第四幕 作戦会議
すでに火が消えた焚き火の前に座るナニガシ。
腕を組み、思い悩む表情で眉間に皺を寄せていた。
あれから一刻(約2時間)後にようやく眠りから目覚めた彼女に、美月は持助から聞いた話を説明していたのだ。
昨夜の持助の言動に首を傾げていたナニガシは、納得した様に頷いた。
「うーむ……様子がおかしいと思っていたが、彼にそんな事情があったとは……」
「ねえお姉ちゃん、どうしよう?」
「手助けしてやりたいが……まずはその長者とやらの様子を見てみない事には始まらんと思うな。疑う訳では無いが、その持助というおっちゃんの話を最初から全て信用する訳にもいかんだろうしな」
「長者さんという人にも言い分があるかもしれないって事?」
「そう。……ただ、金を貸しただけで身包み全部剥ぐってのは流石にやり過ぎだとも思うがな……」
「お姉ちゃんだって家賃払って無かったけど、身包み剥がれなかったもんね」
「うるさい」
そうこうして、その長者の様子を見る為に出発する2人。
持助が言うには、街道を西へ進んだ先に屋敷があるというが……
「あったよお姉ちゃん」
「……あれかよ……結構なお屋敷じゃないか」
街道を更に西の位置、より人里から離れた寂しい場所となる。
道に沿う様に、確かにその屋敷は建っていた。
だがそれはまるで、その辺鄙な場所とは不釣合いな程に豪奢で華美……有り体に言えば「金ぴかキラキラの成金趣味」な様相である。
壁一面に張られた金箔が陽の光を反射し、やたらと眩しい。
屋敷のその異様さに、2人は唖然とした。
……何故、この様な薄ら寂しい場所に、あんなド派手な屋敷が……?
不可解に、そして不審に思いつつも、近くの茂みの中に身を隠しながら、様子を窺う。
「……門番まで居るじゃないか……何だか随分厳重だな?」
屋敷の門の前には金棒を携えた門衛らしき2人の男が立っている。
……しかし、男たちのその雰囲気は……どこかで見た様な気がした。
「……ねえ……お姉ちゃん。あの人たちって、『中腹の村』で捕まえたニンジンさんに、なんか似た感じがするんだけど……」
「……美月もそう思うか。実はアタシも同じ事考えてた……」
長者というご大層な身分の人間の下で働くには、これも不釣合いな程に野卑で、そしてガラの悪そうな門衛たちである。
ボロを纏ったその小汚く、だらしの無い出で立ちは……まるで野盗の様な……
そんな彼らは気だるそうに門に寄りかかり、周囲を警戒もせず雑談に夢中になっている様だった。
とても真面目に仕事をしている様には見えない。
耳をすますと、僅かな風に乗って彼らの話し声が聞こえてきた。
「……あーあ、かったりぃぜ。早ええとこ見張りを交代してほしいぜぇ……」
「そういえば、よう、聞いたか?『お頭』がまたどっかの畑を地上げしたらしいぜ。貧乏な農民からまた分捕ったんだと。……あの人、あっちこっちの田んぼをかき集めて、何しようってんだろうな?」
「ああん?そりゃ、お前。戦で土地を無くした農民を、取り上げた畑で働かせてガッポガッポ儲ける為よ。世の中、あぶれた連中がいっぱい居るからな。そいつらから沢山せしめりゃ、俺たちの懐がもうちょっと暖かくなるって事だろうがよぉ」
「んなるほどなぁ、そりゃ良いや。戦さまさまってかぁ?ギャッハッハ!」
2人の男たちはゲラゲラと笑う。
その様子を見ていたナニガシと美月。
「……ねえ美月」
「……うん……言いたい事分かるよお姉ちゃん……」
「『ギャッハッハ!』とか笑って、あんな事言ってる連中は無条件で悪いヤツと見なして良いよね」
「良いと思う」
……2人の心は、決まった。
その日の夕方。
金ぴか屋敷から一旦離れ、それを遠巻きに見つつ野営をする事にした。
ナニガシと美月は焚き火を囲み、早速作戦を練る。
「持助のおっちゃんは、あんなろくでもない連中に殆ど詐欺みたいな形で『かんざし』を取られたという事だったな。……何とか取り返してやりたいな」
「うん……持助おじさんが可哀相だよ……」
想う様にうな垂れる美月の頭を撫で、ナニガシがその顔を覗きながら言う。
「うむうむ、通りがかったのも何かの『縁』だ。アタシたちが何とかしてやろうじゃないか!」
「でも、どうやって取り返そう?」
「門番たちは『お頭』と言っていた。それから察するに、おそらく長者という肩書きは偽りだろう。実際のところ、その正体は野盗の頭とその取り巻き共と見て良いだろうな……」
「野盗さんたちの巣窟か……お屋敷の中はああいう人たちでいっぱいだろうね……」
腕を組み考え込む。
「……当然、やはりいきなり正面から向かうのは手では無いな……」
「となると、忍び込むしかないのかな?」
「その通りだな。……連中が空き巣に通うのと同じ手段、『搦め手』を狙うしかないな」
つまり。
裏口から侵入し、『かんざし』を奪い返すという算段である。
彼女たちがこれから行おうとしている事は空き巣と変わりはしないが、しかし。
盗っ人は「裏の玄関」と言う。
侍は「搦め手」と言う。
どちらも同じ意味だが、その聞こえの良し悪しは雲泥の差であろう。
それは兎も角。
「問題は、『かんざし』がお屋敷のどこにあるかだよね……」
「……うーむむむ、全くもって見当もつかんな」
ナニガシは頭を抱えた。
その横で美月が焚き火を木の棒でいじくりながら、考えを巡らす。
「……わざわざ貧しい農民の人から取り上げるぐらいだから、よっぽど立派で高そうな『かんざし』なのかな?とすると、そんな貴重そうな物をお屋敷のテキトウな場所に、無造作に置いておくとは考えられないし……」
「という事は?」
「やっぱり考えられるのは、『金庫の中』か、あるいは『長者さんが自分で持っている』かだよね……」
「むむ……その2つの可能性で目星をつけておくしかないか」
ナニガシは大きく頷いた。
「……よし!そうと決まれば、寝よう!今はまだ陽が沈んだばかりだ。夜更けまでひと寝入りするんだ。そして……」
「うん!お屋敷に忍び込むんだね!」
美月は楽しげに応える。
これから危険な目に遭うかもしれないというのに、その心は何故か高揚していた。
その年齢以上に思慮深い彼女ではあるが、子供ながらの冒険心や好奇心は隠せない様だった。
しかし……
「そうだ。でもな美月、忍び込むのはアタシだけ。君は屋敷の外に隠れているんだぞ」
「ええー!?なんで?」
「当たり前だろう。君みたいなちっこいのを危険な場所に飛び込ませる訳にいかんだろう。それに、アタシ1人なら何があっても逃げ切れるさ。前にも言ったが、アタシは足の速さには自信があるからな」
ぴしゃりと釘を刺されてしまった。
だが美月は食い下がる。
「で、でも……お姉ちゃんの事も心配だし……」
「アタシの事なら心配するな。あ、それと、アタシに何があっても絶対に出てくるんじゃないぞ。いいね?」
「……はーい……」
ナニガシに念を押され、仕方無く、美月は頬を膨らませるしかないのであった。




