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第二十一幕 長き日の終わり

 ナニガシたち5人は大友を引き連れ、入ってきた時と同様に、狭い洞穴の通路の中を歩く。


 端々に点々と据えられた灯篭は変わらず、その薄暗い内部をぼんやりと、浮かび上がらせている。

 出口へと伸びる狭隘な岩の路は変わらず陰鬱としていて、そして、じっとりとした冷たい空気に満ちていた。


 しかし、歩く彼女たちのその足取りは、洞穴のその暗がりに恐々としていた往路とは真逆に、嬉々揚々としていた。


 彩花を救い出したことで、それまで緊張し、気色けしきばむ心持ちであったナニガシたちはようよう安堵することが出来、そしてその無事の再会を、互いに喜び合っていたのだ。

 美月に至っては、先程から彩花の横にピタリと張り付き、まるで懐いた子犬の様にいささかも、その傍らを離れようとしなかった。


 それまでの緊張感から、ようやく開放された彼女たち。

 ナニガシや美月、氷鶴は彩花を取り巻き、きゃっきゃと戯れはしゃぎながら、楽しげに歩いていたのだった。


 ……


 ……一方、大友はと言えば。


 間牛にその首根っこを大きな手の平でムズと掴まれ、そしてぐいぐいと後ろを押されながら、歩かされている。

 狭い通路の中、やたら圧迫感のある大男に横をビッタリと張り付かれ、まるで嫌々飼い主に引き摺られていく犬の様にいささかも抵抗出来ないまま、じゅうとするより他無かった。


 息苦しさとむさ苦しさにさいなまれる、大友。

 ナニガシや美月、氷鶴が彩花を取り巻き、きゃっきゃと戯れはしゃぎながら、楽しげに歩いている様を、その後ろで溜め息混じりに眺めることしか出来ずにいたのだった。


「……どうした大友。溜め息なんぞつきやがって。さっきから、やけに大人しいじゃねえか」


 隣のむさ苦しい大男、間牛が小突くかに言う。


「……お前の図体がデカ過ぎて、隣に並ばれると息苦しいんだよ」


 それに独りちるかに、大友は応えた。


「……」

「……」


 ……彼らは揃って、黙り込む。


 そして男2人。

 共に嫌々肩を寄せ合い、狭い通路の中を、連れ立つのだった。 


 やがて、そんな中。


 前方から、次第に波の音が大きく聞こえてくる。

 この長い洞穴の出口が、見えてきたのだ。


 出口の両脇に立つ篝火を抜けると、ナニガシたちは、広く高い、空のもとへと出た。


 ……眼の前に広がるのは暗く、広大な海。

 空はすでに真夜中の黒さに覆われ、そこに無数の星は煌々と、光を瞬かせている。

 すでに黒い水平線の向こうへ沈んだ新月の代わりに、孤島の寂しげな漆黒の夜空を彩り、星々は、彼女たちの頭上に煌いていたのだった。


 ナニガシはそれを仰ぎ見ながら、大きく、深く深呼吸をする。


「……ぬああー……。……外の空気が美味い……。生き返るわぁー……」


 波は変わらず静かに打ち寄せ、岩の岸を濡らしている。

 これまで狭い岩穴に居た彼女たちの耳に、遠く近く、そして四方から響く夜の優しげな潮の音が、余計に心地良く聞こえてきていた。


 その隣で同じく、大きく伸びをしていた美月。

 

