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Page  作者: 時ノ宮怜
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1頁-Ⅲ

 見慣れた玄関。

 今時、引き戸の田舎にある古い家であるということが丸出しな家。

 その鍵を開けて中へと入る。

 大したことはない。いたってありふれた生活感と少しばかり古風な置物がある玄関。今まで生きてきた18年間で馴染んだその光景。

 そこにいつもとは違う色があった。


「こういう時ってお邪魔しますでいいんだっけ?」


 クセイアがかなり流暢な日本語でそう話しながら深海色の深いブルーアイを黒髪の向こうから輝かせる

 今まで違和感ない日本語で会話していたから全く疑問に思ってなかったが、クセイアはその名前からもわかる通り海外の生まれだろう。

 髪は黒髪で日本人との差異はないがその目は日本人離れしており顔のつくりも全く違う。しかし言語が通じるせいでというか、おかげというかそういう気がしなかったのだ。


「日本語上手だからそういうのも知ってるのかと思った」

「日本語は独学だからね、こういうマナー的な言い回しは難しいや」


 なんて言いながらクセイアを伴って我が家の中に入る。

 特別大きいわけではない普通の一軒家。

 古い家あるあるなのか急すぎる階段や、和室が多い間取りなどはもはや愛嬌の分類だ。

 リビングとして使っている和室へ案内して扇風機を回してから座ってもらう。


「少し待っていて、ごはん用意してくる」

「?君が用意するの?」

「うん、今うちに誰もいないから」


 さて、冷蔵庫の中には何があっただろうか。

 自分一人だった場合は適当に済ませるつもりだから二人分。それも客人に振舞うような物になると少し難しい。

 あまり買い溜めもしてないためあまりメインに使えそうなものはなかった。

 多めに炊いて置いた米と何にでもつけるような万能な食材が少し。


「炒飯もどきかな」


 手軽に作れる炒め飯にすることにした。

 フライパンを取り出し、油を引いて火にかける。

 温度が上がってきたら卵を落として全体が黄色くなるように混ぜながら焼く。

 ある程度固まってきたらごはんを入れて、ほぐすように炒める。

 火が通って来たら、中華風粉末出汁と塩、胡椒を入れて混ぜる。

 刻みネギその他具材を投入したらまた火が通るまで炒めて完成。


「おまたせ、出来たよ」


 クセイアのもとに料理を運ぶ。

 てっきり座って待っているかとも思ったが、クセイアは和室の一角に飾られている写真を見ていた。

 私の母の写真だ。


「この人、君に雰囲気が似ているね。お母さん?」

「うん、そうだよ」


 少しだけ、声のトーンが落ちてしまう。

 あまり大っぴらに話すことでもないから、その話題から外れるようにしたくてそっけなくなってしまう。


「ほら、冷めちゃうから食べよう」

「...うん、ありがとう」

「「いただきます」」


 出来たものを口に運ぶ。

 少しばかり味付けを間違えたかもしれない。味が濃く感じる。

 だが、大量の汗をかいた後だからかその濃い味がとても体に気持ちいい。


「どう?少し濃すぎたかな」

「全然、美味しいよ」

「そう」


 とりあえずは大丈夫みたいだ。

 そこからは特に話もせずに二人、スプーンだけを動かしていた。

 扇風機がカラカラ回り、開け放たれた窓から外の蝉の声が運ばれてくる。

 外の風は多量の湿気を含んでおり、ひと雨来そうな感じだった。


「そういえば今日は雨が振るみたいだけど、夕方曇り空になっていたらどうするの?」


 興味本位、そして心配も含んだ質問をする。


「どうもしないよ、明日でも明後日でも待つさ。私に時間は余るほどにあるからね」


 それは少しの拒絶と遠慮、そして事実を述べている様な声色。

 純然たる事実として時間が有り余っているのだと感じさせる重さが今の言葉には込められていた。

 そのことに気が付いていても、踏み込むことはできない。

 何故だか放っておく事ができずに普段はしないお節介を焼いていたが、所詮私は今日偶然出会っただけの他人であり、クセイアとは何も関係のない人間なのだ。


 先ほどの写真、自分の事を話さない人が他人にものを言えるわけがないのに。

 それでもと欲張るのはここ最近の私の周囲の劇的な変化によるストレスなのだろうか。

 それとも、何か人のためにすることで自分を誤魔化したいのかもしれない。


「「ごちそうさま」」


 二人ともほぼ同時に食べ終わる。

 かたずけはさっと終わらせて、麦茶を入れてのんびりとする。


