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第一幕 道草を食う

 「……お……これは食べられる……これも食べられる……」


 ナニガシと美月の2人は村を出た後、以前訪れた『谷霧の町』まで山を下った。

 そこから谷底を流れる川沿いに、街道を西へと向けて歩いていた。


 町から離れ、相変わらず山霧の満ちた谷を抜ける。

 少し行くと、人の往来はあまり見かけなくなる。

 見渡すと、街道の周囲にはまばらに木が生えているのみの、ほぼ平原であった。

 その原野に伸びて行く、のどかな街道の風景が広がっている。

 脇には谷から続く川が西へと行き、彼女らと向かう先を共にする、その緩やかな流れのせせらぎのみが耳に入ってきていた。


 やって来た方角、つまり東に眼をやれば、『蛇ヶ背山地』がその稜線を、遠くに在っても変わらずその曲線を描いていた。

 もはやその山影さんえいは見慣れたものであった。


 『蛇ヶ背山地』は、この『中原の国』のほぼ中央部に位置している。

 いわば「へそ」とも言える、重要な地。

 そしてこの国の土地はこの山地を中心として、『西部地方』、『北部地方』、『東部地方』、そして『南部地方』の4つの地域に分類、区分けされているのである。


 旅の行き先、2人はまずどこへ向かうか考えあぐね……

 だがしかし結局決まらず、まずは何と無しに「西へ行こう」という方針となったのである。


 何故、西なのか……

 

 「木の棒を地面に立て手を放し、その倒れた方角へ進む」

という、なんとも行き当たりばったり、運任せ風任せな方法で行き先を決めたに過ぎなかった。


 もっとも、元々この出立自体がアテも無い「風来坊」の旅なだけに、2人とも納得し、それで良かったのである。 


「お姉ちゃん、さっきから何やってるの?」


 先程から道端の草むらに分け入りガサゴソと、何やら探し回っているナニガシに美月が尋ねた。


「食料を探しているのさ。歩きながらでも明るいうちに、食える物を見つけないと行き倒れてしまうからな」


 流石、行き倒れ経験者は語る。


「うーん、そうだね。じゃ私も探すね」

「よし、じゃあ、美月はコレと同じものを探してくれないか」


 そう言って、ナニガシが見せたのは白い花だった。


「え?お花?」


 美月が首を傾げる。


「そう。これは『シロツメクサ』ってやつだ。あとコレ、『ヤマブドウ』な」


 紫色の、小ぶりなブドウの様な植物も見せる。


「なるほど、分かった!じゃあ、私は向こうを探すね」

「ああ、頼むぞ。あんまり遠くへは行かないようにな」

「うん!」


 ほぼ文無し、貧乏旅の辛いところである。

 金銭を出して食料を調達する事が難しいため、言葉通り、「道草を食う」より他無いのである。


 手分けして草むらの中をガサガサと探し回る。

 しばしの後、何とかナニガシの被っていた編み笠いっぱいの「食料」を見つける事が出来たのであった。


「ま、こんなもんだろう。陽も落ちてきたし、ここいらで野宿としようかね」

「はーい」


 夜道は危険であるため今日の旅路はここまでとし、街道脇の茂みの陰で野営の準備を始める。

 村長から餞別として貰った火打ち石で火をおこし、暖を取る。

 すでに夜のとばりが下りる頃には肌寒さを感じる時期である。

 村長の心遣いに感謝し、炎の温かさに身を置いた。


 火の傍に座り、軽く茹でてから川の水でさらしたシロツメクサをかじる。

 火打ち石と同じく、村長から貰った大根や人参が手元に有るが、それらは干して保存食とする予定であるので手をつけない事とした。


「うーむ……しかし、こればかりじゃ流石に飽きるか……やはり昼のうちにカエルでもトカゲでも捕まえるかぁ……?」


 ムシャムシャと頬張りながら、ナニガシがぽつりと呟いた。


「う、うん。そうだね……」


 美月は苦笑いし、眼を逸らしながら応える。


 ナニガシと食生活を共にしているとは言え、だが未だそういった「なまもの」には、まだ少し抵抗があるらしかった。

 悪夢にまで見た「トラウマ」と言っても良いかもしれなかったからだ。


 彼女が逸らしたその視線。

 するとその端に遠く、僅かな民家の明かりがちらりと見えた。


「……あれ?ねえお姉ちゃん、あっちに家があるよ?」

「ん?ああ、気が付かなかったな。……何だか、アタシの家と似た様なボロっちい小屋じゃないか?」


 見ると、ナニガシの家と同じぐらいボロボロの小屋が、街道の遠く外れの木の横に、ひっそりと建っている事に気付いた。

 街道からはその木の陰に隠れる様な位置に在るため、道から逸れたこの場所で野営を張るまでは全く見えなかったのだ。


「あ、そうだ。塩を少し分けてもらえないか、訪ねてみようか。ヤマブドウと物々交換で応じてもらえないだろうか?」


 野草にしても「なまもの」にしても、塩を振るだけでその味は大きく変わってくる。

 塩気があるだけで、何となしに美味しく感じるものだ。

 少なくとも、味付けせずに食すよりはマシになる筈である。

 気持ち的にも、火を通しただけのものを食べる事は何だか、動物の様で気が引けたのだ。


 少しでも、人間らしい文明的な食事を。

 そう考え、塩を手に入れる為にナニガシは美月を連れ、小屋へと歩いていった。


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