 その時、彼女が声を上げた。


「……あれ?……海賊さんたちの小さい船が、どこにも無い……?」


 見ると、島を囲む様に帆を下ろしていた海賊たちの小船が、どこにも見当たらない。

 旗艦である巨大な軍船は帆を畳んだそのまま、岩の岸辺に浮かんでいる。

 だがその周囲に取り巻いていた小型船たちは、忽然と、その一切が消えていたのだ。


 隣の氷鶴も周囲を見回すと、訝しむかに言う。


「……ねえ。そういえば、ニラネギたちも居なくなってるよね。……もしかして、船に乗って逃げていったんじゃないかな……?」


 ……氷鶴の言う通り、洞穴内や、岸辺で薙ぎ倒したニラネギたちも、もうどこにも居なかった。

 あれだけ大人数居た彼らだが、しかし今や、きれいさっぱりと、いつの間にか全員がその姿を消していたのだ。


 おそらく、彼らは頭領たる大友が倒されたことを察し、一斉に逃げ出していったに違いなかった。

 大友の言の通り、元々彼らは、寄せ集めの雑兵たちである。

 頼り、そして束ねていたかしらである大友が敵の手に落ちたとなれば、後は瓦解し、クモの子を散らす様に四散するのみであった。

 

 ニラネギたちが軍船をこの場に放棄していったのは、操舵の指揮を執る頭領が居なくなってしまったためであろう。


「あれれー?子分たち、親分のお前を置いて、逃げていっちゃったみたいだぞ?ん?」


 ナニガシはニヤニヤとしながらそう言い、大友をつつく。 


「うっ……ううっ……。あ、あいつらめぇ……。なんて薄情な奴らなんだ……」


 見れば、すでに彼は涙目になっていた。

 哀れである。


「ねえ、今どんな気持ち?ん?ん?」

「やめてあげなよ」


 執拗にからかうナニガシの尻を、咎める様に美月がバシッと叩く。


「……俺の船は、島の裏に係留してある。……よもや、ソイツまで無くなってるなんてこたあ……ないだろうな」


 間牛が言う。


「……そういやそうだ。……ニラネギどもが、アタシたちの船に何もしてないとは限らんぞ……」


 ……彼の言葉に、不安に駆られる。

 ナニガシたちは急ぎ、船を留めていた島の裏へと、駆けて行った。


 ……


 裏手に着くと、そこには一艘の小船の姿が在った。

 船体の上に客室が設けられた漁船が、岩岸に、その舳先を乗せていた。


 間牛の船である。

 上陸した時のそのまま、何事も無く無事、そこに在ったのだ。


 それを見て、間牛を始めナニガシたちは、胸を撫で下ろす。


 ……

 のだが。


 ……だが、しかし。

 安堵の中よく見ると、その船体には筆書きで、何やら、無数に文字が書かれているのが目に入った。


 『ばか』

 『あほ』

 『うんこ』

 『あほんだら』

 『祝ってやる』

 

 ……なんとも語彙力に乏しい、数々の悪口が、そこにあったのだ。

 しかも舳先からともに至るまで、船体中にびっしりと、それらがあらん限り隙間無く書き込まれているではないか。


 ……

 この孤島。

 犯人は、限られている。

 逃げていく際、ニラネギたちが書き残した恨みつらみ、怨嗟えんさの言葉であろう事は、容易に察せられた。


「んな!?なんだあ、こりゃあ!?」 


 仰天する間牛。


「なにこれ(笑)」 


 含み笑いするナニガシ。


「おい大友!こりゃなんだ!?てめえの仕業か!?ええ、こら!?」


 とんだ幼稚な嫌がらせに怒りに駆られ、間牛は大友の胸倉を引っ掴む。


「ぐえっ!お、俺は知らないぞ!手下どもがやった事じゃないか!」

「うるせえ!子分のしでかした事は、親分の責任だろうが!てめえ、弁償しやがれ!」

「そ、そんな事言ったって……!」


 振り回さんばかりに、まるで八つ当たりの如く、間牛は大友を激しく揺すぶる。


 ……


 そうこうし、揉めていると。


 ――『ゴトッ』


 ……ふいに。

 皆の背後の岩陰から微かに、物音が聞こえた。


「んん?……何だ……?」


 それに気付いた間牛が、音がした方へと振り返る。


 ……同時に彼ははっと息を呑むと共に、大きく、目を見開いた。


「おりゃあーッ!!死にやがれええぇッ!!」


 叫びと共に突然、その暗がりの岩陰から飛び出してきた、1人の人影。

 それが、ナニガシたちへと向かい、猛然と躍り掛かってきたのだ。 


 ……

 それは、髪を緑色に逆立てた、奇抜な様相の男。


 ニラネギだった。

 

