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第二幕 表と裏

 町の中に足を踏み入れる。

 門のその内部も外見通り、立派かつ強固な造りとなっていた。

 人間3人分はあろうかという太い柱や梁が門の骨組みとなって据え建てられており、頭上にしつらえられた高い門櫓の上には数人の番兵たちが弓を手に、町の外の様子をジッと眺め、外敵に備えているのであった。


 そんな彼らを頭の上に見ながら薄暗い門内をくぐり抜けると、すぐに人々の喧騒が聞こえてきた。


 入り口から直接、前方へ真っ直ぐに敷かれている幅広い大通りが、真っ先に視界に入ってくる。

 見るに、この通りは町を一直線に裏手まで貫通している様であった。


 この大通り沿いには多くの露店が開かれており、また、直接地面に風呂敷を広げるなどし、行きかう人々と活発に取り引きをしている様子である。


 「人ごみ」という程では無いが、肩と肩がぶつかり合う様な賑やかさの中、2人は露店を見て回る。


「ふーむ、確かに色んな物があるな」


 ナニガシが出品されている品々を眺める。


 牛蒡や白菜、椎茸といった野菜類を中心とした食料品。

 干物などの、魚を加工した保存食品。


 または、雑貨も多く並ぶ。

 べっ甲、珊瑚を用いたかんざしや髪飾りなどの装飾品。

 筆、箸、皿、油、ロウソクといった日用品。

 帯、袴、羽織などの衣類。

 果てはふんどしまである。


 ナニガシたちが見慣れたものまで見つけた。

 『谷霧の町』から輸送されて来たらしき、箪笥やちゃぶ台といった、木工品まで並んでいたのだ。


 『蛇ヶ背山地』の近辺は主に家具類の木製品が盛んに生産されており、国中に広く流通している。

 庶民たちの手頃な生活必需品としてだけでなく、銘木を使用した調度品などは領主など高等身分の者たちの愛用品としても珍重されているのである。


 ナニガシと美月は自分たちと同じ土地からやって来たそれら品々を眺め、しばし、望郷の念に似た懐かしさに浸るのだった。


「ねえお姉ちゃん。私たちの手持ちのお金じゃ、何も買えないよ」


 美月が路銀の入った巾着の中を見て言う。


「よし。だったら門番の言う通り、何か売るしか無いな……」

「え、私たちに売る物なんてあったっけ?」

「うーん、例えばコレとか……」


 くだんの青虫を見せるナニガシ。


「もう捨てるか食べるかしなよソレ」

「よし、じゃあコレとかどうだ?」


 もぐもぐ食べながら干し大根と人参を取り出す。


「あー……売れるか分からないけど、物々交換出来るか聞いて回ってみようか」


 そうして2人は干し大根と人参片手に、立ち並ぶ露店の売り子たちに尋ねて回ってみる。


 しかし。


「……うーん、ちょいとウチじゃあ取り引き出来無いなあ」


「悪いが余所を当たってくれ」


「ああー……この土地じゃ珍しい、イモ類だったら買い取るんだけどねえ……」


 ……など、あまり彼らの反応は芳しくない。


「売れん!何故だ!こんなにウマイのに!」


 やけになって手に持った人参を齧るナニガシ。


「売り物食べちゃダメだよー……でも、本当に売れないね……」


 がっくりとうな垂れ、通りの隅に座り込み人々の賑わいを羨ましげに眺める2人。


 溜め息をつきつつそうしてぼんやりしていると、路地裏から子供の泣き声が聞こえてきた。

 覗いてみると、小さな少年がうずくまって泣いているではないか。


 美月が慌てて駆け寄り、声をかけた。


「ねえ、ボク。どうしたの?」


 少年が顔を上げる。

 年齢は美月よりも更に下の様で、その顔は土で薄汚れており、着ている着物もボロボロだった。


「お腹……空いた……」


 少年が小さく呟く。


「じゃあ、これ食べて。ね?」


 美月が干し大根を少年に渡す。

 するとそれを見て、彼はぱあっと、土まみれの顔に笑みをみせた。


「わあ。ありがとう、お姉ちゃん」


 大根を齧りだす少年。

 食べ始めたかと思うと、殆ど一飲みするかという様な勢いで平らげてしまった。

 よほど空腹であったらしい。


 食べ終わると、少年は礼を言い、そして美月に何かを差し出してきた。


「お姉ちゃんにコレあげる。ボクの宝物なんだ。キレイでしょ」


 それは、小さな石であった。

 確かに、彼の言う通り、ツヤツヤスベスベとしていて綺麗である。


「いいの?ありがとう、ボク」


 美月は少年の頭を撫でると、彼は笑い、そして走り去って行ったのだった。


 それを見送り、美月が呟く様に言う。


「……あの子……お母さんは居るのかな……」

「孤児かもしれんな。……こんな賑やかな町にも、ああいう子は居るんだな」


 傍らのナニガシも、憐れむ眼差しで遠ざかる少年の背中を見つめる。


 戦に巻き込まれ、親を失った子供は珍しくは無かった。

 行き場を無くし、町の片隅で細々と暮らす彼らの姿を見かけるのは茶飯事でもあった。

 特に、隣国と接する国境付近の村や都市に於いてはそれが顕著であったのだ。


 大人たちに救いの手を差し伸べられ引き取られる事もあるが、しかしその多くは、孤児同士で身を寄せ合い暮らしているのが常である。


 この町も、表通りは賑やかさで溢れ一見すれば平和な光景に思えるが……

 その裏では、世の乱れと人々の苦悩が隠れきれず、その姿に不安と憐憫の情を抱かずにはおれないのであった。 


「ともかく、アタシたちも路銀を調達せにゃならん。諦めずに尋ねて歩こう!」

「うん、お姉ちゃん!」


 ナニガシと美月は己の空腹を思い出し、再び「商売」の為に大通りを歩き出した。


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