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第二幕 最初の町

 小高い山の山道を下り、谷底まで歩く。

 谷越しに望む『蛇ヶ背山地』。

 それまでその峰々は目線とほぼ同じ高さであったのだが、下るにつれ、それを徐々に見上げつつあるようになる。


 盆地に溜まる薄い霧の中を抜けると、そしてとうとう谷底まで降りてきた。

 そのすぐ眼前には茅葺きの茶色い屋根の町並みが、視界に収まる程こじんまりと佇む。

 山の上から見ればこの盆地は狭隘であるが、だがいざその地に立ってみれば、人々が住むには十分な広さである事が分かる。


 町のすぐ傍らに幅20メートルばかりの川が、豊かな水量を以って西へと緩やかに流れ行く。

 この川こそ、ここ『谷霧の町』の生命線とも呼べる流通路である。

 筏や小船によって、生産品を下流である西部やその他の土地へと流し、その代価を得て生活の糧としているのだ。


 町の中へ入ると、木造の軒が連なる大通りが眼の前を抜けて左右に伸びていた。

 沿いの脇には食料品や反物などの生活雑貨店、そして町の主要品目である建具といった木製品を扱う問屋が、その戸口に暖簾を上げている。


「わあ……ここが『町』……いろんなお店があるんですね」

 

 眼に入る物全てが珍しいのか。

 町に入るなり、美月は眼を輝かせながら、しきりに町中を見回していた。


「アタシたちの住むあのちっこい村と比べると、確かにここは賑やかな町かもな」


 キョロキョロと見渡しながら歩く美月がはぐれないよう、ナニガシは彼女と手をつなぐ。


「だけど、この町の規模は小さな方なんだぞ」

「え、そうなんですか?」

「そうそう。他の土地に行けば、もっと大きな所は沢山あるぞ」

「へえー、見てみたいなあ」


 ここ『蛇ヶ背山地』はこの『中原の国』の丁度中央に位置している。

 『谷霧の町』の脇にその流れを湛える川沿いには、東西に街道が走る。

 盆地を抜けるその街道は、この国の「西部地方」と「東部地方」を繋ぐ主要な往来となっているのだ。


 この町は比較的小さな町ではあるが、その街道沿いゆえに、立ち寄る旅人は多い。

 それらを目当てに、大通りに軒を連ねる店先からはしきりに、売り子からの呼び込みの声がかかってきていた。


「やあ、そこ行くお嬢さん方、出来立てほやほやの饅頭はいかがかね?」


 早速ナニガシと美月の脇から、饅頭屋の主人の声がかかる。


「あ!お饅頭!……おいしそう……」


 美月がその声にはたと立ち止まり、店先の蒸し器から立ち昇る湯気に心奪われる。

 隣のナニガシも同様であった。


「おっ、饅頭か。親父さん、2つくれ!」

「まいど!熱いから気ぃつけてな」


 饅頭屋の親父から受け取り、その出来立ての饅頭を頬張る。


「……ああ、おいしいい……」


 饅頭の餡がまだ熱いが、美月は構わず口の中へと入れていく。

 ナニガシと出会ってから初めての、「まとも」な食べ物である。

 その甘さが体に染み渡る様であり、美味さと相まって涙が出そうになった。


 秋も半ばに差し掛かる時期。

 朝晩に吹く風はやや冷たくなり、その手の中の暖かさがなんともありがたかった。


「よし、じゃあ次は君の着る物を買いに行くか」


 饅頭に感涙する美月の手を引き、通りの店先を覗きながら歩く。


「そこの旅人さん、朝メシでも食っていかないかい!?うちは何でもおいしいよ!」

「土産物でもいかがですか?木で作ったかんざしなどお似合いですよ」


 進む2人に、軒を並べる数々の店の中から呼び声がかかる。

 皆、一様にニコニコと愛想良く、また威勢良く声をかけてくる。

 そんな様子に美月が感心して言う。


「この町の人たちって、皆明るいんですね」

「ここは旅人も多いからな。店にとっては大事なお客さん。愛想良くしないと逃げられちゃうのさ。わはは」


 ナニガシは茶化す様に笑う。


 ナニガシの住む山の村は、ここ『谷霧の町』からは『中腹の村』と呼ばれている。

 『中腹の村』の住人たちは、決して愛想が良いとは言えない。

 旅人が来訪して来てその者が声をかけても、村人皆揃ってそれを横目で一瞥するのみなのだ。

 そして口をつぐみ、もくもくと黙り込んで自分の仕事に勤しみ始める。


 外から訪れやって来た人間は、他者を拒絶するかの様なその住人の様子に、萎縮し困惑してしまうのが常であった。


 住む場所が同じ山であっても、「中」と「ふもと」とでここまで住民の態度と雰囲気が違うのだ。

 普段からこの2つの町と村とを行き来しているナニガシにとっては、それがなんとも面白可笑しく思えるのであった。


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