 1人のニラネギが、皆の背後から突如として、襲い掛かってきたのである。


 その手には手槍を構えている。

 おそらく、不意打ちをする為に物陰に隠れ、ナニガシたちの隙を窺っていたのだ。


『ビュンッ!』


 接近してくるや、ニラネギはここぞとばかりに渾身の力を込め、槍の穂先を突き出した。

  

 ……槍のその先に居たのは、美月であった。

 ニラネギは岩陰から一番近くに立っていた彼女を標的にし、その槍を繰り出したのである。


「き、きゃあああっ!!」


 不意の瞬間である。

 避けられない。


 突然の出来事にビクリと身が強張り、逃げようにも、足が動かなかった。

 美月は悲鳴を上げる事しか出来ず、硬直する様にその場に立ち竦んだ。

 

 ――生命の危機。

 凶刃が、無防備の少女に襲い掛かる。 


 だが、その時。


「美月嬢ちゃん!危ねえッ!!」 


 皆よりも一瞬早くニラネギの姿に気付いた間牛が、美月の前に躍り出た。

 

 己の体を盾にし彼女を庇う為、咄嗟にニラネギの前に立ち塞がったのだ。


 両手を広げ、真っ向にその身を晒す間牛。

 ……鈍く光る槍先が、その胸元に迫った。

 

 ……

 そして。


『ドガァッ!!』


「ぐわあああああーーッ!!」


 間牛が、叫びの如き呻き声を上げた。


 ……

 一瞬の、出来事だった。

  

 繰り出された、その槍の先端は。


 ……間牛の胸を、突いたのである。


「ま、間牛さーん!!」


 美月が悲鳴にも似た声を上げた。

 傍らのナニガシたちも、また同じだった。


 夜の帳の孤島中に。

 彼女たちの叫声が、響き渡った。


 ……


 ……暫しの、沈黙。


 ……

 

 だが。


 ……


 ……?……

 

 ……

 

 ……何かが、おかしい。


 ……穂先を突き刺された間牛は……

 倒れる事無く、立ったそのままの体勢で、ピクリとも、動かなかった。

 

 そして、見ると……

 槍を突き出したニラネギの顔は何故か、いつの間にか血の気が引き、蒼白となっていたのだ。


「……?んん……?」


 ……

 一体、どうしたというのか。

 

 その光景に、不審に思ったナニガシが。

 突かれた間牛の胸元を、ちらりと覗き込む。


 ……

 

 途端。

 彼女は仰け反る程に、仰天した。

 

 ……なんと。

 槍の穂先は「突き当たっている」だけで、間牛の胸を全く貫いてはいなかったのだ。

 

 しかも、それだけではない。

 どういう訳か、なんとそこから血の一滴すらも、流れてはいなかったのである。


「「な、なにィィーーッ!?」」


 そのナニガシと同じく。

 その場の一同、皆仰天する。


 ……

 

 そんな馬鹿な。

 

 先程繰り出されたニラネギのこの槍の切っ先は、渾身の力を込めた、強烈な一突きであった筈……

 槍の穂先は当然、鋭利な刃の先端である。

 それが人体を、貫かない筈が無い。


 ……当のニラネギは勿論、そう思ったことだろう。

 そして、場のその他全員も同じく、そう思った。

 常識的に、そう考えるのが当然であるからだ。


 だが更に、その次の瞬間だった。


『パキイィィン!!』  

 

 間牛の胸に突き当たっていた穂先が音を立て、へし折れたのである。


「「ゲェーーッ!?」」


 一同皆、目ん玉飛び出さんばかりの驚き様だった。


 ……


 ……

 ……一体何故、槍が、間牛の胸を貫かなかったのだろうか。

 そして一体何故、挙句に、木っ端の如く折れたのか……?


