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「え?なになに?零さんとクセイアって知り合いなの?」
ゆきの驚きの声が、静寂とか静粛とかそんな言葉が似合いそうなこの場に響く。
どうやら、ゆきはこの二人の事を知っていた訳ではなく、本当に偶然連れてきていたようだ。
「ああ、ゆきちゃんもククを知っていて連れてきたわけじゃないんだ?」
「ビックリしたよ。どっきりか何かかと思っちゃうくらいには本当に久しぶりだったから...これはこの街に来たのは正解だったかな?」
二人もこの出会いに驚いており、この偶然に喜んでいるように見えた。
クセイアは明らかにこの金髪の巫女さんがいることに心を躍らせているようだった。
それはまるで、これから面白い事が起こると予感している子供の様だ。
「ともかく自己紹介だ。ほとんど知り合いとは言え、一人だけ知らないというのは疎外感を与えてしまうからね...それはよくない」
「え?あ、はい。ありがとうございます?」
巫女さんが、そう言って私に向き直る。
確かによく考えてみると、この巫女さんからしたら全くの初対面で名前も知らないなんて人間は私しかいない。
つまりは、本当ならきっとゆきがするつもりだった紹介が少し躓いたということ。
そんな微妙な空気を察して、巫女さんは丁寧に腰を折りながら自己紹介をしてくれた。
「初めまして。今はこうしてここの神主というか、巫女というか、まぁ管理人をやっている天使 零という。基本的にここを離れるという事はないから、用事がある時はよろしく頼むよ」
なぜか「今は」を強調して言っているのが気になったがその丁寧な挨拶に私も慌てて返す。
「あ、初めまして。そこのゆきの同級生でクセイアとは成り行きで一緒に行動している者です。知り合いからはよく「ちよ」って呼ばれているのでそう呼んでください」
「...?ふぅん?なんとも変わった子だね?」
「そうですか?」
「あ、零もそう思ったかい?」
「ああ、こういう人間は稀有だねぇ」
なにやら二人から不思議なものを見るような、珍しい物を見たような反応をされる。
今の私ってそんなに変わったことをしただろうか?
普通の挨拶だったと思うのだけれど...?
「それで、今日はどうしてこんな寂れた神社にやってきたんだい?女の子が集まって姦しくなるような場所ではないと思うのだけれど」
「...ああ!そうそう、こっちのクセイアがね?この街の話を聞きたいって言うからこの神社の話をするついでに観光案内的な事を少々」
「話を...ね。相変わらずだねクク」
「いやあ。この生き方は全くもって変わることはなかったね、変えるつもりもないけれど」
特に疑っていたというわけではないが、こうして二人の間でだけ通じる話をしている姿を見ると、本当に旧知の仲だったんだと思う。
その相変わらずという言葉もまた、やはり昔のクセイアを知っているからこそ出てきた言葉に違いないのだから。
「私も変えろなんて上から目線で言えるような立派な存在じゃないけれど...君はもう少し未来を見てもいいと思うよ?」
「…そんな何もしなくても勝手にやって来るものにリソースを割くくらいならもっとたくさんの過去と今に目を向けるよ」
「そうかい」
それは、なんと言うかクセイアの事も零さんの事も碌に知らない私からすればなんとも反応に困るやり取りだった。
きっと、これは二人の中に築き上げられた仲に基づいたとっても大事な話なのだろう。
それを理解できない私とゆきは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
どうやら、この状況に少しの気まずさを感じていたのは私だけじゃなかったみたいだった。
コミュニケーションが基本的に体当たり気味のゆきですらこうなるのだから相当だろうな。
「ま、いいよ。ゆきちゃんが連れて来たって事は、二人とも御神体を見に来たんだろう?」
その雰囲気を察して零さんが話題を変える。
先ほどの自己紹介の流れもそうだったけれど、零さんは随分と空気を読むのが上手い人の様だ。
…微妙な空気にしたのもその零さんだという事に目を瞑れば、とても頼りになりそうな感じの人だった。
「そう!流石、零さん!!よくわかったね!」
「そもそも、君が話せるこの神社の事なんて...私に関する噂か、御神体についての話しかないじゃないか」
「それはそう!」
「全く、君はいつも元気だね。...さぁ、こっちに来るといいよ。見せてあげるから」
優しさと怪しさを同居させた不思議な笑みを浮かべながらも、零さんはお社の中へと案内してくれる。
こういうのってこんな簡単に入っていいんだっけ?
