浮かぶ人Ⅳ
「青い花...…...…とはいえ、そんなもんこの世界にはごまんとある。別にバラを探す訳じゃないんだ、それっぽいのはいくらでもあるだろう...…...…それでも、この街で青い花とただ言われれば、老人連中はみな決まってあの花の事を言うだろうな」
川村さんが空気と衣を正して、語り始める。
それは、貫禄を感じさせる語り口。
流石に見た目に分かるほどの歴史をその身に刻んだ人物。
ただの昔話、噂話だったとしても...…それは重厚感と語り慣れたが故の軽さが同居した、引き込まれる語り始め出会った。
「この街...…というよりは、少しばかり古い歴史を持っていて、その町独自の風習なんかが残る場所には珍しくもないだろうが、ともかく...…...…この街には一つの昔から伝わる話がある。『海の花』と呼ばれる花の話だ」
「海の花...…...…」
川村さんが話すものは『海の花』というものについてらしい。
なるほど、確かにそれらしい名前をしている。
その花の色をまったく聞いていないのに、すでにそれが青い色をしているだろう事を想像できてしまう名前だ。
それが、神社で聞いた話とは別のお話しとしてこの街に伝わっているのなら、どこかで話が混同して伝わってきたのかもしれない。
無関係とはとても思えない。
「それは、海の色をした花でな...…この街。この海にほど近い街では、それはそれは神聖な花であるとあがめられ守られていた時代もあるそうだ」
「...…まるで守り神ですね」
「お、いい線行くなぁ、嬢ちゃん」
守り神であるから、自分たちを守るモノであるから、大事に大事に守る。
矛盾しているようで、それこそが処世術であると本気で取り組まれていた時代が確かにあったらしい。
今よりももっと信仰が身近にあった時代の話だ。
そんな時代の話のように感じて、ふと思ったことを口にすると川村さんは「いい勘している」と楽しそうにする。
「その花は神様としてあがめられた事はなかったが、神様が宿るとしてあがめられた事はあったらしいぜ」
「神ではなく、宿る物として...…御神体のような感じですか?」
「うんうん、そんな感じだ。それは海に由来していたからな...…嬢ちゃんは神というものがどんなものに宿るか知っているか?」
「はい?」
今まではただ語り聞かせる中に、私の口から出てしまった疑問に答えてくれる形での話だったのに、急にこちらに質問を振られて驚いてしまう。
驚きつつもその問いの答えを考える。
しかし、私はそういった方面の知識については素人もいいところだ。
特にそういった事に興味がないわけではないが、しっかりと調べてまで知りたいと思えるほどの興味ではない。
だから、私の口から出るのはただのイメージ。
偏見からくる、私の中のイメージを答える。
「それは...…やはり、霊験あらたかといいますか…超自然的といいますか...…...…ともかく、人間的ではない何かではないですか?」
「うむうむ、そうだな!概ね間違いではないな!しかし、正解とも言い難い」
川村さんが私の答えに満足したのか、物足りなさを感じたのか分かりずらい反応をしつつも、補足する。
「正解というより、正確にはというべきか...…しかし、それを正しく確かと言うにはあまりにもアバウトというものか...…...…まぁ、言い方はなんだっていい。本題はそこじゃない。嬢ちゃん、神はな...…人の信じるところに宿るのだ」
人の信じるところに神が宿る。
それは、確かに言われればそうなのかもしれない。
「人は信じる生き物だ。そして何を信じるかはその時、その時代、その人、その環境によって大きく異なる。太古の昔を信じるかもしれない、壮大な自然を信じるかもしれない、人の生み出したものとは思えないほどの美しさを信じるかもしれない、人のものとは思えない技を信じるかもしれない...…何を信じるかはいつだって移り変わってきた。そんな中で、この街の昔のご先祖様が何を信じるのか...…身近で、信じなければ生きていけないような依存性の高いもの...…それが、」
「海だった。というわけですか」
正解。と、言いたげなにやけ面を浮かべて一息つく川村さん。
なるほど、だんだんと話が見えてきた。
つまり、その海の花というのは...…
「信仰の対象であった海に似ていたから、大事にされたと?」
「そうだ。そして、海に似たその花を海からやってきた神様が陸に上がるための乗り物であると考えた」
なるほど、それがその花が語り継がれている理由というわけですか。
しかし、分からないのはそんな花があるとして、それはきっと街の特産になったかもしれない。
こうして話を聞くだけでも、そこそこに面白いと感じる。
ならば、なぜ存在しているかも分からない饅頭を土産屋に置くよりも、その花をモチーフにしたほうがよかったのではないだろうか?
