忘却の少女Ⅵ
「さて、家のことはこんな感じだけど...何か聞いておきたいことはある?」
あらかた家のことを教えた後に、そう聞いた。
サラはそれに対し、何かを逡巡するかのように目線を彷徨わせる。
どうやら何か聞きたい事があるみたいだった。
一緒に過ごすのなら疑問や要望は最初に聞いていたほうがいい。
それが例えどれだけ短い間だったとしても、人間関係で不満があるというのは想定以上のストレスとなる。
ただでさえ、記憶を無くしているのだ。
その原因が不明な今、悪戯にサラの負担になりそうな懸念を残すのはよくないだろう。
「何かあるなら、今のうちに聞いてよ」
そんな思いから、私は深く考えずにそう訊ねる。
しかし、サラはやはりどこか宙を彷徨うように視線を泳がせて口を開いたり閉じたりを繰り返す。
言いたいけど、言えない。
そんな様子だった。
「......ああ!」
そんな様子を傍から見ていたクセイアが唐突に声をあげる。
何かに気が付いたかのように。
そして、そっとサラの耳に何やら耳打ちをする。
「...............?............っ............ぉ?」
「.........ッ!...ッ!」
それにサラがオーバーなほど首を縦に振って肯定する。
何なんだ一体。
そして、話が付いたのかクセイアがいい笑顔で私に言う。
「気にしなくてオーケーだ!」
いや、そうではなく。
何か不満なら解消できるものは解消しとかないとだろうに、オーケーとだけ言われても困惑しか残らない。
「何を聞いたんですか、不満があるならちゃんと私に伝えてくれないと...」
「いいや、不満じゃないよ。ただの疑問」
「疑問?」
「ああ、だけど......内容は秘密さ。これは私とサラの共通の秘密というやつだ」
「えー!私には?私はダメ?」
悪戯っ子のように意地の悪い笑みを浮かべながら人差し指を口の前に持ってくるクセイア。
それに対して、ゆきが仲間に入れて欲しいと言わんばかりに主張する。
「ダメだ。どうしてもというならサラ本人から聞き給え」
「うー!分かった!ねーねー、サラちゃん。教えて!何が気になったの?」
「え、えっと......その......」
「こらこら、本人から聞くにしてもそんな不躾なのはどうなんだい?」
「えー、でもどうしたらいいのさ!ね、ちよも気になるよね!」
ちよに話を振られて答えに詰まる。
秘密と言うぐらいなのだから、よっぽど聞きにくい事なんだろう。
だから、ここはいったん諦めて、また心の準備でも出来た時に教えてもらえばいい。
そう思っていたところにゆきの暴走だ。
実のところ気になってはいる。
しかし、サラの様子から今無理に聞き出すのはなんか違うだろう。
だから、私は自分の好奇心を押さえつけてゆきをなだめることを選択した。
「気にはなるよ。でも、クセイアの言う通りもうちょっとサラの気持ちも考えなさい」
「そっかー、仕方ないね!サラちゃん気が向いたら教えてね!」
「え、と。はい...」
「心配しなくてもその内ちゃんと聞くことになるよ、ゆきも、ちよもね」
クセイアがそう言う。
きっと本当に必要なのは心の準備だけなのだろう。
だからこそ、いつか聞けると。
そう言われてしまえば、いよいよ引き下がるしかない。
そのいつかをおとなしく待つことにしよう。
「さて、それで?家の事はもう終わりなんだろう?今日はこの後どうするんだい?」
「そうだなぁ」
クセイアが空気を入れ替えるように今日の予定を聞いてくる。
元々今日は特に何をするかなんて決めていなかった。
それは、昨日の晩に急にサラを拾ったこともそうだし、何よりサラが目を覚ますか分からなかったからだ。
目を覚まさないのなら看病は必要だったから、一先ずは特に予定なんかは決めずにいた。
しかし、こうして目を覚まして歩き回れるのなら多少は外に出て見てもいいのかもしれない。
「せっかくなら街に出ようか、クセイアもいるし昨日は回れなかった方。住宅街方面を案内しようかな」
「お、それは助かるねぇ。しかし、いいのかい?ちよはこの炎天下で外に出るのは嫌なんじゃないか?」
クセイアから鋭いツッコミが入る。
いや確かにその通り、出来る事ならこのまま家に居たい。
「嫌だけど、預かると決めたならちゃんと面倒は見ないと」
それは責任の話。
例え私が直接連れ帰ったわけではないのだとしても、受け入れてしまった、引き受けてしまったからにはそれに伴う責任がある。
だから、ここは怠惰な私を少しだけ封印する。
まぁ、あとはもう既に正午を過ぎて後は段々と涼しくなっていくばかりだと言うのも大きい。
朝から出かけて、強くなっていく日差しは流石に浴びたくない。
「サラはどう?体調とか体力的に不安なら今日はここでゆっくりしてもいいけど.........」
「い、いえ!行きます!何も知らないので、少しでも知っておきたいので!」
それは、自分と言う確かな者が欠落し足りていない少女の、少しでも穴を埋めようとする悲痛な叫びのように聞こえた。
そう感じてしまった私は、何も言う事が出来ずにただ頷いた。
「はい!街の案内という事なら!私にお任せ!!」
地味にしんみりとしてしまった私の内心を吹き飛ばすのはいつだってゆきだった。
「それじゃ、行こうか」




