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Page  作者: 時ノ宮怜
2頁-丘の漣-
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浮かぶ人Ⅲ

 この老人の名前を聞いた時、私は謎の既視感を覚えた。

 何処かで聞いたことがるような、ないような...…

 そんな曖昧な感覚。

 まぁ、この狭い街だ。

 きっとどこかの立ち話か何かで耳にしたことがある名前なのだろう。

 何せ、その恰好は噂されるに足る奇抜さだから。


「それで?お嬢ちゃんはなんて言うんだ?」


 そして、当然のように名前を聞かれる。

 というか当たり前だった。人に名前を尋ねたら聞き返されるなんて当たり前すぎる事だった。

 さて、なんて答えようか...…

 いや、答えること自体はさして問題ではない。

 別に私は名前を秘匿しなきゃいけないような有名人でも、名前が後ろめたい犯罪者でもない。

 隠す意味は全く持ってないのだが、なんとなく、私の奥底にあるリテラシーのようなものがこの老人に対して名前をさらけ出すことを拒否している気がするのだ。


「...…...…」

「な~んてな!!」


 しばしの沈黙の後、老人はおちゃらけた態度で、自身の発言を撤回する。

 一体この人はいくつなのだろうか、見た目にはもういつ逝ってしまってもおかしくない様に見えるのに、伝わってくる覇気が、その態度が、雰囲気が、若々しさを保ち、下手をすれば私よりも若々しいのではないかとすら思える。


「こんな怪しいじじいに、そう簡単に個人情報をバラしちゃいかんよな!!なんつったけか...…?アレだよ、アレ、...…...…とにかく、そういう時代なんだろう?じじいはじじいなりに時代に乗っているからな!ちゃぁんと分かってるのよ!!」


 なんというか、微妙にずれているような気がする。

 しかし、なんか勝手に自分の理屈で納得したというなら、それは尊重するべきだろう。

 老人が自分で納得をしている時は、基本的にその意見を曲げさせるのは不可能だ。

 もしくは、めちゃくちゃ大変だ。

 老人たちは、自分の中に積み重ねられた膨大な経験から結論を出しているから、聞いただけの話に耳を貸すことはない。

 自分の経験という唯一絶対に裏切らないものがその主柱だからだ。


 口が裂けてもこんなことは言えないが、つまりはめんどくさいという事だ。


「ええ、はぁ、そうですか...…」


 なので、私は否定も出来ずに、こんな塩っぽい反応しかできない。

 実際、初対面のハイテンションお爺さんとか、どう対応していいのか分からないから塩対応になるしかないと思うけど…


「さて、和やかな自己紹介は終い!本題に入ろう!」

「和やか...…?」


 和やかというには激流が過ぎないだろうか?

 勢いにすべてを持っていかれた気しかしない。


「細かい事は気にすんなって!それで、青い花に関する珍しい話だったな?...…ほれ、ここは年の功に一つ話を聞かせてみ?おいらはこれでもその道が通でな?力になれるやもしれんぞ?」


 そう言いながら、老人―川村さんは心の底から楽しそうに表情を歪める。

 知らない事を知ろうとする子供のように、酸いも甘いも経験した大人のように、冒険を前にした男のように、その表情を喜色に歪めていた。


 その表情は、私にとっては少しだけ恐ろしさを感じるもので、しかし親近感が沸くものでもあった。


 だから、ここまでの困惑を一先ず置いておいて話す事を私は選択した。

 恐ろしさに足が止まったから、親近感に信用を見たから、

 この老人の口車に乗るのもまた楽しいだろうと、思えたから。


「...…この話は、神社の管理人さんから聞いた話です」

「神社?...…...…このあたりで、神社っていうと...…」

「はい、川村さんが想像しているものであっていると思います。山の中の神社です」

「ほぉ、あそこに管理人がね...…」


 恐らく川村さんが神社にまつわる噂話を知っていることを察する。


「ええ、御神体を見せてもらいに行きました」

「...…それはなんとも恐れ知らずだな?アレを見たいだなんて普通は思わん。いや、知らないからこそ...…か」


 そして、どうやら川村さんはその御神体すらも知っているかのような反応だった。

 私は知らなかったが、ゆき曰くあの神社の御神体は誰もしらないという話だったはずだ。

 いや、それはあくまでも噂話で川村さんは知っていたのだろうか?

