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第二幕 夜の騒動

 それはある夜の出来事だった。

 ナニガシと美月が眠りに就こうと、寝支度をしていた時である。


 綿の飛び出た煎餅布団を畳の上に敷き、いざ床に就いたのだがにわかに、外が騒がしくなり始めたのだ。


 ナニガシの小屋は村から少し外れた場所に建つ。

 言わば離れ家だ。


 耳に入ってくるものは遠くからの、多くの人の声。

 大勢の人間が騒いでいる声だ。

 そしてその騒がしさは、村の方から聞こえてくる様であった。


 何やら村の住民たちが何事かを叫んでいる。

 その飛び交う数々の言葉は聞き取れないが、どうやら怒号や罵声らしい。

 それはものものしい、ただ事では無い雰囲気である。


「もー、こんな遅くに……一体何事だ?」


 その様子を察したナニガシが、寝入りばなの床から身を起こす。

 彼女が戸口から外を覗こうとしたその時、眼の前で、その建て付けが悪い筈の戸が「パーン!」と、勢い良く突然開かれたのだ。


「はひっ!!」


 ビクッと肩を震わせ、仰天するナニガシ。

 そのあまり10センチぐらい飛び上がったかもしれない。


 さておき、その開かれた戸口に立っていたのは、この『中腹の村』の村長たる、名主であった。

 どうやらここまで大慌てでやって来たのか、彼はぜえぜえと息を切らせている。


「あ、村長さん、こんばんは……」


 驚きの収まらぬ、ドキドキと打つ心臓を押さえながらも挨拶をするナニガシ。

 挨拶は大事である。


 そんな彼女に、村長が大声で呼びかける。


「ナ、ナニガシの嬢ちゃん……!ちょいと力を貸してくれねえか!?あんた確か、刀を持ってんだろ!?」

「え、あ……は、はい……それが何か……」

「村でヤバイ事が起きてんだ!急いで一緒に来てくんな!」

「ええ……あ、はい……」

 

 ナニガシは察した。

 これは荒事になりそうであると。


 争いを嫌う彼女の、最も避けたいものである。

 突然の要請にビクビクと怯えつつ返事をする。


 村長といい村の様子といい、その尋常では無い雰囲気から、何らかの危険が予想された。

 ナニガシは美月に留守番を言い残すと、村長に連れられ騒ぎの元へと急ぎ向かうのだった。


 村に近づくにつれ、聞こえてくる怒鳴り声たちは次第に大きくなってくる。

 その場に着くと、村長の自宅の前に村人総出の人だかりが出来ていた。

 どうやらその中央に何者かを囲んでいるらしく、彼らはクワや鍬などの金物をそれぞれ手に構え、その者へと口々に喚き立てている。 


「この野郎!!おかみさんを放しやがれ!」

「盗っ人め!ただじゃ済まねえぞ!」


 囲む村人の男衆らは皆、その普段の寡黙さからは想像も出来無い程の剣幕をし、今にも中央の人物に食って掛からんばかりに怒号を発していた。


 村長がその男たちの中を割って入っていき、そして怖がるナニガシもしぶしぶと彼の後ろに続いていく。


 人だかりを抜ける。

 すると彼女が眼にした、その囲みの中央に居た人物。

 その姿を見た途端、思わず声を上げた。


「……あっ!!お、お前は!この間廃村で遭った『ニンジン野郎』じゃないか!?」

 

 ……その人物の頭には、ニンジンの様な髪型。


 そう、『ニンジン野郎』。

 ナニガシと美月が初めて出会った、あの焼け落ちた廃村。

 そこで襲い掛かってきた、あのニンジン頭の野盗である。


 その彼が今ここ、ナニガシの眼前に居たのだ。


 そして、その『ニンジン野郎』も同じく驚嘆し、声を上げる。


「あっ!テメエはあの時の女じゃねえか!何でここに居やがる!?」

「ここはアタシが住んでる村だ馬鹿野郎!お前こそここで何してるんだ!?」


 よく見ると、その『ニンジン野郎』の手には短刀が握られている。


 ……そしてなんと。

 ナニガシが住む小屋の持ち主、『大家』の女性を後ろから羽交い絞めにしているのだ。


 村長がナニガシに言う。


「知り合いか?あの野盗、村の畑で育ててる大根やら人参やらを、以前から盗み出していやがったらしいんだ。今夜村の衆と待ち伏せしてふん捕まえてやろうとしたら、ウサギみたいな逃げ足であっという間に逃げ出しちまってな」

「……な、なるほど……で、こうなってしまったという訳ですね……」


 ナニガシの言葉に村長が頷く。


「ああ、傍に居たうちのカミさんを人質に取られちまったんだ。これじゃあ俺らも手ぇ出せなくて困り果ててな。嬢ちゃん、何とか出来ねえか?」

「ええ……な、何とかと申されましても……」


 唐突にこの様な場面に引っ張り出され、とんだ無茶ぶりである。

 だがこれは大事と察し、ナニガシは叫ぶ。


「お、大家さん!大丈夫ですか!?」


 ニンジン頭の野盗に後ろから組み付かれ、人質のていとなっている大家の女性。

 彼女は怯えうな垂れながらも、応えてきた。


「……大丈夫じゃないよぉ……何とかしておくれよ……こいつに殺されちまうよぉ……」


 いつもは気忙しい大家も、この時ばかりは声も弱々しい。


「お、おいニンジン!その人を放しやがれ!」

 

