浮かぶ人Ⅰ
「さて、じゃあどこから探そうか?」
折角、日陰のある場所でゆっくりして回復した私の体は、たったの数時間では何も変わらない猛暑の中で悲鳴を上げていた。
もう帰りたい。
そんな思いしか私の心の中にはなかった。
「ふむ、そうだね…とりあえず、その話の舞台となった山を見に行くのがベターかな?」
「う~ん、私としてはその話をしてくれたっていうお爺さんも気になるかなぁ」
「ああ、確かに。あとは、その青い花というのも気になるが…青い花というだけじゃ分からないな……この地域に自然に生える花で青いものってどんな種類があるんだい?」
「さぁ?私もそういうのには疎いからなぁ」
帰りたいのに、全く帰るつもりのない二人組に捕まっているので帰るに帰れない。
確かに零さんがしていた話は興味深く、基本的には自分から動くのを面倒だと思う私でもすこしワクワクしたのは否定しない。
だけど、それは別い今じゃなくてもいいだろう。
すでに日はてっぺんから傾き、明るい時間が長い季節だと言っても、もう外を灯りなしに活動するのは難しい時間になりつつある。
そんな状態なら、いっそ今日は解散して再度集まればいいのだ。
それなら、私はこの暑い中外に出る必要もないし、結果は後からゆきとかに聞いておけばこの興味も落ち着くだろう。
つまりは私にとってはここでこうやって、噂の”白い少女の幽霊”とやらを探そうと意見を出し合っている二人が異常にしか見えないのだ。
これでは怪異を探す、この二人がそういう怪異にすら見えてくる。
「う~ん調べたいことが多すぎるなぁ...ね、ちよはどうするのがいいと思う?」
「え、帰ればいいと思う」
「...ほらほら、ゆきは君の親友なのだろう?そう無下にするもんじゃないよ?それで、ちよの意見は?」
「帰りたい」
「...ダメだ!ちよが何が何でも帰りたいモードに入ってる!!」
「...説明の要らない名前のモードだねぇ」
そんな怪異が怪異を見るような目で私を見る。
失敬な。
私は健康優良な、一般的現代っ子として平均的な意見を述べているはずだ。
基本的に辛い、めんどくさいようなことは避けて、たとえノリが悪くとも自分のその感覚に従って動くのはまさに現代人だ。
そもそも、こんな夏の真昼間から外に出ているだけでも相当だと言うのに、今日は学校に行って、人を拾って、神社に行ってと結構なスケジュールだ。
ここから幽霊探しなんて、たとえ今が夏休みだとしてもあまりにもハードスケジュールが過ぎる。
私なんかがそんなスケジュールをこなしていたら、明日には溶けていなくなってしまう。
「じゃ、とりあえずこうなったら虱潰しだ!!」
「おお、いいね!私はそういう悩んだら即行動という考え方好きだよ」
「えへへ、照れますなぁ」
「結局、帰してはくれないのね...」
丸っと私の意見はなかったかのように、話を進める二人に私は少しばかりの恨みを込めた目線を送る。
二人はそんな私の視線を浴びて、急にそれはそれはいい笑顔になった。
なんで?恨まれて笑顔になるとかどんな神経してんの?
「大丈夫!分かってるよ…ちよは暑いのが嫌なんだよね…」
「分かってるなら帰して欲しい…」
「そうだね、確かに体力がある様にも見えないしな」
「行き倒れていた人に言われたくないけど…」
「だから、ちよには青い花について調べてもらおうかな?」
「花について?」
もう、半ば私の言葉が聞こえていないんじゃないかとすら思える程にスルーして、さもいい事を言った風に自然と私も調べものに参加する前提で提案してくる。
もういっそ怖いよ。
なんで、ここまで話が通じないんだ。普段のゆきはもう少しだけ話が通じ子だったと思うけど。
まあ、それも今のこのハイテンションに比べたら少しだけという話だけど。
うん、なら仕方ない気がしてきた。
「そう!花!!正直、あの怪談じゃどんな花なのかさっぱりだけど…この地方の花で青色ってことならある程度絞れるでしょ?だから、図書館とかで調べてくれないかな?」
「え、めんど…」
「でもでも、図書館なら涼しい館内で、座って図鑑とかとにらめっこするだけでいいんだよ?」
「ぐ…」
「それとも、このまま私たちと街の中を散策する?」
「それは……いや、違うよ。そもそも、なんで手伝う前提なのさ」
危ない、涼しい館内でのんびりすることの誘惑に負けそうになったけれど、すんでのところで正気に戻る。
私は確かに幽霊の話は気になるけど、所詮は怪談。噂話、一夏をそれに費やすことなんてしたくないし、得てしてこういう話のオチは詰まらないものと決まっている。
だから、私はそのオチを誰かから聞くだけでいいのだ。
いいとこどり?乞食?なんとでも言えばいい。
私は一般的な現代っ子として、与えられた情報を与えられるままに美味しくいただくのが性に合っているのだ。
「なんでって、そりゃ、そもそもクセイアの物語集めを手伝い始めたのはちよでしょ?」
「...…あ~」
そう言われて、ようやく私が関わるのが前提になっていた理由を思い出した。
確かに、クセイアを拾って、その話を聞いて、物語集めに役立つと思ったからゆきを紹介した流れだった。
あまりにもクセイアとゆきが馴染んでいたから、最初っからその二人で始めたことだと勘違いしていた。
よくよく考えたら私のせいか...…
「ふむ、もちろんこれは私の個人的なお願いであって、君たちに手助けしてもらわなければならないわけでは決してないが…」
クセイアはそこで言葉を切ると、意地の悪そうな表情を浮かべて続きのセリフを口にする。
「…ちよ、君は自分から提案したことを投げ出すような人間なのかい?」
ああ、もうズルい。
これはズルいだろう。ここで、「そうだ」と言うのは簡単だけれど、それには失望がセットになる。
何度でも言う。私は普通の人間だ。
世間一般的な、標準的で普遍的な現代っ子なのだ。
確かに、普通とは言い難い、普通と形容してはいけない、させない経験をした。
それでも、私が何か変わったとは全くもって思わない。
だから、私は普通の現代っ子だ。
そして、現代っ子は周りの目が怖いのだ。
どう思われているかが、自分を形成する。
だからその言葉はズルい。
それはきっと、唯一現代っ子にやる気を出させる魔法の言葉なんじゃないだろうか。
「...…分かった。分かりました。手伝うよ」
観念した私は、まさに追い詰められた犯人かなにかのように体中の力を抜いて、もうどうにでもなれと投げやりに答えた。
私のその言葉に満足したのか、二人は小さくハイタッチまでしてる。
まったく、私の評価を人質にしたくせに楽しそうにしちゃってさ。
「それじゃ、図書館よろしくね?飽きたら、私たちの方に来てもいいよ?」
「嫌だよ、暑いし...…」
「だよね!ま、無理しなくてもいいよ!!今日はそれで、そのまま解散しよっか?」
「いいね、今日はきっと調べていたら遅くなるだろうしね」
「うんうん...…あ!クセイアってこの街には旅行で来てたんだっけ?何か予定とかは大丈夫なの?」
「ん?ああ、そういうのは気にしなくてもいいよ...…いくらでも調整が効くからさ」
どうやら、話はまとまってしまったようだ。
正直、今でも面倒な気持ちは変わらないけど、一度いいと言ったことを反故には出来ない。
私はこれでも、優等生で真面目で友達想いで通っているのだから、その評判を落とさない様にしないと…
「それじゃ、おのおのの収穫に期待して~解散!!」
「お~!」
「おー...…」