 ……

 

 その答えは、簡単だった。


 間牛の胸の筋肉が、槍の穂先よりも硬かったからである。

 ただ、それだけのことであった。


 ……単純明快。

 

 漢の筋肉に、刃など立ちはしない。

 漢の筋肉は、槍など通さないのだ。 


 漢の胸板は、鋼鉄よりも強靭なのである。


「「ぬうううぅーーーッッ!!貴様アアァァァーーーッッ!!」」


 直後、憤怒する間牛。

 全身の筋肉が大きく怒張する。

 その怒りの形相は、おおよそ、仁王か修羅の如き様であった。


 ……

 他の仲間たちが逃げていく中。

 果敢にも、たったの1人で島に居残り待ち伏せし、そして襲い掛かってきたニラネギ。

 おそらく彼は、大友への忠誠心に、厚い者なのだろう。    

 

 ……だがその無謀とも言える勇気は、ただいたずらに、漢の中の漢を怒らせただけとなってしまったのだった。


「ひぃ!ひ、ひいいィーーーっ!!」


 ニラネギは間牛の恐ろしさに、思わず腰が抜けた。

 彼は這いずり、そして海へと飛び込むや、何処いずこへと泳いで逃げていってしまったのであった。


 ――


「……で。これでようやく帰れるのは良いんだけどさ。……船は無事で何よりだけど、でも間牛さんの櫂、折れちゃったんだよね?……どうやって、船を漕いでいこうか?」 

 

 ナニガシが、落書きだらけの漁船をつつきながら嘆く。

 

 ……

 間牛の櫂は、せんだってのニラネギたちとの戦いで、折れてしまっている。

 唯一の船を漕ぐ手段が、無くなっていたのだ。

 船が無事であってもこれでは、海を渡る事が出来ない。


「ざまあ(笑)」


 大友が茶化す様にせせら笑う。


「どうしましょうか……。……もしもこの島でを明かすにしても、明日また、今日の様に海が静穏とは限りませんし……。波が荒くなれば、もしかすれば数日、この島に閉じ込められるかもしれませんね……」 


 彩花が、遠く沖の空にかかる薄い筋雲すじぐもを見つめながら、言った。


 ……確かに、彼女の言う通りであった。

 今日は海が穏やかであっても、明日以降も、そうとは限らない。

 すぐの海上に筋雲すじぐもが在るという事は、翌日はもしかすれば、時化しけとなるかもしれなかった。

 もし明日、波が荒れ始めてしまったならば、静穏となるまで数日、最悪1週間近くはこの島で足止めを食わされる可能性もある。


 いくら漁船とはいえ、所詮手漕ぎの小船では、無理に沖まで出たところで荒らぐ海を行く事は難しく、そして危険だ。

 無事に陸地まで帰り着く為には、何としても今夜の内に、この孤島から出ねばならなかった。

 

「……うーむむ……」


 ……

 皆揃って、考え込む。


 だが。

 その傍らで。

 

「……」


 太い腕を組みながら、間牛は口を結び、目を瞑っていた。


 ……しかし直後。

 目を開けると、彼はナニガシたちに静かに、そして、低い声で言った。


「ふふん。……お嬢ちゃんたち。……ひとつ、忘れてねえか?俺が言った言葉をよ」

「な……何だと?……ま、まさか……!」

   

 ナニガシが眼を見開くその眼前で。

 間牛は、高らかに叫んだ。


「そうだ!俺が、泳いで船を引っ張っていってやらあ!!」

「な、なにい!」


 間牛の言葉に、ナニガシが驚く。

 

「む、無茶だ間牛さん!アンタ、死んじまうぞ!(棒読み)」 


 それに氷鶴も続く。


「そ、そうだよ間牛さん!いくらあなたでも、船を曳いてここから陸地まで泳ぐなんて、無理だよ!(棒読み)」


 ……

 何故か2人とも、その言葉は演技がかっている。

 