 ナニガシがニンジンに叫ぶ。


「早く助けておくれよ……あんたから家賃を全部払ってもらうまで死ねないよぉ……」

「え!?そこまで!?」


 絶体絶命のこの場においても、ナニガシから家賃を取り立てる執念を忘れない。

 見上げた「大家魂おおやだましい」である。


 そして一方、ニンジンの方も焦り始めていた。

 大勢に四方を囲まれている以上、人質を取ったところでこの状況を打開出来るものではない。

 苦し紛れにそうしたに過ぎず、依然として追い詰められている現状に変わりは無かった。

 何とかこの窮地を脱する機会を、ジッと窺っている。


 そこで、ニンジンは村長に交渉を持ち掛ける事にした。


「……おい、お前のカミさんを殺されたくなけりゃ、さっさと道を開けな」

「む……」


 戸惑う村長。

 その様子に、大家の喉元に短刀を更にグイッと突きつけ、ニンジンが凄む。


「俺の言う事が聞けねえのかぁ?さもなきゃ、この婆さんが切り刻まれる様を村の連中に見せてやろうか?ああん?」


 「はったり」である。

 仮にもし、殺気立つ男たちに周囲を囲まれたこの状況において、人質に手を出したとしたならば……

 次に血祭りにあげられるのは、自分自身である。


 ニンジン自身、それを理解しているが……

 もはや、この脅し文句以外の状況を打開出来る手立てが見つからなかったのだ。


 村長が返答する。


「な、ならば。今後一切、畑のモンに手を出さないと誓うならば、ここは見逃してやる……」


 ニンジンはそれを聞くや、しめた、とばかりにニヤリと口元を歪めた。


「ああ、ああ、誓うぜ。分かった分かった、もう二度と畑に手ェ出さねえよぉ?」


 だがそう言いつつ、ニヤニヤと下卑た薄ら笑いを浮かべている。

 あからさまに相手を小馬鹿にしたその表情から、誰が見てもその言葉は、おおよそ信用出来るものではなかった。

 

「くそッ……おい!道を開けろ!」


 村長は歯を噛み締め、村の男たちに命じて囲みを解かせた。

 彼の方も解決の手立てが無かった。

 人死にが出るくらいならば、と考え仕方無く、野盗の虚言に近い言葉に乗るしかなかったのだ。


 自分を囲む人だかりが割れ、道が開かれたのを見ると、ニンジンは大家に刃を突きつけたまま周囲を睨みつつ、ジリジリとその囲みの隙間に踏み入っていく。


 ついに囲みを脱したその瞬間、それまで羽交い絞めにしていた大家の女性を後ろから突き飛ばし、そして短刀を投げ捨て駆け出したのだ。


「あばよ~!!今度はもっと上手いこと盗まなきゃなぁ!!ヒャッハッハー!!」


 憎らしい捨て台詞を残し、夜の暗闇の中へと一目散に走り去っていく。


 ナニガシはそれを見るや咄嗟に刀を携えると、逃がすものかと彼の後を追う。


「あの嘘つき野郎!待ちやがれ!」


 ……


 夜の闇の中を全力で駆けるニンジン。


 野盗はその職業(?)柄、足の速さには自信があるのだろう。

 悠々と逃げおおせると、彼は考えていた。


 まんまと窮地から逃れられ、したり顔のニンジン。

 気分良く、鼻歌交じりで走り続ける。


 ……しかしその時、背後に何者かの気配を察した。

 ちらりと振り返ると……


 見て仰天した。

 後方から猛然たる速さで追いかけてくる女侍、ナニガシがすぐ後ろに居たのだ。

 もはや手の届く位置、掴みかからんばかりの距離に居るではないか。


 焦ったニンジンは更に足を速めたが、だがその距離は離れるどころか、みるみる近づいて来るのだ。


「はっ、速ええ!!何なんだぁ、この女ぁ!?」

「逃がさないぞ、ニンジン野郎!」


 彼女は手を伸ばし、必死に逃げる野盗の頭を掴もうとする。


「泥棒野郎!盗んだ大根を返しやがれ!!」

「大根だあぁ!?テメエ、そんなに欲しけりゃくれてやらああ!!」


 ニンジンはそう言い、懐に手を入れる。

 何かを取り出した。


 なんと大根だ。


 そしてそれを思い切り良く振り下ろし、ナニガシの頭にガツンと叩きつけた。


「ぐえッ!痛えーーーッ!!」


 その不意打ちを食らい、倒れて悶絶する。


 まさか本当に、いきなり懐から大根がスイと出てくるとは思ってもおらず、防御する間も無くまともに食らってしまったのだった。


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