忘却の少女Ⅶ
外は相変わらずの灼熱。
正午を過ぎて太陽は頂点を通り過ぎて、これから斜陽へと向かおうとしている。
だと言うのに、この暑さ。
家を出る前まではなんとか自分を騙せていたが、一歩外に出れば現実は容赦なく私を責め立てる。
「暑い...」
「そりゃ、お昼を過ぎたばっかだしね」
クセイアの正論が私に突き刺さる。
いや、本当に舐めていたというか。
ちょっと考えが足りなかったというか。
らしくない事をしたつけが早速やってきているというか。
「ほら、こっちこっち!」
「う、うん」
ゆきがサラの手を引いて先導する。
その姿からは暑さによる疲弊を感じさせることはなかった。
まるで、子供が毎日をただひたすらに楽しむように。
明日を怖がることを知らない子供が、ただその時を楽しむようにはしゃいでいた。
「なんというか...」
「羨ましいのかい?」
「どうだろう」
あの姿を羨ましいと私は感じているのか、それは分からない。
だけど、あの姿がとてもいい物だと思った。
実際にはきっと、あの二人だって色々なことを感じて、思って、考えているはずだ。
ゆきはああいう子だ。
ああいう言動をする子だ。
だから友達も多い、街に知り合いも多い。
いつも笑顔を絶やさないようにする子だ。
だから、勘違いされることも多い。
彼女は彼女なりに、ちゃんと生きている。
この年になるまで、ちゃんと。
それは良い悪いという話ではなく、どれだけの経験をしたかという話。
ゆきにはゆきなりの悩みがあって、考えがあって、そこにはちゃんと意思がある。
一見して考えが足りないような、口や頭よりも行動がでるような性格は、彼女なりのこれまでが詰まっている。
サラは言うに及ばず、その境遇も、現在置かれている現状も、そのすべてが不安だと察して余りある。
だけど、こうして傍から見ている分には彼女もまた、楽しそうにゆきに引かれている。
内心はまだまだ穏やかではないだろう。
察して余りあるとは言うものの、その実その心内の一体どれだけを私が分かっているかなんて分からない。
だけど、それが上向きの感情ではないだろうということは分かる。
それでも、こうしてゆきに引かれて笑っている。
ただそうしている。
この二人の姿がいい物だと思った。
「うん、なんかいいね」
だから、それをうらやむ心も確かにあるのだと思う。
だけど、それだけじゃない事も確かだ。
私の言葉はそれを含んだなんとも曖昧なものになった。
「そうかい」
クセイアはそれを聞いて訳知り顔で頷く。
まるで、私の思いなんてお見通しだと言わんばかりに。
「おーい、早くぅ」
なんとなくクセイアのその目に居心地の悪さを感じたら、タイミングよくゆきが呼んでくる。
見れば、サラを連れて結構な速度で歩んでいたようで、話しながらゆっくりと歩いていた私とクセイアとはだいぶ距離が開いていた。
「行こうか」
クセイアが淡く笑いながら、ゆきがサラにそうしたように私の手を引いて歩きだす。
それは今までよりも少しだけ早い速度で。
ゆきがその様子をじっと見つめて、私達が合流するのを待つ。
「早くしないと茹っちゃうよ!」
「すまない、少し話が弾んでしまってね」
「もう!どうせ、クセイアがちょっといじわるな質問したんでしょ!ダメだよ!ちよが溶けちゃう!」
「いや、そうでもないけど...」
「はは、そうだね。こんな質問はいつでもできるんだからもっと涼しい場所ですべきだった」
なんだか二人からすっごく暑さに弱い子扱いされている気がする。
いやその通りなんだけど、ちょっと大げさすぎないか?
と思っていると、私の来ているシャツの布をクイクイと引っ張られる。
サラが遠慮がちに引っ張っていた。
「どうしたの?」
「...溶けちゃうの?」
まるで、この世の何もかもを知らない無知な幼女のようにサラが私を心配そうに見上げて言った。
アレ?サラって基本的な常識の部分は無くしていないんじゃなかったっけ?
無くしたのは自身に関する記憶だけだったはず、大人の言う事をなんでも信じる子供ではないのだから、この部分についてこの反応は...
「アレは比喩だよ...暑さの表現でよく言うでしょ、溶けそうな暑さって」
「...!!そっか、私の知らない部分でそういう事があり得るのかと思った...」
「ないない、でも暑さが苦手なのは本当...嫌にならない?こんなに暑いとさ」
「...えと、よくわからない?」
サラは本当によくわからないと言わんばかりにきょとんとする。
確かによく見れば、サラはこんな猛暑の中で汗をかいていなかった。
いや、少しはかいている。
ただ肌が若干しっとりとするぐらいで、玉になるほどの、肌を伝って流れるほどの汗はかいていない。
この陽の下で、ゆっくりと歩いていた私やクセイアですら汗はかく。
むしろ、何もしていなくたってかく。
だと言うのに、ここまで歩いてきて、私達よりも少し早く運動量が多かったゆきと一緒にいて、この程度。
その姿は相も変わらず儚げで、見ているだけで空気が冷えているように錯覚するほど。
太陽の下にでた彼女はその白い服も、白い肌も、白い髪も、そのすべてが陽光を反射して家や夜に見るよりも余程輝いて見える。
体中が白いから、太陽の光を吸収せずに弾くことで熱を感じづらいのかな?
なんておかしなことも思ってしまうほどに。
それを不気味だと感じてしまい、私はその思いを振り切る。
彼女はただでさえ色々と特殊だ。
私のただの妄想で何かを決定づけることはしたくなかった。
だから、思いを思いにとどめたまま忘れることにした。
「そう言えば、ゆき。今日はどこに行くの?」
「んえ?」
話しを変えるために私はゆきに話を振る。
急に話を振られたことで変な声をゆきは出したけど、即座に私の問いに答えた。
「あれ?言ってなかったっけ?昨日クセイアを案内した時は、目的のついでだったから解説はしても中までは入らなかったからさ、住宅街方面の私のおすすめのお店に行ってみようかなって!」
なるほど、確かに昨日は神社から噂の調査と、ちゃんとした目的が別にあったからお店とかの紹介も特に中に入ることもせず口頭説明のみだった。
これなら二度目になるクセイアでも楽しめるだろう。
正直、そうしようって言いだしたものの住宅街に見どころなんてない。
名前の通り住宅が並んでいるだけだからだ。
たまに、自宅兼何かのお店のような場所があるけれど、そういうところもお年寄りが趣味でやっているだけだったりで大したものはない。
その中でゆきのおすすめがあると言う。
私もこの街には長く住んでいるが、住宅街を意味もなくふらつくことはなかったからそっちの方面にあるお店なんて全く知らないから少し楽しみだ。
「と、いうわけで!!あそこに見えるお店に行きます!」
ゆきが指を指した先、そこに在るのは本当に住宅の並びにひっそりと存在するお店。
正面がガラス張りじゃなかったらお店とは思わないそれ。
看板も大きくはなく、小さいから見逃しそうになる。
「...鉄棒古物商?」




