うむ。そちらのお嬢さんの引いている馬が気になってね。良ければ、少し拝見させてもらえんだろうか」
紳士的な物腰のこの男は2人に近づくと、まじまじと見定める様にまだら馬を眺める。
「……うーむ。素晴らしい馬ではないかね。私は見ての通り、体が大きくてね。並みの馬では私の乗馬としては務まらんのだよ」
「……確かにすごく背が高いですね……」
美月2人分はあろうかと思える程の身長の高い男である。
2人は納得した。
確かに言う通り、体躯の大きなこのまだら馬であれば、彼の乗馬にぴったりであろう。
「もし良ければ、この馬を私に譲ってはもらえんかな。私はこの町の番兵たちを預かる者だ。それ相応の謝礼はさせてもらうつもりだが」
「え!門番さんたちの上司さんなんですか?」
素性を名乗った男の言葉に驚く美月。
彼は兵たちの隊長であり、前線指揮官、つまり「侍大将」の身分の者であったのだ。
男は頷く。
「うむ。現在はご不在の領主様の代行として、この町の統治も多少は任されてもいるのだよ」
「そんな偉い方だったんですね……」
「我々はこの町を賊共から守らねばならんのだが、如何せん、奴ばらのおかげで兵たちへの物資の供給もままならん有様なのだ。馬さえもね。苦肉の策として、町の住民や旅人たちからこうやって、使えそうな物資を集めてどうにか工面している状態なのだよ」
「そうだったんですか……」
美月は、傍らで鼻息を立てるまだら馬の顔を見上げる。
改めて、堂々と立派な体格である。
その馬体に浮き出る筋肉の力強さは、並の馬では叶わない、優れた働きが出来るであろう事が見て取れた。
……この馬であれば……
「どうだろう。限りはあるが、礼金を出させてもらうが?」
ナニガシと美月は顔を見合わせる。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「……うむ、美月」
2人は頷き、そして美月が男に答えた。
「お礼は要りません。お馬さんをタダでお譲りします」
その返答に男は驚いた。
「なんと。礼金は要らぬと言うのか。一体何故だ?」
美月は言う。
「私たちにお金を払うよりも、町を守る為に頑張っている兵士さんたちに少しでも、おいしいご飯を食べさせてあげて下さい。それに、町の中でもお腹を空かせて泣いている子供も居ます。そういう人たちを1人でも多く助けてあげて下さい」
ナニガシと美月。
2人のその胸中に去来したものは……
……路地裏で泣いていたあの少年の、土にまみれた、幼い顔であった。
男はうな垂れ、
「……そうか。……子供たちも、飢えているか。……賊に目を向けるばかりで、住民たちに気をかけてやれて無かった様だ」
唇を、噛み締めた。
「……教えてくれてありがとう、君たち。更に身を引き締める思いだよ」
「ああ。……それがアタシたちに対する、一番の謝礼だな」
ナニガシは笑う。
そして、まだら馬の手綱を、男に引き渡したのだった。
馬を受け取ると、彼は頭を、深く下げた。
「私はこの町をいつまでも守ってみせる。君たちも、またこの町に来てくれ。更に良い町にしてみせると、約束しよう」
「ああ、また来るよ。じゃあまたな、『大メシ喰らい』!」
「元気でね、お馬さん」
この大きく力強い馬であれば、町を、そしてここに住まう人々を守る為に、十分に働いてくれるだろう。
見送る男と共に横に居る『大メシ喰らい』も、大きく鼻息を立て、ナニガシと美月に別れを告げているかの様だ。
……2人は男と馬に手を振り、館をあとにしたのだった。
町中に戻り、大通りを歩く。
もうすぐ夕暮れになるが、通りのその賑やかさは昼と同じだった。
「ああ、腹が減ったなあ」
ナニガシは腹を押さえて呟く。
その隣で美月もまた、小さく腹を鳴らし顔を赤らめた。
「うー……お姉ちゃん。大根と人参、もう食べちゃおうよ」
「そうだな。干してあるとはいえ、いつまでも腐らない訳じゃないし、食っちまおうか!」
そう言って、大根と人参を食べようと風呂敷から取り出した。
その時、眼の前の露店で売り子をしている年配の女性が、声をかけてきた。
その店では魚を売っている様である。
「あら、あんたたち。それ干し大根と人参じゃないの?丁度良かったわあ。今晩のおかず、何にしようか悩んでいたのよ。もし良かったら、この売れ残りの魚の干物と交換しない?もうコレ食べ飽きちゃってねえ。ね、どうかしら?」
その突然の申し出。
2人は差し出された魚の干物を見るなり、大喜びで飛びつく。
それは1尺(約30センチ)程もある、とても大きなホッケの干物であった。
「おお!魚じゃないか!川でなかなか捕まえられなくて困っていたんだ」
「うん!お魚食べたい!やったー!」
これまでの道中、道端に生えている草や、バッタなどを捕まえて飢えを凌いできたのである。
大根や人参以外、ろくな物を口にしていなかった2人は、嬉々としてその取り引きに応じたのであった。




