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Page  作者: 時ノ宮怜
2頁-丘の漣-
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忘却の少女Ⅰ

 結局、あの後何か役に立ちそうなことは出てこず、問題の少女が目を覚ますこともなかった。

 それは、私たちにできる事は何もないという事。

 すでに時間としては夜になっていたためクセイアには泊まってもらう事にしたのだが、そこでゆきが待ったをかけた。


「私も泊まる!!」


 そう力強く宣言したのだ。

 別に私としてはそれでも構わない。

 無駄に広いこの家に私は一人だったから、部屋なんて有り余っているし、使っていない布団だって沢山ある。

 それを引っ張りだすのが少しだけ億劫というだけで、泊まる事自体は全然問題なかった。

 しかし、クセイアが一人旅の最中ということである程度自由に寝泊りする場所を選べる中で、ゆきはそうではない。

 この街に住んでいるゆきは当然だが自宅があり、無断で外泊というのはなかなか難しい立場だ。

 いかにこの街が比較的穏やかで治安が安定しているとはいえ、女子高生が無断外泊してなにも問題がないなんてことはないのだから。


「私はいいけど...ちゃんと家に連絡いれてよね」

「わかった!!」


 と、そんなひと悶着があったのだ。

 まぁ、そんなこんなで私の家にはいつぶりか分からない騒がしさで夜を過ごすこととなった。

 とりあえず、二人はお昼からとは言え外にずっといたのでシャワーを浴びたいだろうし、私もお風呂に入りたい。

 だから、順番に入ろうと誰から行くかを聞いたら、


「はい!皆で入ろう!!」


 予想したとおりの言葉が飛び出た。

 私の家は普通の一般家庭だ。一人で過ごすには広すぎるとは言っても、お風呂まで広すぎると感じるほどの広さはなかった。


「いや、そんな広くないから」

「え~」


 口をとがらせて不服を訴えてくるゆきだが、こればっかりは本当なのだ。

 せいぜいが二人入れれば上々といった広さで、私としてはお風呂はゆったりと過ごした派なので、あんまり他人と入りたくはない。


 だが、ゆきはそれで納得していないのかまだ不服そうにしている。


「頑張れば二人でなら入れるだろうからクセイアと行ってきな」

「!そうする!!」

「おや、私でいいのかい?」

「もちろん!」


 私の妥協案。

 というよりは、あまりこういう事を断りそうになくて、ゆきと波長の合っているようなクセイアを生贄にしたスケープゴートでテンションをあげながら風呂場に向かうゆき。


 ゆきとは親友だと思っているが、あのテンションを常時浴び続けるのはなかなかに疲れる。

 思わずため息が漏れてしまうが、ゆきもこの非日常にテンションが上限を突破しているだけで、いつもはもう少しオンオフがあるから、そのうち電池が切れてオフになるだろう。


 ともかく、あのままのテンションだと何も準備せずに風呂に生きそうだったので、タオルだとか着替えだとかを用意して風呂場に準備してあげなきゃいけない。

 それと、今目の前で寝ている少女のケアも。




 もろもろの準備をして、水とタオルを持ってこの白い少女の元に戻ってくる。

 少女はさっと一瞥した限りでは綺麗なものだけど、服は着ていた白いワンピースのままだし、外にいたのなら汗の一つでも搔いていただろう。

 外で倒れたのならわかりづらくても体が汚れているかもしれないから、それをケアする。


 少女の負担にならない様に優しく、ゆっくりと体に触れる。

 そこで気が付くのは少女の体温。

 恐ろしいほどに冷たい。


 そう錯覚した。


 ちゃんと感じようとすれば体温はしっかりとあって、人であると認識できる。

 だけど、ほんの一瞬でも気を抜けば、この少女から意識が散ってしまえば、途端にその体温を感じられなくなる。

 冷たく、まるでそれが生き物ではなく、何か別の物のように感じられる。

 そんな不思議な感覚。

 何より、それは体温だけにとどまらない。

 手を取ってその腕をタオルで拭い、一度タオルを濡らそうと持ってきた水につけた時、気が付く。

 私はまだ少女の手を持っている。

 眠り、力の入っていない腕を支えている。

 なのに、何も触れていない様に錯覚した。

 今、私の手の中にあった腕がするりとほどけたように錯覚した。


 それに気が付いたとき慌てて、少女の手を強く握る。

 自分がうっかり手を離してしまったのかと勘違いをしたからだ。だけど、実際にはしっかりと少女の手を掴んでおり、無駄に強く握っただけだった。


 何なのだろう。

 先ほどからこの少女がここに居るということを上手く認識できない。

 いや、認識は出来ている。

 ここに確かにいるし、ちゃんと見えているし、触れられる。

 なのに、どこか透き通る様にふとした時に消えてしまいそうな儚さがあった。

 不気味な儚さがあった。


「............なんかアレの反対みたいな」


 それに思い返すのは、今日見せてもらった不思議な刀。

 あの神社で見せてもらった御神体として祀られた刀。

 一目見ただけで、否、それが取り出されたのを感じただけでその格を訴えていた刀。

 無機物であるそれに、どんな有名人も猛獣も、敵わないほどの存在感が宿った代物。

 そう、この少女はまるであの刀と真逆のようだと感じた。


 ここに居るのに、確かに触れて、感じているのに、

 分からなくなるほどに存在感がない少女。

 こうして体をふいて、整えて、世話をしている最中だというのに、目の前の少女が本当に存在しているのかを疑ってしまうような。


 まさに『幽霊』とでもいうような感覚。


 それに恐ろしさを感じる。

 あの刀と同じ、紛れもない関わってはいけない非日常の恐ろしさを感じる。

 しかし、ここに居たってあの奇特な老人の話が頭に過ぎる。


『人間の尺度で言えば、似たようなものだろうが、神だって、幽霊だって、どちらもただの人ならざるものだ』


 その言葉を思い出す。

 ああなるほど、こうして目の前に幽霊としか、形容の出来そうもない不思議で不気味な少女がいて、そこにあの御神体の刀と似た恐怖を、畏怖を感じた今でこそ身をもって理解した。


 つまり、信仰とは恐怖だ。


 そこに人ではない何かを感じたから神を見出したのだ。

 だから、あの話なのだろう。


「青い花、海の花に乗せてあるべき場所へ還す...」


 それは老人。川村さんから聞いた、白い幽霊の話の結末。その真相。

 この少女がどういった存在なのかは分からない。

 未だ目を覚まさない少女は、今のところ不可思議な雰囲気をもった少女である。

 それ以上でも以下でもない。

 例えそれが、異常な出会いで異常な感覚を覚える相手だったとしても。


 私は恐怖から目を逸らしたくて、この少女を少女であると信じることにした。


 全てはこの少女が目を覚ました時に決まることだと、今ある不安を明日へ先延ばしにした。


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