「嬢ちゃん、なんとなく考えている事が分かるぜ...…そんな花が語り継がれているなら、なんでそんな花の事を皆隠すのか、教えないのか、知らないのか…そんなとこか?」
「...…...…」
中らずと雖も遠からず。というものなのか、図星というほど的中しているわけではないが、概ね思い描いていた疑問と一致しているので反応に困る。
「ま、答えておくならば、それは神様の宿る物だからだ。すなわち、触らずの心が老人には染みついているのさ」
ああ、そう言う事ならなんとなく分かる。
触らぬ神に祟りなし、昔からその言葉がある時点で神様というものは下手に関わってはいけないという事は啓蒙されてきた。
すなわち、神様が宿ると本気で信じられていた花に対して、人間の都合によって扱うことを躊躇ったという事だろう。
しかし、それを全く知らないというのも危険だ。
だから、こうしていくつかの昔話に登場するという形で今でも語り継がれているという事か。
「さて、そして嬢ちゃんが話していた幽霊との関係だが、恐らくその神宿るものとしての性質を考えての物だろうな」
「神様に守ってもらうためにその青い花を使ったって事か...…」
その花が神宿るものならば、守り神としての性質がそのままあったと言われても不思議じゃない。
だからこそ、あの神社で聞いた白い幽霊の話ではそれを退けるお守りとして利用されたという事なのだろう。
「いやいや、違うだろ」
「はい?」
「だから、守ってもらうために使ったんじゃない。それじゃ、神様を都合のいいように使っているみたいじゃないか」
「...…でも、そういう事では?」
「違うよ。あの花はきっと、神様を宿してあるべき場所に帰すために使われたんだ」
「帰す?」
どういう事だろう、神様を利用することはNG。
だから神様に帰ってもらうために使ったという。
それでは用途が真逆の様ではないか。
「嬢ちゃん。神と言われて、君はどんな色を想像する?」
「神様の色?」
「そうだ」
神様の色?
神様に色なんてあるのだろうか?
借りにあるとして、どんな色なのか...…
どんな色もあり得そうであり得ない。
想像もつかない。
「ふむ、難しいか...…それなら神様の使いならどうだ?日本じゃ獣であることが多いが、神獣とか言うだろう?アレの色さ」
「神獣...…」
そう言われて、想像するのは恐らくこの国でもっともメジャーな神獣。
十二神将と呼ばれる、神に選ばれた動物たち。
彼らの色。
様々な生き物がいるのだから色なんて様々でしかるべきだ。
しかし、あえて言うならば
「白?」
「そうだろう、そうだろう?ならば、今回の話で出た少女の幽霊とやらの色は?」
「白...…」
「つまり?」
その少女が神様だとでも言いたいのだろうか?
しかし、それはさすがに荒唐無稽ではないだろうか
「ですが、神と幽霊ですよ?流石にそこを同一視するのは...…...…」
「無理があるって?なぜだ?人間の尺度で言えば、似たようなものだろうが、神だって、幽霊だって、どちらもただの人ならざるものだ」
それはもう暴論というか、無理やりな推測というか...…
「と、まぁ爺の話はここまでだ。どうだったかな?ちょいとは役に立ちそうかい?」
どうにも腑に落ちない。
しかし、役に立った立たないでの話ならば、とてもためになったし、私の欲しかったお話しとしてはほぼ100点に近いだろう。
「あ、肝心な事を聞き忘れてました」
「なんだい?」
「その青い花はどこに生えているんですか?」
「...…くっははははははは!!!!」
川村さんは一瞬きょとんとしたあと、快活に笑い始めた。
そんなにおかしなことを聞いただろうか?
「いやいや、すまないね。まさか昔話の花がどこに生えているか聞かれるとは思わなかった。...…...…この街の伝説では山の中にあるされているけれど、あくまで昔話の中での話だ。本当にあるかは分からないし、詳しい場所も分からないな」
ああ、そう言う事か。
確かに、おとぎ話の中で登場したものがどこにあるかと聞かれれば、笑いたくもなるだろう。
よくよく考えればそんなものはただの話の中で産まれた、創作だって分かる事だった。
しかし、それでも分かる範囲で教えてくれる川村さんは面倒見のいい方なのだろう。
最後の最後で子供のような失敗をしてしまい恥ずかしくなってきた。
聞きたい話は聞けたし、ゆきたちと合流できそうならしよう。
「川村さん、面白いお話し、ありがとうございました」
「おうよ、行くのかい?」
「はい、友人にもこの話をしなきゃなので」
「そうかい、なら約束どおり、全てが終わったらこの爺に教えてくれよ」
「はい、必ず」
簡単に川村さんに別れを告げて私は天国である図書館から、地獄の外へと出ていく。




