第五幕 こっそりと……
それから数刻後。
夕暮れと共に東の空から昇り始めた満月が、夜空の真上に差し掛かる頃。
「作戦」に好都合な夜更けの暗闇。
ひと時の眠りから目覚め、その実行予定の頃合の筈だが……
……ナニガシはまだ寝ていた。
「もー、お姉ちゃん!起きて!深夜になったよ!」
先に目覚めた美月が寝坊の女侍を、何とか起こそうと必死になっていた。
なかなか目を覚まさないナニガシの額をペチペチ叩いたり、体を揺すったり、脇腹をつついたりと頑張る。
「……んんー……」
そうするうちに、ふいに伸びをしたかと思えば、ムクリと身体を起こす女侍。
ようやく目が覚めた様だ。
「……おはよう美月……もう朝か……?」
「『朝か?』じゃなくて!真っ暗なのに朝な訳無いでしょ!お屋敷に行かなきゃ!」
そう言われ、ナニガシは寝ぼけた様子で真っ暗の夜空を見上げる。
そこにあるのは朝日では無く、星と満月。
それを眺め、しばし呆けた様に考えた後……
「……あっ!そうだった!い、急いで行こう!」
「もー、こんな調子で大丈夫かな……」
慌てて出立し、夜の街道を急ぐ2人。
暫くして、屋敷の門のかがり火が見えてくる。
場違いな「金ぴかキラキラ成金屋敷」は、夜の闇にあってもその輝きを失っていなかった。
かがり火に照らされ、なおも金の壁が眼を眩ませてくる。
その門の前には昼間と相変わらず、ガラの悪い門衛が見張りに付いていた。
それを確認すると、ナニガシは美月に声を潜めた。
(やはり夜も見張りが居るか……よし、それじゃ予定通り、裏へ回って入り口を探そう)
(うん)
足音を潜めつつ、屋敷の裏へグルリと迂回する。
周囲にまばらに生える木に隠れながら裏口を探していく。
屋敷はその敷地を全周、母屋の屋根と同じ高さの塀で取り巻いていた。
まるで、頑なに屋敷の中の様子を隠すかの様な有様である。
(馬鹿みたいに高い塀で取り囲んでる……ますます怪しい屋敷だな……)
(あ、お姉ちゃん、あれは入り口かな?)
屋敷を囲むその塀の一角に、勝手口と思しき小さな入り口を発見した。
満月の月明かりはあるが、しかし周囲に明かりの無い暗闇のため視界が悪い。
夜目に頼りながら様子を窺う。
(あれが裏口か。見張りは居るか?)
(……うーん、表には居ないみたい)
(んじゃ、木に登って敷地の中を覗いてみるか)
そう言うと、ナニガシは身も軽がると近くの木にひょいと登る。
(どう?お姉ちゃん)
木の枝の上から屋敷の全景を確認し、降りてきた彼女に美月が尋ねた。
(外にはあまり人気が無いな。屋敷の母屋も思った程大きく無い。明かりも殆ど灯っていないから、中の連中がすでに眠っているならば、金庫さえ見つければ何とかなるかもな……)
(お姉ちゃん、一応言っとくけど、絶対に無茶しちゃダメだよ)
刀を腰に差し直したナニガシに、美月が念を押した。
(分かっているさ。命まで懸ける訳じゃないよ)
美月の頭を撫で、周囲を見回す。
(……よし……じゃ、行ってくる。見つからないよう、ここで待っているんだぞ)
(うん。気をつけてね)
暗闇の中をサッと駆け出す。
その勝手口の小さな門を静かに開くと同時に、ナニガシは音も無く敷地へと入っていった。
その様を見ていた美月が呟く。
(……お姉ちゃん、侍というよりまるで『忍者』みたいだなあ……)
その自分の言葉にクスクスと笑う。
(……でも、やっぱり心配だから……私も木に登って様子を見てよう)
彼女は慣れない様子で傍らの木によじよじと登り、そしてようやく、敷地の全体を見渡せる位置に陣取ったのだった。




