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第一幕 門

 『蛇ヶ背山地』の谷から2人の歩いてきた街道は、町と町、地方と地方を繋ぐ主要な道である。

 『中原の国』を真一文字に貫いており、国の中央部に位置する『蛇ヶ背山地』を突き抜け、「西部地方」と「東部地方」を一直線に繋いでいる。


 数百年の古来より多くの人々はこの街道を往来し、また、都市間による物資の運搬や貿易も盛んに行われていた。

 それにより各都市が経済的に潤い、そして各地方が発展していき、更に人や物などの国外からの流入が増える毎にもこの道が用いられ、国が栄えてきたという古き歴史がある。

 

 昔から現在に至るまで、いわばこの『中原の国』の物流、ひいては経済を支えてきた程の、重要な「幹線道路」であったのだ。

 その重要性から、古くより『竜骨りゅうこつ街道』と呼ばれている、この街道。

 商人たちはこの道を利用し、頻繁に商取引を行っていたものであった。


 しかしそんな中、国同士の土地を巡る争いが激化する。

 街道沿線の地域一帯も、住む国や土地を追われた住民や農民、それらが野盗化した「ならず者たち」によって治安が一気に悪化したのだ。


 彼らは生きる為に、誰彼だれかれ無しに構わず襲い掛かる。

 道行く旅人や商人、ましてや物資輸送の馬車などはまさに「鴨が葱を背負って来る」のと同じであった。


 彼ら野盗共に襲撃される事を恐れ、人々は往来する事を止めた。

 次第にこの街道も使われる事が無くなっていき、同時に、それまで都市間の貿易によって潤っていた各都市の経済も衰退していく事となる。


 治安の悪化はまさに、国をも衰退させていく直接的な原因となっていたのだ。


 財を成し、それまでまるで「王」の様に振舞っていた商人たちの多くは、その衰退と共に没落していった。


 中には、野盗にまで成り下がった者まで居た程であった。

 ……あの、「成金小太り男」の様に。


 『竜骨街道』……国を支えたその骨は今やへし折れ、見る影も無かった。


 さて、そんな「いわく付き」の街道を進むナニガシと美月。

 見ると、道の遥か先に、町の「門」が見えてきた様であった。


「お、美月。この先に大きな町が在る様だぞ。なんか、でっかい門が見える」

「え?町?どこ?」

「真っ直ぐ前だよ。見える?」


 ナニガシが前方を指差しながら言う。


「……えー?……全然見えない。……お姉ちゃん、目良すぎじゃない?」

「そうかなぁ?はっきり見えるけどな?」


 平原に伸びる視界が開けた街道とはいえ、それは距離にして数キロメートルはあった。


 歩き続けると、ようやくその「門」の前まで辿り着く。


 それは、高さが33尺(約10メートル)近くもある、まるで城門の様な巨大な町の入り口であった。

 更に、門から続いて町を取り巻いて築かれた外周の石垣の上には、これも城壁の様な見事な壁がそそり立っていた。

 それらは施された白漆喰しろしっくいが目にも美しく輝いており、同時に、外敵を寄せ付けまいと、まるで威容を誇るかの様に堂々と眼前高くにそびえ立つのであった。


 美月は眼を輝かせ、珍しい物を観察するかの様に、その美しい門や外壁を見上げている。

 身体の小さな少女と比べると、その町の構えがより巨大に見えた。


「わあ……綺麗な門だね」

「ああ、立派なモンだな」


 その門の前には番兵が立っていた。

 近づいてナニガシが話しかける。


「すまない。アタシたちは旅の者だが、町に入れてもらえるだろうか?」


 その目つきの鋭い番兵が答える。


「お前たちが盗賊の類いで無いならば、自由に町へ入る事が出来るぞ。まず持ち物の確認をさせてもらう。全ての手荷物をここで見せてもらえるか」

「分かった。ほら、これだ」


 背負っていた風呂敷を下ろし、渡す。

 それを解き、番兵がその場で中身を1つ1つ確認していく。


「……火打ち石と銭の入った巾着と、干し大根と人参、塩の小袋……シロツメクサとヤマブドウ……と……あと何これ」


 番兵が、黒く焼かれた得体の知れない物体をナニガシに見せる。


「え?焼いた青虫だよ。あんまりにもデカイの見つけたから捕まえたのさ。多分、なんかのチョウチョだろ」

「これで何すんの」

「食うんだよ」

「え?」

  

 さも当然であるかの様にしれっと答えるナニガシ。

 横に居る美月は気まずそうに俯いている。


「……」


 番兵は何も言わない。

 そのまま風呂敷を包みなおし、ナニガシに返す。


「うん……入って良いぞ……ただし、騒ぎを起こすなよ」


 その眼差しはどこか憐れんでいるかの様だった。


 美月が番兵に尋ねた。


「どうしてこの町は、こんなに立派な門があるんですか?」


 番兵は答える。 


「この町は、元々はこの地域一帯を治めていた領主様の館でもあったのさ」

「ほう、そうだったのか」


 ナニガシが横で納得した様子で頷いた。


「だが、このあたりに賊共が増えてきてな。御身おんみの安全の為、その居館を別の場所に移されたんだ。領主様ご不在の今、ここはただの一都市となった。ただの町に不釣合いな程立派な門がある様から、揶揄を込めて近隣の住民たちからは『臆病門の町』と呼ばれているみたいだが……」

「もう、その領主様は居ないんですか」

「ああ。その上、余所の町との交易もあまり無くなってしまってな。かつては商人たちで賑わっていたものだが……いわば、ここは『見捨てられた町』とも言えるのかもな……」


 番兵は少し悲しげに門を見上げ、苦く笑った。

 眼前に聳える立派な門と壁は、その威圧的な外見とは裏腹に、彼の眼差しと共にどこか淋しげに見えた。


「門番さんはそれでも、この町を守っているんですね」

 

 美月が言う。


「そうだ。私たちまで住民たちを見捨てる訳にはいかんからな。我々は役目を果たすだけだ」


 番兵が答えた。


「そうか。アンタも立派だな。……青虫食べるか?」


 ナニガシが先程の黒い物体を番兵に差し出す。


「いらんわ。それにな……この町はまだ、住民たちで賑やかだしな」

「賑やか?」

「商人たちの規模の大きな交易は確かに廃れたが、その代わり、個人間の商売が盛んになったんだ。住民や、お前らの様なこの町を訪れる旅人が、商売や物々交換を頻繁にしているのだ。お前たちも、手持ちの物を売るなりしていけば良いだろう」


 それを聞き、ナニガシが喜ぶ。


「おお、それはありがたい。少し路銀が足りなくてな、困っていたんだ」

「ああ……まあ、そうだろう。察しはつくよ……」


 ナニガシが手に持っている青虫を見ながら、番兵が呟く。


「とにかく入れ。さっきも言ったが、騒ぎを起こすなよ」


 番兵は中の衛兵に門を開くよう、手を振って合図を送る。


 すると、門は「ゴゴッ」と大きな音を響かせた。

 鉄で四方を補強された分厚い木製の、巨大な壁の様な門が内に向かって、ゆっくりと開かれていく。


 重厚で、堅固な門で守られた町が大きく開いたその様は、まるで巨大な亀が口を開け、2人を飲み込まんばかりにその喉奥を覗かせているかの様であった。


「はい。ありがとうございました。門番さんもお気をつけて」


 2人が中へ入ると、門は重い音を立て、再びゆっくりと閉じられていった。

 

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