第二幕 小屋の男
木のたもとに建つ小屋の戸口を叩く。
街道の周囲にはその他民家らしいものは無く、ただ、ぽつんと眼の前の小屋のみが佇んでいる。
傍らに根を張っている大きな樹木の枝が、まるで傘の様に屋根の上までその梢を伸ばしていた。
「夜分に申し訳ない。誰か居ないか」
ナニガシが中の住人に問いかけた。
……しかし、返事が無い。
妙であった。
屋内の灯りが明り取りの小さな窓から漏れているので、誰かが中に居る筈なのだが……
もう一度呼びかける。
「誰か居ないか?突然ですまないが、もし良ければ、取り引きに応じてもらいたいのだが……」
すると小屋の中から扉越しに、男の声が怒鳴る様に応えてきた。
「か、帰ってくれ!もうあんたらには騙されない!絶対に取り引きなんかしないぞ!」
……?
その返答に、ナニガシと美月は、お互いに思わず顔を見合わせた。
「『もうあんたらには騙されない』?一体、何の事だ?」
「しらばっくれるな!あんたらの仕打ち、忘れていないぞ!」
そのまるで要領を得ない応えに2人はなおも首を傾げる。
ナニガシが戸口の中の男へ言う。
「おいおい、あんた、アタシたちをどこぞの誰かさんと勘違いしてやしないか?アタシたちはあんたの事を知らないんだが……」
美月も重ねて呼びかけた。
「私たちはお塩を分けてもらえないかどうか、訪ねて来た旅の者です。怪しい者ではありません」
すると、
「な、何?あ、あんたらは『あいつら』と無関係なのか?」
「『あいつら』って誰の事か分からんが、まあ、とにかく戸を開けてもらえないだろうか?」
「わ、分かった、すまない」
ややあってようやくその戸口が開くと、住人であろう、中年の男が中からおずおずと戸の隙間から顔を出してきたのだった。
その顔は何かに怯えているかの様で、そして同時に、憔悴しているかに見える程げっそりとやつれていた。
周囲を窺うかの様に付近を見回しながら、そして顔だけを出した男が口を開く。
「塩……だったな。すまない、ウチにはもう、何も無いんだ……」
彼は力無く返答する。
「一体何があったんだ?さっきからの様子を見るに、何だかただ事じゃない様だが……」
「いや……他人に話せる事じゃない……こんな惨めな事は……」
怪訝に感じたナニガシが事情を聞こうとするが、男は話そうとしない。
「しかし……」
「……もう帰ってくれないか。……もう、私に用は無い筈だ……」
そう言うと、彼は頑なに口を閉ざすのと同じ様に、その戸口をバタリと閉めてしまった。
「……うーむ……一体どうしたというんだ?」
ナニガシは首を捻る。
「何だか訳がありそうだけど、話してくれなかったね……」
美月もナニガシと同じく訝しむ。
「まあ仕方無い、とりあえず寝床に戻るとしよう」
「うん……」
2人は小屋を後にし、火の傍へと戻っていった。




