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第六幕 潜入

 敷地内へと侵入したナニガシ。

 塀に身体を張り付かせながら暗がりの中をしゃがみ込み、ゆっくりと母屋へ進んでいた。


 野盗たちに見つからないよう、慎重に。

 緊張で心臓は早鐘を打ち、上がりそうになる息を呑み込み堪えながら、這う様に進む。


(……うう……やっぱり怖い……)


 刀に添える手が、地面をゆっくりと踏む足が、僅かに震えていた。

 刀と脇差の鍔同士がかちゃかちゃとぶつかる僅かな音でさえも、今の彼女にとっては飛び上がる程大きく聞こえてきていた。


 そんな静かな暗闇を、這いずっている。


 本来、彼女は臆病な人間である。

 戦いや荒事を嫌い、暗闇の中にも、「お化けが居る」と思い込んでいる程の怖がり。


 ……にも関わらず、何故、彼女はこの様な危険に身を投じているのか。


 仮にもここは野盗共の巣窟である。

 ろくでなしのごろつき共に捕まったら、何をされるか知れたものでは無い。

 女性であればなお更であろう。


 「命までは懸けない」と美月には言っていたナニガシだが、下手をすれば命に関わりかねない危険な行為である事は十分承知している。


 しかし彼女は思う。


(……でも、アタシは……怖いからといって、『もう』誰かを捨てて逃げる事はしたくないんだ……)


 ……息を吐き、腰に差す直刀を、ぐっと握る。


 ……次第に、それまで早く浅かった呼吸がゆっくりと、深くなっていく。

 チカチカしていた視界がゆっくりと、明瞭になっていく。


(……よし……落ち着いてきた……。もう、大丈夫……)


 息を整え、彼女は冷静さを取り戻す。

 

 ……それは刀から、勇気を与えられるかの様だった。


 ナニガシは、恐怖を抱いた時はいつも、腰の『この刀』を握り締める。

 心を委ねるかの様に、『この刀』を胸に抱く。


 それはまるで、心が崩れそうになった時、その彼女の支えとなる『お守り』であるかの様だった。

 肌身離さず持ち歩く『この刀』は、ナニガシにとって無くてはならない大切な『相棒』の様に、いつも彼女と共に在るのだ。


 いつも彼女を支え、共に生きてきた、大事な『刀』なのであった。


 ……眼をやると、屋敷の母屋の部屋からは明かりが漏れていない。

 「住人」たちはすでに寝静まっているのだろうか?


ふすまの隙間から中を覗いてみるか……)


 足音を立てない様に庭から濡れ縁に上ると、そっと、数センチ襖を開けてその室内を覗き見た。


(……何だここ。酒盛りでもしてたのか?)


 その暗い部屋の中には酒の徳利とっくりやお猪口ちょこが大量に散乱していた。

 僅かにその漂う空気が酒臭く、おそらく、先程まで「宴もたけなわ」であったのだろうか。


(せびった金で宴会か……ろくでなし共め)


 ナニガシはその襖を閉め、次はその隣の部屋であろう襖の隙間を覗く。


(……うわわっ……。こ、ここは……!)


 覗いた途端、ナニガシは小さく呻いた。

 なんとその部屋の中には大量の……女性の裸体が描かれた……つまり「春画しゅんが」が壁一面に張られていたのだ。


(せびった金で……こ、こんな物を……。ろくでなし共め!)


 顔を真っ赤に染めた彼女は思わず、強くピシャリと、襖を閉める。

 突然の思いもかけぬ光景に狼狽しつつも、更に濡れ縁をゆっくりと這っていき、隣の襖をそっと開けた。


(……この部屋は……寝室かな?)


 覗いた部屋の中は明かりが灯っておらず、床には寝床が敷いてあった。


 その寝具には豪華な金の刺繍がふんだんに施されており、いかにも成金的な悪趣味さ……

 この金ぴか屋敷に似つかわしい、成金趣味の主のものであろう。


(ここは屋敷の主人の部屋か?とするとひょっとしたら、ここに金庫があるかも……)


 耳をすませ中に誰も居ない事を確認し、頭だけを突っ込んで部屋の中を詳しく見回してみる。

 すると、とある物が目に留まる……


(……あっ!あれは!?)


 寝室の枕元、そのとこ

 鉄の金具で補強され、重く頑丈そうな、いかにも立派な保管箱然とした木製の箱が置いてあった。

 しかもその扉に大きな錠がぶら下がっているのを見るに、おそらく、いや十中八九金庫であろう。


 眼を輝かせる。


(よし見つけた!後は、あれを何とか開けられるか確かめてみるか)


 寝室の中へ足音を立てない様ゆっくり入り込むと、その金庫まで慎重に向かう。


 畳を踏んだ時、「みしりみしり」という自分の足音がやたらとうるさく感じる。

 金庫までのたった数メートルの距離が遠く思えた。


 ようやく、金庫の前まで這いつくばって辿り着く。

 期待に胸膨らませ、舌なめずりをし、そっとその扉に手をかけた。

 ……傍から見れば彼女のその様は、立派な泥棒である。


 しかし触れた途端、様子がおかしい事に気付く。


(……あれ?開く……?)


 なんと、そのぶら下がる錠に鍵が掛けられていない。

 手ごたえ無く、扉が開くではないか。


 暗がりの中、おそるおそるその中身を確認する……


 見た途端、ナニガシは仰天し、叫んだ。


「げえっ!何も入っていないだと!?」


 立派な金庫には何も入っていなかった。

 見掛け倒し、なんとカラだったのだ。


 ……だがそれと同時に、ナニガシはまずい事に気が付いた。


「……あ、やべ……。しまった……」


 期待していた金庫の中身がカラであった驚きのあまり、思わず、大声を上げてしまったのである。


 次の瞬間、


『パーーーーン!!』 


 後ろの襖が思い切り良く開かれた。


「うひっ」


 ビクッと肩を震わせるナニガシ。

 このパターン多いな。


 冷や汗をだらだらと流しおそるおそる、ビクビクと後ろに眼を移す。


 背後に居るのは10人程の、いかにも野盗風情といったガラの悪い男たち。


 ……そして眼を引くのは、その先頭に立つ、金の刺繍が入った派手な着物を着た男……

 いかにも成金という印象にぴったりのその小太りな中年男が、ニタリと、不気味に笑みを浮かべていたのだ。


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