「そういえば、どうして”誰かにとっての面白い話”を知りたがるの?」


 ふと思いついた。そういう風を装って、話題を必死に探していた中で気になったことを聞く。


「う~ん、そうだな」

「あ、言いたくないことなら言わなくていいけど」

「いやいや、そういうのじゃないけどね」


 どう説明しようか、と小さく小首を傾げながら考え込む。

 私は必死に考えた話題の感触が悪くて、内心では(失敗したかも)と焦っていた。

 時間にしたら極わずか、数秒もない数瞬の思考だったろう。

 私にしたら後悔には十分な時間、黙って考えていたクセイアは口を開く。


「君にとってさ、世界ってなんだい?」


 それは予想とは全く異なる質問。

 私の問いに対する答えの前に必要な問答。

 私の動揺を少しだけ楽しそうに、そして真剣にクセイアは見守る。

 この回答は慎重に、そしてしっかりと返さなければならないというプレッシャーすら感じていた。


 カランッと温度差によって氷が割れてコップを叩く音が聞こえる。


「世界...か、考えたこともなかったけど」


 嘘だ。あれから幾度となく考えていた。


「強いていうなら理不尽?」


 これは本心。こんな短い人生の中で何度も何度もあった理不尽。

 それが世界の姿なんだと感じずにはいられない、それしか信じられない。


「君にとって、美しさってなんだい?」


 私の回答に対しての感想や批評すらなく続いたのは哲学的な質問。

 二回目の唐突な質問は、最初ほどのインパクトはなくて私を冷静にさせてくれた。


「美しさは人生を豊かにするために必要な物だと思う。多分」


「君にとって、君とはなんだい?」


 ここで(君という言葉の意味か?)なんてふざけた考えも浮かんだが、そんなことがないことは分かり切っているし、真剣な表情を変えないクセイアに対して不誠実だと感じたのでその考えはなかったことにする。


「私は、私。それ以上でも以下でもないと思うよ」

「そっか、いい答えだね。とてもいい感性を持っている。私たちの世界観(コスモロジー)では手に入れる事が出来ない答えだ」

「コス?ん?」

「ならその君のその価値観は全人類にとって不変だと思うかい?」

「それは……ないんじゃない?」


 それはそうだろう。これは私がこの短い人生を生きて、感じて、培った価値観だ。

 たとえ、私と全く同じ経験をして、全く同じように人生を生きたとしても似た価値観にはなっても同じにはならない。

 全く変わらないということはありえないと思う。


「そう、不変にはなりえない!だからこそ面白いと思ないかい?」

「面白い?」

「だって、同じ物語でも語り手によって話の流れは全く変わる!同じ語り手でも聴き手によって受ける印象は全く変わる!なら、私はそうと思わないだけ、世界が君以外の全人類がそうと思わないだけで楽しく、悲しく、美しく、悍ましく、素晴らしい物語があるかもしれないだろう?」


 クセイアは声高にその言葉を紡ぐ。

 それがまるで万金のごとく価値のある事なのだと謳う。

 だが、それは確かに納得のいく言葉だった。

 私はつまらないと思っても誰かにとってはかけがえのない大作なのかもしれない。

 それは私じゃないその誰かにしか分からない物語だけれど、それを少しでも知れるなら。それを少しだけでも理解できるのなら確かに、それは素晴らしい事なのだろう。


「だから、私はそれを探しているんだよ」


 興奮した気持ちを落ち着けるように、胸に溜まった空気を吐き出しながら最後にそれだけを付け加えた。

 ああ、よくわかった。このクセイアという少女は変わっているのだ。

 例え、今目の前で見せられた情熱の欠片ほども理解されなかったとしても何も気にしないのだろう。

 ただそれが自分にとって何よりも大切な命の火だと、迷うことなく信じているのだろう。

 だから、クセイアは私に聞かせているのだ。

 偶然会っただけの私。だけど、少しだけ縁が出来た私。

 そんな私のほんのすこし深いところにあるこの迷いを見透かして聞かせてくれているのだろう。


 私にとってはそれは拷問のように心を蝕む優しさだった。

 思わず逃げ出すほどに。


「…それなら、一人心当たりがあるんだ」

「心当たり?」

「そう、多分…この街で一番昔話とか伝承話に詳しい子を知っている」

「へぇ?」


 私は逃げ出す方法として、話題を私から物語の話に戻すことにした。

 それに、きっとあの子ならクセイアの知りたい話の一つや二つ知っているという確信もあった。

 どうせ今も元気に街の中を駆け回っているだろうし、軽く連絡を入れて問題なさそうなら会いに行くのもいいだろう。

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