 間牛は叫ぶ。


「お客さんたちを、無事に運んでってやるのが、俺の仕事だ。やり遂げなきゃあ、男がすたるってもんだぜ!俺に、任せときな!!」


 威勢良く言い放ちながら、彼は分厚い胸板を、ドンと叩いた。


 ……


 なんとも、無茶苦茶な事を言っている。

 この孤島から最も近いであろう陸地は、ちょうど出発地点である漁村の辺りだ。

 それでも、おおよそ15里(約60キロメートル)程の距離はある筈である。 

 それを、5人乗り込んだ船を曳いて泳いでゆくなど、常人には到底叶う事ではない。


 ……だが、しかし……

 間牛の、その自信に満ちた様と言葉は何故か、「この男ならばやってくれるに違いない」という、謎の信頼感と安心感があるのだった。

 その、霊長類ゴリラの様な筋肉のせいであろうか。


「ま、間牛さん……!ア、アンタって奴は……!(棒)」

「間牛さん……!ボクたちのために、そこまでしてくれるなんて……!(棒)」

 

 ……


 ……

 先程から何故か、その言葉に芝居がかっている、ナニガシと氷鶴。

 

 傍らからそんな2人のその様子を見て、美月と彩花が耳打ちし合う。


「なにこれ……。なんでこんなに、茶番劇みたいになってるの……?」

「……お2人とも、こういうのがやってみたかっただけでしょうねえ……」


 ……要するに、間牛ならば何とかしてくれるだろうと、ナニガシと氷鶴は初めから期待していたという訳なのだ。

 彼に対する、謎の信頼感と安心感である。

 

 美月と彩花は、呆れ顔となっていた。


 ――


 岩の岸辺に浮かんだ漁船の上には、すでにナニガシたち4人が乗っている。

 ナニガシが、船上から間牛に言った。


「……間牛さん。アンタを信じて任せるよ。……アタシたちを、陸地にまで運んでくれ」


 その間牛はすでに、水中に在った。

 彼は水面から顔を出し、ナニガシたちに、ニヤリと笑んで応える。


「おうよ!任されたぜ!さあ、しっかり掴まってな!」


 彼のその体には、縄が巻きつけてある。

 その縄のもう一方の端は、船の舳先に結びつけられていた。

 こうする事で、丁度馬車馬の様に、間牛が船を引っ張っていくという寸法なのだ。


 ……

 だが、船の上にはナニガシと美月、そして彩花と氷鶴の、4人しか乗っていなかった。

 大友の姿は、そこには無い。

 

 彼が今、どこに居るのかというと…… 


「……えーと……。あの……なんで、俺まで泳がなきゃならないんだ……?」


 間牛に続き。

 水中から、大友が顔を出した。

 

 ……彼の体には、間牛と同じ様に、縄が括り付けられていた。

 それに不満を露わにするかに、大友はじろりと、間牛を睨む。


「ごちゃごちゃ言うな!この落書きの弁償代わりに、お前にも手伝ってもらうからな!」


 間牛が怒鳴る。

 