神社という建物に普段はとんと縁がなく、全くと言っていいほどそのマナーやらが分からない。
そんな風に入るのを躊躇っていると、何も気にしている様子を見せずに他二人がズカズカと上がりこんでいく。
「お邪魔します!」
「失礼するよ」
「えぇ...」
いいんだろうか?
そんな肝の細い私の考えはこの場では圧倒的マイノリティで、一人取り残される結果になってしまった。
「ほら、ちよちゃんもおいで?あの二人は確かにちょっと自分本位だけれど、管理人の私がいいと言っているのだから遠慮しすぎるのもよくないよ?」
こちらの心を読んでいるのかと疑いたくなるほどに察しのいい言葉に驚く。
しかし、ここは零さんの言っていることが正しい。
ここでいつまでも立っていたって何も始まらないし、解決しない。
悩んでいるのも馬鹿らしく、解決する方法は結局のところ、零さんの言葉に従って中に入る事だけなのだから仕方がない。
「おいで?」
そう言って手を差し伸べる零さんの表情はどこか優し気で儚げで、今にも消えてしまいそうなところが造り物めいていて、何よりも人間味を感じさせないそれに怪しさを感じていた。
「え...と、お邪魔します?」
「うん、いらっしゃい」
それでもその怪しさと妖しさに、中てられた人間はよくある物語のように抗うこともなくその魔の口へと足を運ぶのだった。
なんて、雰囲気に中てられてよく分からない思考をした気がするが、入ってしまえばなんてことはないただの日本家屋と言った風の内装だった。
神社という事で過剰に身構えていたが、その特別な場所だって印象を与えてくるのは今のところ入って正面奥の一画。
明らかに何かをそこに安置していますと言った棚に、これでもかと飾りとよく見る榊の葉。
そして、何かしっかりとした造りに見える木箱が置かれていた。
言われなくても分かる。そこに御神体が祀られているのだろうと。
それは入っただけでは何が祀られているのかは伺い知ることはできなかった。
いくら管理人である零さんが親しみやすい人だからといって、御神体まで入っただけで見える位置に適当に置かれている訳はなかった。
「さて、もったいぶるようなものでもないし...さっさと見せてあげよう」
「やった!」
「ふむ、こういう経験は貴重だね。知り合いが神社の関係者やっていて助かるな」
「えぇ...」
なんだかさっきから同じリアクションしか取れていない気がする。
いや、同じリアクションを取らせるような事を何度もする二人のせいだけれど。
しかし、心の中で流石に御神体にはちゃんとした対応しているんだと思っていた私に零さんは謝ってほしい。
そんな軽いノリで見せていい物なのかな?
「よっこいしょ...全く、こんなに厳重にしていると取り出すのも一苦労だな」
そんな愚痴?をこぼしながらそこまで高くはない身長の零さんは、その身長と比べれば少しだけ高い位置にある棚から木箱を下ろして、その中身を取り出す。
「...…っ!!」
そして、箱から取り出されたのは白銀色の刀。
柄も、鍔も、その鞘も、全てが白銀に輝き、そして控えめな翼の意匠が施された、まさに神聖と言うにふさわしい一振りの刀。
正直、刀の良し悪しなんてものは分からない。
それの美術的な価値も、歴史的な価値も、それを推し量るだけの知識も感性も持ち合わせていないからだ。
ただ素人なりに、その刀の美しさの本質はきっと刀身なのだろうと思っていた。
しかし、その刀は刀身を見るまでもなくその価値を伝えていた。
否、その刀身を見るだけの勇気が出ないほどというべきだろうか。
明らかに、違う。いわゆる「格」が。
ただの人間がそれに近づいてはいけないとすら思わせるその刀は紛れもなく神社に眠るべくして眠っていたのだった。
「...どうだい?これが、この神社の御神体。神のその一端として祀られし刀。銘を『遍在刀・偏り』」
遍く偏る、なんて一言で矛盾したような名前の刀に、しかしその矛盾を背負うだけの力を感じさせていた。
「やっぱり…キレイ…」
「…やっぱり見に来てよかった」
一度見たことのあるゆきはその瞳に刀の輝きを全て移しこんだようにキラキラと輝かせて小さく呟き、私と同じ初めて見たはずのクセイアは、きっと私よりも色々な事を知っている彼女の事だ。
私には分からない刀の価値を理解しているのだろう。
ただ、見れた事の幸運を喜んでいた。