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第三幕 縁

 美月の着物を買う為、反物を扱う店を探す。

 立ち並ぶ店先を覗きながら、2人は大通りを歩いていた。


 上を見ると、それぞれの店の軒の上で、それぞれの看板が掲げられている。

 道行く旅人の目に留まる為、お互いが前後のそれを押しのけ合うかの様に、おのおの々趣向を凝らし、その存在を主張していた。


 『蕎麦屋』

 『茶処』

 『団子屋』……


 特にナニガシと美月が心惹かれた看板は、食い物屋のものばかりであった。


 腹ペコな2人だがなんとかその空腹を抑えつつ、そうして歩くうち、一軒の看板が眼に留まった。


 『反物 多良屋』


「おっ、ここだな」


 目的の店に辿り着く。

 2人はその暖簾をくぐった。


 中に入ると早速、女性の番頭がそそと店の奥から現れた。

 ここまで通り過ぎてきた他の店とたがわず、彼女は愛想良く、ニコニコとしながら話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでございましょうか?」

「ああ、すまないが、この子に小袖を見繕ってやってくれないか。ご覧の通り、お仕着せしか無くてな。手頃な物でもあれば求めたいのだが」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

「あ、そうそう、あんまり高いヤツは駄目だぞ。安いものを頼むぞ」


 ナニガシは奥に引っ込んでいく番頭に、念を押す様に言う。


 この店に入ってから、ナニガシのお下がり……大きさの合わないだぶだぶの小袖を着ている美月は眼を伏せてしまった。

 店中に陳列されている美しく立派な反物たちを見てふいに、自らのその「袖余りの出で立ち」が改めて気恥ずかしくなってしまったのだ。


 ずるずると襟元が下がり、いちいち肌ける胸元を隠しながら、顔を赤らめていた。


 反物屋は本来は、着物の大本となる生地を売る。

 しかし、この店では予め仕立てておいた着物を店に並べ、客に応じてサイズの合うものを選んでくれる。

 いわば、「既製品販売」としての商売もしているのだ。


 その在庫を探しに、引っ込んでいった番頭が出てくるのを待つ2人。

 ふいに、美月が深々と頭を下げた。


「ナニガシさん、本当にありがとうございます。何から何までお世話になっちゃって……」


 それを見て、棚に並ぶ反物を弄っていたナニガシは笑う。


「わはは。気にするなって美月。子供がそんなに気を使う事無いんだぞ?ましてや、君はその身ひとつでアテも無く彷徨っていたんだ。助けてやるのが当然だろう」

「でも……見知らぬ私にここまでしてくれるなんて……」


 申し訳無さげに俯く美月。


 ナニガシは、そんな彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「……アタシはな、君と出会ったのは……何かの『縁』だと思ってるんだよ」

「『縁』?」

「そうさ。偶々立ち寄ったあんな寂れた廃村で、見知らぬ者同士のお互いが、偶々出くわしたんだ。これを『縁』と言わないで何と言うんだ?」


 ナニガシは自分を見上げる美月の眼を、見つめる。


「出会いは『縁』、助けられるのも『縁』。人の繋がりってのは、ぜーんぶ『縁』なんだ。アタシだって、過去に出会った色んな人たちに助けられて、だからこうして生きていられてるんだ」

「……」

「人ってのは皆そういうものなんだ。人に対する義理も、自分に対する借りもある。……だからこそアタシは、眼の前で困っている人間が居たら、自分に出来る限り助けてやりたいと思ってるのさ」


 そう言い、ナニガシは八重歯をみせ、大きく笑う。


「……まあとはいえ、アタシに出来る事なんてたかが知れてるけどな。わははは!」


 美月は、そんな彼女をじっと見た。


 ――


 ……あの雨の廃村の暗闇の中。

 濡れた身体のその寒さと、そして夜の闇の心細さとで1人、震えていた。


 己の身ひとつで、どうすれば良いかさえ分からなかった。


 闇のせいで自分の存在さえ認識出来ずに、もがく事しか出来ずにいた。


 ……でも……


 あの囲炉裏の炎の光と、暖かさ。

 それに、救われた。


 仄かな小さな光と、ただの暖かさだけで……

 あの時、どんなに心が安らいだことか……


 それを与えてくれたのは……


 この、明るく笑う人。

 

