第三幕 炉端の出会い
少女は囲炉裏の傍に座っていた。
彼女は年の頃、まだ10歳にもならないぐらいであろうか。
前髪はまっすぐ切り揃え、肩にかからない長さのその黒く美しい髪は、囲炉裏の僅かな炎にあっても輝いて見える。
眼は丸く大きく、表情は歳相応にあどけない。
だがどこか、その年齢以上に理知や知性のある印象を受ける雰囲気を持っている。
……しかし、その体に巻いているのは簾であった。
さながらまるで簀巻きの状態であるにも関わらず、きちんと正座している。
その間の抜けた姿でちょこんと行儀良く座っているのが、なんとも滑稽な光景で可笑しかった。
「おお、やっと君の顔が見れたな」
そのあどけない顔に安心した様に、女は優しく微笑みながら少女に話しかける。
「ふふ、そうですね」
少女も同じ様に笑う。
お互いの姿が分かり、2人はほっと安堵したのだろう。
「さっきは叩いてしまってすみません。あの……お声から男の人と思ったんです……」
「お、おいおい、失敬な。アタシは女だよ」
女は濡れた自分の短い髪を手拭いで拭いながら、少女の言葉に苦笑した。
女の年齢は20代前半程である。
短い髪を後ろで束ね、活発そうな顔立ちをしている。
彼女の声は女性としては低め、それは確かに少年の様な声音をしていたのだった。
「しかし……何だってまた、君の様なちっこい子供がこんな所に?迷子かい?」
「あ……それは……」
問いかけに少女は言葉を詰まらせる。
「む?どうした。言えない事情でもあるのかい?」
「……はい……」
「……そうか。なら言わなくてもいいよ。こんなご時勢、見ず知らずの他人に素性を話すのは危ないからな」
少女は慌てて応える。
「い、いえ、そんなつもりでは……」
「ははは、いいさ。しかし、こんな所で雨宿りをしていて、帰る場所はあるのかい?親はどこに居るんだ?」
問われ、少女はぎくりとした表情の後、俯き口を閉ざした。
「……」
「?」
その様子を見て、女は思案した。
(……まさかこの子……親とはぐれたか……あるいは……)
……国の領主たちは戦に明け暮れるようになると、民衆を顧みなくなった。
戦によって親を失った孤児たちが己の足元で彷徨い、そして飢えようと、それを気にも留めない。
自国が攻められれば、その報復とばかりに軍勢を率い、他国の土地やそこに住まう人々を踏みにじりに行く。
それは負の連鎖であった。
戦いが戦いを生む。
犠牲が、また更なる犠牲を生み出していたのだ。
(……一種の狂乱か……)
おそらくこの少女も、そんな益体の無い戦火に巻き込まれ、親を亡くしたのだろう。
1人生きる為、幼い足で歩き続け、ようやくここに辿り着いたのかもしれない。
それを考えると、彼女が不憫に思えてきた。
簀巻き状態だし。
この哀れな少女を何とかして、助けてやりたくなった。
それは当然の人情であった。
女は言う。
「……うーむ、もし行くアテが無ければ、アタシの家に来るかい?」
「え……でも……」
少女が顔を上げる。
「君がもし良ければ、だよ。君の様な子供をこんな危険な場所に放っぽって行くわけにもいかん。少なくとも、近くの人里まで連れて行って、安全を確保してやらねば人の道理では無いだろう」
その言葉を聞き、少女が驚いた様子で言う。
「え……ここってそんなに危ない所なんですか?」
女は面食らう。
「え、そんな事も知らずにここに居たのか?」
「はい……この時……いえ、この場所に初めて来たので……」
「ほう……そんなに遠くから彷徨い歩いて来たのか。いいかい、このあたりは盗賊が多く危険だぞ。戦で土地や田畑を焼け出され、食うに困った農民たちが徒党を組んで、道行く旅人を襲う事もあるんだ」
「そんな……」
少女は驚いた様子だ。
女は続ける。
「こんなのは珍しい事じゃない。この国はどこも同じだよ。君の国もそんな感じだっただろ?」
女に尋ねられるが、少女は首を傾げる。
「え?」
「……え?」
それはまるで、世の事を知らないといった顔である。
その様子を見るに、少女はどうにも、世間の情勢には疎い様であった。
「ま、まあとにかく、今日はもう遅い。一寝入りしようか。その後どうするかは朝になってから考えよう、ね」
頭を掻き苦笑いしつつ、女は言う。
「あ、はい……」
少女が応える。
女はこの少女に、若干の違和感を感じた。
しかし道中の疲れもあったためか、細かい事は気にしない性格である女は、すぐにそのまま寝入ってしまったのだった。