 彼が泳いで船を引っ張るのを、大友も、手伝いとして駆り出されていたのだ。

 船へ悪戯をした手下たちの代わりに、親分の大友が、謝罪として穴埋めをさせられるという訳である。


「くそっ……!……あいつらが余計な事しなけりゃ、こんな事には……!」


 舌打ちする大友。

 彼の恨み言を聞き流しながら、間牛は威勢良く、大声で叫んだ。


「ぃよっしゃあッ!!準備はいいな!んじゃ、村に向かって、出航だ!!」 


 大きな体躯をザブンと水中へ沈めるや、彼は、勢い良く泳ぎ始めた。


「うおおおおおっ!!」


 その間牛に引っ張られ、船の舳先は、ゆっくりと水面を割りだしていった。

 徐々に徐々に、船体は、前へ前へと進みだす。


 そして次第に、その速度が増してゆく。


「うおおおおおっ!!」

「ち、ちくしょおおおおおっ!!」


 間牛と、そしてその横で、ヤケクソ気味に泳ぐ大友。

 彼ら2人に引っ張られ、そしてついに、船は海を進み始めたのだった。


「おおっ!すごいぞ間牛さん!これなら、無事に帰れそうだ!」


 船は加速していく。

 ナニガシが後ろを見ると、ともから水面に白いみおを引き残し、背後に在った島の姿は、どんどんと離れていっていた。


「うわー!すごいすごい!人が曳いても、船ってこんなに速いんだね!」


 そして、舳先に身を乗り出している氷鶴は興奮気味に、眼を輝かせていた。

 

 ……

 そうするうちに、島は見えなくなっていき、船は、沖へまで進み出てきた。


 必死に、間牛と大友は泳いでいる。

 ナニガシと氷鶴は、船の乗り心地を楽しみ、興奮しながらはしゃいでいる。


 ……


 その中。

 美月が、ぽつりと呟いた。


「……あれ?……大友さんの、あのおっきな軍船って……確か、櫂がいっぱい付いてたよね……?」


 ……


 それを聞き。

 その場の一同は気が付いた。


「「あ」」


 ……


 何も、こんなに必死に、間牛が船を曳かなくてもよかったのだ。

 ……何故ならば、大友の軍船に備えられている櫂を、使えば良かったのだから。


「……」


 ……気付いた時には遅かった。

 沖に出てから一刻いっこく(2時間)程と、もう随分な距離をやって来てしまっている。

 ここまで来て今になって、もはや、引き返す事など出来なかった。


「……」


 ……

 皆、黙り込む。

 『ばか』やら『あほ』やら『うんこ』やらが書かれた船を引き摺って、間牛と大友は、必死に泳ぐのだった。


 ――


 明け方。

 薄暗い朝日を浴びながら、ナニガシたちは、出発地点である漁村に帰り着くことが出来た。

 

 大友は、村の牢に入れられることとなった。

 国府から役人を呼び寄せ引き渡すまでの間、村でその身柄を預かることになる。

 彼に懸けられている懸賞金については後日、折半したのちに間牛が飛脚によって、ナニガシたちに届ける手筈となったのだった。


 ……

 漁村に戻ってきたナニガシたちは、また再び、間牛の宿へと向かう。

 

 その途次。

 美月がぽつりと、そしてぐったりと疲れた様子で、ナニガシに呟いた。


「……ねえ。お姉ちゃん……」

「……ん?……何かね、美月君?」

「……私たち……海をぐるっと回って、『海坊主』とか海賊さんたちに会って、そして結局……また、この村に戻ってきちゃったんだね……」

「……まあ……大冒険しただけの1日だったってことで、良しとしようぜ……」


 ……そう言ったナニガシも、ぐったりと疲れ果てた様に、身体を引き摺って歩いている。

 そして、傍らの彩花と氷鶴もまた同じく疲れきり、その足取りは重かった。


 元気なのは、間牛だけである。

 宿に帰るなりドカドカと朝メシを喰い、そしてその後、いつもの如く豪快な笑い声と共に、漁へと出かけていった。

 船を曳いて夜通し泳いできたにも関わらず、そのデカい笑い声は、いつもと何も変わりはしなかった。


 藍色のせたくたびれた暖簾をくぐると、宿の女将の笑顔に再び、出迎えられる。

 こうして、ナニガシたちの長い長い1日は、心地良い疲労感と共に、終わったのであった。


                         【第十二話 了】

  

お読みいただき、ありがとうございます。


今回で、100エピソード目となりました。

この作品はこれで、ストーリーの序盤が終了となります。


次回から、物語は中盤編へと入ってまいります。

続くナニガシたちの旅は今後、山となるか、谷となるか……

どうぞお楽しみに!


励みになりますので、ブックマークや評価などしていただければ幸いです。

是非、よろしくお願いいたします!


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