 ……『縁』。


 ……『縁』が無ければ、今頃、私は……


 ――


 そして、そのナニガシの言葉を胸の中に、刻み込む様にしまい入れた。


 ……大切に。

 大事な大事な、宝物の様に。


 美月はこくりと、静かに頷く。


「……そうですね……。分かりました、ナニガシさん。……ありがとうございます」


 ……そうしていると。


 やがて、奥から番頭が戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらの小袖など如何でございましょう?」


 彼女が手に持ってきたものは、桃色の生地の中に花柄が可愛い、子供用の小袖だった。


 美月は早速、奥で着付けてもらう。

 暫くして、出てきた彼女を見るなりナニガシがはしゃぐ。


「おお!似合ってるぞ美月。可愛いじゃないか!」

「あ、ありがとうございます……」


 前も後ろもまじまじと眺められ、顔を赤くし照れる美月。


 以前の「お下がり」と比べるべくも無く、丈も袖も丁度良い。

 これでようやく、どこへ出ても恥ずかしく無い(本人的に)、まともな格好となったのであった。


「うむうむ!大層気に入った!これをくれい!」


 ……そして何故か、一番喜んでいるのはナニガシであろうか。

 ご満悦そうに、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

「ではこちらで宜しければ、御代はこの通り……」


 そんなナニガシに、番頭がぱちぱちとソロバンを弾き、見せた。


「うげっ!……ま、饅頭百個分か……。……よ、よかろう!」


 見た途端、ぎくっと表情が強張る。

 ナニガシは震える手でボロボロの巾着の中から饅頭百個分の硬貨を取り出すと、そして思い切った様に、番頭にズイッと押し渡したのだった。


 貧乏のナニガシにとって、それは大金である。

 一世一代の買い物にも近しかった。


 ……例え饅頭のお代を支払うにも、彼女にとっては、それはいちいち勇気が要る事なのだ。


「はい、確かに頂きました。毎度、ありがとうございます」

「さあ、美月、行こうか!」

「はい!」


 彼女はボロ巾着をささっと懐にしまい込むと、嬉しげな笑みの美月の背を押す。


 暖簾をくぐり外に出る。

 すでに陽が西へと傾き始めており、山の端に差し掛かろうという時分になっていた。

 カラスが巣へと帰るのか、山の向こうへ夕焼け空を飛び去ってゆく姿が眼に映った。


「げっ、もうこんな時間か。そろそろ家路に就かなければ、山道が暗くなってしまうな……。帰ろうか、美月」


 日が暮れる前に帰路へ戻る事とする。

 2人は谷霧の町を出て、中腹の村への山道を登っていったのだった。


 手を繋いで歩く。

 やや肌寒い道中だが、お互いの手は温かい。


 やがて山道の帰路、その半ばに差し掛かる。


「どうだった?町は楽しかったかい?」


 ナニガシが尋ねる。 


「はい、色んな物が見れて楽しかったです!ありがとうございました!」


 美月は楽しげに笑う。


「うむうむ、それは良かった!……アタシにとっては変わり映えしない所だけどな。辺鄙な只の小さな町なのに、君は本当に変わり者だな?」

「えへへ……」


 彼女の笑顔に癒されながら歩く。


 ……だが……


「……あれ……?」


 2人はピタリと、ふいに立ち止まる。


「……ねえ。……アタシたち、何しに町へ行ったんだっけ……?」


 ……何か……

 ……大事な用を忘れているような……


「あ。……そういえばナニガシさんのお仕事探し……どうなりましたっけ……?」


 ここで2人は気がついた。


「……あ!ああーっ!そ、そうだった!……すっかり忘れてた!」


 町へ出かけた当初の目的。

 ナニガシの食い扶持探し。


 ……それを、2人揃ってすっかりと、忘れていたのである。


 ……寂しい山道に、叫びが木霊した。

 その場でガクリと膝を突き、ナニガシは頭を抱える。


「……饅頭食ったあたりから、浮かれてその事が頭からどっかへいっちゃってた……。ああ……やっちまった……」

「……ただ1日中、町へ遊びに行っただけになっちゃいましたね……」


 呆然とする2人。

 巣に帰るカラスたちが彼女たちの頭の上を、「アホー、アホー」と鳴きながら飛んでいく。


 ……ナニガシの無職生活は、今後も続くのであった……

  

 山や谷、川、雲。

 それら全てを夕日が照らし、朱に色づける。

 その光に映し出され、山々の紅葉が一段と赤く染まっていた。


 山道から眼下に覗く、小さな『谷霧の町』。

 その門戸を閉ざすかの様に、町は薄い朱を帯びた山霧に再び、覆われていくのであった。


                         【第三話 了】


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