 実際、あそこの管理人はクセイアと知り合いだったらしい...…クセイアも昔はこの街にいたことがあると言っていた気がするし、昔からこの街で過ごしてそういった噂の類を調べていたなら知っていても不思議じゃないか…

 そういえば、川村さんは古物屋をやっているんだっけ?

 なかには曰く付きの物も扱ってそうだし、やっぱり不思議じゃなさそうだな。


「ああ、いけね。話の腰を折っちまったな...…続きを頼む」

「ええ、そこで聞いた話なのですが―」


 そうして私は話す。

 つい先ほど聞いたばかりの話を。

 クセイアとゆきが取り込まれてしまった話を。


 それはそこまで長い話じゃない。

 しかし、流石に一度聞いただけの話ではスラスラと語れるほどにはならない。

 思い出しながら、要点だけは押さえるように私は話す。

 川村さんはその話を黙って聞く、たまにうんうんと頷きながら真剣に。

 そうやってリアクションを取ってもらえるのは、話し手のしてはとても助かる。

 相手が理解できているという事が、分かりやすく表現されていると安心感を覚えるのだ。


「そういう、お話し」


 一通り話終えると、川村さんは今聞いた話を咀嚼するように何度も頷いて、飲み込むように顔を上げる。


「どうでした?何か琴線に触れるものはありましたか?」

「...…そうだなぁ」


 川村さんが、息を呑む。

 それほどに言いよどむ必要がある事だったのだろうか?


「まぁ、そうだな。うん。嬢ちゃんの探している青い花については心辺りがあるぜ」

「!?」


 そうして言葉にされるのは、予想外ではあった。

 というより、本当に心辺りがあるなんて微塵も思っていなかったからこその驚きというべきだろうか…


「そうだな、教えてやってもいいが...…一つ条件がある」

「条件?」

「ああ、そうだ。これが呑めないならおいらは嬢ちゃんに何も教えない。...…ああ、いや。それだとおいらが話を聞いただけで、嬢ちゃんの語り損か……んん?よし分かった。ヒントは教えてやる。だが、全ては教えない!これでどうだ?」


 またもや、自分の中で疑問をつくって自分で納得している。

 どうだ、と言われても…そもそも私は大した手がかりを手に入れられていないわけで、ただのヒントだったとしても十分なのではないか?

 というか、答えを見つけ出すなんてあの二人だって想定していないだろう。

 だったら、ここで欲張る意味は全く持ってないな。


 だけど、条件。

 それ自体が気になる。

 この面白愉快な老人が出す、その条件。

 正直、この手の老人が言いそうなことは分かっているつもりだ。

 だてにこの高齢化が進む街ですごしてないぞ私は。


「そうですね...…先に条件を聞きましょう。それ次第です」

「そうか、分かった」


 川村さんは、自分の中の興奮を抑えるように、小さく息を吐く。

 それにより空気はリセットされ、私と川村さんの間に流れるのはただ真剣な空気だけだった。


「条件は...…」

「条件は?」

「その話に決着がついたら、おいらんとこに来い。そんで事の顛末を聞かせること!!」


 やっぱりというか、がっかりというか、拍子抜け。

 まさに私が考えていた通り、こういうロマン系のお爺さんはこの街にそこそこいる。

 そういう人は得てして話を聞かせてくれといって、お菓子やら何やらをくれるのだ。

 川村さんは確かに変わっているし、元気はつらつといった感じだが、この街の一般的な老人の一面もちゃんと持ち合わせているらしい。


「それぐらいなら、お安い御用ですよ」

「本当か!いやぁ、この年になると人の話が何よりも楽しくて仕方なくてな!!」


 がははと大笑いしながらも、本当にうれしそうにする川村さん。

 その姿は本当にただの好々爺に見えた。


「さて、ならば話してやろう。その青い花の秘密を」

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