第二幕 閑古鳥の鳴く宿
晩の寝床を求める為、波止場から市中へと歩き入ってみると、広く、そして真っ直ぐへと長く伸びる通りに行き当たった。
牛一頭引きの荷車が余裕ですれ違える程に幅があり、路面も見事に均され整備された通りである。
脇には石灯籠がきちりと等間隔に立ち並び、この時分にはすでに、その火袋の内に明かりを灯していた。
能く整えられた道の様を見るに、この町の大通りであろう。
灯籠のその灯りに軒先を照らされ、これも整然と、通りに沿って並び立つ家屋たちがある。
目を引くのは、それらは皆一様に黒地の壁であり、そしてその外壁には、白漆喰によるまるで網の目の様な独特の幾何学文様を描き出していることである。
文様の外壁は一軒たりとも漏れ無く、そしてそれらは道の左右を囲み、通りと共に前方遥かまで続いていた。
何ともその光景が印象的であり、特徴的であった。
これは、「なまこ壁」と呼ばれる様式のものである。
港町に見られる建築であり、外壁に瓦張りをして漆喰固めにて留め置く技法によるもので、この様な網目文様が出来上がるのだ。
強い海風や、また、火災の延焼から家屋を守る為に施されているものであった。
これは万一、この港町が戦場になった際の、防御手段の一環であろう。
諸国との交易が盛んであった頃、この町はいわば、その「窓口」として機能する都市であった。
規模としてこじんまりとしてはいるが、その軒並みは見ての通り画一化されている。
「玄関口」として乱れ無く整えられ、美しい。
まさにその景観は、見事と言えた。
「わあー。綺麗な所だねえ」
氷鶴はしきりにきょろきょろと見回し、その町並みの風景に溜め息を漏らす。
「そうですね。この国に、このような町があったなんて」
応える彩花も物珍しげに、軒先ひとつひとつに眼をやっていた。
諸国との通商と旅客の往来となる町ゆえに、それに恥じない景観を造ってはいる。
しかし、周辺国との戦の激化に伴い、その交流は今や無い。
先程の波止場と同様だ。
一昔前ならば、本来この大通りは方々からやって来た商人や旅人たち、また多くの物品が入り乱れ、異国の活気と熱気とで溢れていたであろう。
だが、かつてここに有ったであろう人々のその行き来は、ナニガシたちの視界には無かった。
人影無くただ広い通りがあるだけで、並ぶ灯籠の小さな火ばかりが、ちらちらと冷たい海風に揺れているのみである。
時折すれ違う町人も居ることは居るが、しかし、その姿は心なしか背を丸めている。
影を潜めるかのような淋しげなその背は、まるで、この世の現状を嘆いているかのように見えるのだった。
「お。宿があったぞ」
網の目に囲まれた通りを暫く歩くと、宿の暖簾が目に留まる。
疲れた身体のナニガシたちにとっては、その暖簾の内から漏れ出す暖かな明かりだけで、最早十分であった。
中へと入っていくと、早速、奥からそそと女将が出てきた。
「あらま。いらっしゃいませ、お泊りですか?」
久方振りの客であったのだろう。
顔を出した女将は多少驚いた様子で、訊ねてきた。
「ああ。4人なのだが、部屋はあるかい?」
「もちろんですとも。広いお部屋と、あるいはそれぞれ個室をご用意できますが、どちらになされますか?」
ナニガシは悩む。
「うーん……。……安いのは、どっちかね?」
相変わらず貧乏性の彼女にとって、選ぶ基準はもちろん、「安さ」である。
「大部屋でしたら、個室よりもお安くできますよ。露天のお風呂も付いてございます」
「じゃ、それでお願いする」
女将の言葉に即答するナニガシ。
「かしこまりました。こちらでございます」
女将に案内され通されたのは、なんと30畳程もある、大きな部屋であった。
「うっひょー!広いぜ!大の字で寝られるぐらい広いじゃん!おい、氷鶴!相撲しようぜ!」
「もー。いい大人なんだから燥がないでよ、お姉ちゃん」
荷物と腰の刀を解くや、騒ぎだすナニガシ。
その尻を、窘めるように、美月がバシッと叩く。
「でも、こんな広い部屋で寛いで寝られるのは久しぶりだね。ナニガシさん寝相悪いから、朝起きるといっつも、ボクの上に足が乗っかってるんだもん。安眠できやしなかったよ」
嬉しげに言いながら、我慢できない様子で氷鶴もまた早速とばかりに、広い畳の上を転がり回っていた。
以前滞在していた間牛の宿は、狭い住居を改造して無理矢理に民泊としていたもののため、お世辞にも寝室が広いとは言えなかった。
3畳程度であっただろうか。
4人は互いに身体を丸め、まるで「すし詰め」の有様で眠っていたのである。
しかしここは広く、その上、他に客も居ない閑散とした宿だった。
おそらく、他国からの旅人や商人たちが泊まるような店なのであろうが、だが今は、利用する者はほぼ居ない。
殆ど、まさに貸し切りの状態である。
その広く開放的な部屋にナニガシたちが喜ぶのも、無理からぬことであった。
「……あら。皆さん、見て下さい。お庭にお風呂があるようですよ」
彩花が障子を開け、縁側から見る。
これも広々とした中庭がある。
その隅には竹塀で囲まれた一角があり、するとそこから塀越しに、白く湯気がもくもくと立ち昇っているのが見て取れた。
「お、あれが露天風呂か。そういや、まともな風呂は久しぶりだな。よし、早速入ろうぜ!」
ナニガシは言うと、俄かにしゅるりと、腰帯を解いた。
見ても、風呂の周囲には脱衣する場が見当たらない。
この屋内で脱ぐしかないのである。
「うーん。ま、ここで脱ぐしかないか。私も入ろうかな」
「では、私もご一緒します」
美月と彩花もそれぞれナニガシに続き、帯を解き始めた。
「……え、え……。……ちょ、ちょっと皆!ここで、急に脱ぐのかい!?」
他に客が居ないのをいいことに、彼女たちは臆面も無く、その場で脱衣し始める。
ところが、その不意の光景に慌てて眼を覆ったのは、氷鶴であった。
「おい、氷鶴も入ろうぜ。……って、なーんで顔赤くしてんだ?」
その様子に、不思議に思ったナニガシが、肌も露わに近づいてくる。
畳の上に転がっていた氷鶴は仰天し思わず飛び起きると、足も縺れんばかりに狼狽しながら、隣の部屋へと逃げるように駆け込んでいった。
「ボ、ボクはあとででいいよ!先に入ってて!」
……パシンと襖を閉めて部屋に篭ると、それっきり、静かになってしまった。
「?……ヘンな奴だな。それじゃ、お先に行ってくるよ」
「う、うん。……ごゆっくり……」
襖越しの氷鶴の小さな声に不思議に思いながらも、脱衣した3人は、風呂へと向かっていった。
しかし彩花だけは、察しているかのように、くすくすと含み笑いをしているのであった。
1人、部屋に残された氷鶴は、呟く。
「……もう……。皆、よく平気で裸になれるよな~……。まったく、もう……」
恥ずかしがりな年頃である。
氷鶴はおもむろに荷袋から薬研と乳鉢、そして材料を取り出す。
そして、赤面したその気を紛らわせるかのように、無心で薬を作り始めるのだった。




