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Page  作者: 時ノ宮怜
2頁-丘の漣-
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浮かぶ人Ⅱ

 図書館。

 それはおおよそほとんどの街には備わっているのではないかと思える施設だ。

 よっぽどの田舎であったり、逆に発展をし過ぎた都会の只中だったりしなければ、その多くの街には存在すると私は思っている。

 ただ、昔がどうだったかは知らないが、少なくとも現代。

 情報化という社会システムの進化が目覚ましく続く、今の時代においてはその施設の在り様には一抹の寂しさを伴うのが実情だった。


 閑散とした図書館。

 最低限のスタッフがいるばかりで利用者の姿なんてほとんど見えない。

 それでもいるのは、この殺人的なほどにその勢いを増す猛暑から避難してきたご高齢の方たち。

 ここはそんな猛暑から逃れる、数少ないオアシスだったのかもしれない。


 私は図書館のことをあまり知らない。

 それでも、なんとなくのイメージとしては図書館というものは本を守る施設でもあると思っている。

 だからだろうか、そとのじっとりと重みすら感じるような嫌な空気とは違って、カラッとした...…しかし、決して乾燥しすぎて痛みを与える程ではない管理された空気。

 それでいて、外の猛威から守るように包み込む冷やされた風。

 そのすべてが、半日で疲れ果てた私の体を癒してくれる女神の吐息にすら感じる。


「さて、一応はちゃんと調べなきゃ二人になんて言われるか分からないな」


 そして、忘れてはいけないのは私がここに何をしに来たのかという事だ。

 別には私はここに快適を求めてやってきたわけではない。

 というより、完全に制御された空調と静かな空間は確かに魅力を感じるに十分すぎるほどの場所ではあるけれど、私としてはそれよりも家でじっとしていたい。

 それは単に私が面倒くさがりというのもあるが、どうせ家に帰るまでの間は地獄を経験しなければならないというのが嫌でたまらないからだ。

 なんで、天国へ向かうために地獄を行かねばならないのだろうか。

 それならば、毒にも薬にもならない自宅で多少の暑さを許容してだらだらと過ごしたほうがいいに決まっている。


 それでも、今ここにいるのはクセイアとゆきの二人がそう仕向けたからに他ならない。

 ならば、ここはおとなしく二人に出されたミッションをこなすとしよう。

 理不尽な命令に従うのは癪に障るが、ある程度までは許容しておかないと更なる理不尽が襲うこともあるのだから...…楽うちにこなしてしまおう。


「...…確か、青い花だったけか。適当に植物図鑑でも見れば分かるものなのかな?」


 ただ、あの二人は簡単に言っていたけれど青い花なんて中世ヨーロッパじゃないんだからいくらでも見つかる。

 確かに生息分布などである程度の種類は絞れるかもしれないけれど、それでも花というのが一体どれほどの種類あると思っているのか...…

 そもそも、それこそ現代は物流だって優秀で一般的な分布はそうなっていたとしても誰かが持ち込んで繁殖したとかで、全然関係ない植物が生えているなんてざらにあるのだから、たとえ図鑑で調べてもそれが正しいなんて保証はない。


 それを二人は分かって私に花を調べろなんて言ったのだろうか?

 ゆきは……分かっているわけないか、妖しいのはクセイアだな。

 クセイアがどれほど頭の回転が速いかは、出会ってすぐの私には分からないけれどなんとなく頭が良さそうな雰囲気ではあったから、途方もない作業だと分かっていて私に任せた可能性は否定できないな。


「一体どこをどう探せと言うんだ...…」


 適当に図鑑を数種類手に取って、読書スペースに陣取る。

 私はそこまで肩肘を張らずに、ただ時間を潰すぐらいの面持ちで図鑑のページをめくっていく。

 考えて見れば、図鑑をこうして眺める程度だとしても開くこと自体が酷く懐かしい気がした。

 子供の頃は、親に買い与えられた図鑑を眺めて過ごすことが多かった。

 私の両親は別に教育熱心とか、そういうタイプではなかった。常識の範囲内ではあったものの、真面目で厳しい親ではあった。

 特に子供…私に対しては細かいルールを設定して守ることを言いつけていた。

 それは玩具の扱いや、テレビやゲームに関するものも。

 制限されるそれらの娯楽に対して、本。読書に関するものは寛容であった。

 ジャンルを問うことはなかったので漫画もよく読んでいたけれど、飽きが早い子供時代は漫画も長い時間を過ごすには短く、図鑑などもよく見ていた思い出だ。


 それはそれで楽しかったのを覚えているし、その頃図鑑に書かれていたちょっとした雑学は今でも覚えているものがあるぐらいだ。


 今思い返してみれば、私が生物や日本史の成績が微妙にいいのはそのおかげだったのかもしれない。


 その頃を思い返せば、今こうしてゆっくりとした時間の中で図鑑のページをめくるのは、なかなかに嫌いじゃない。


 何よりも図鑑というのは飽きさせない工夫が凄いと、この年齢になって開くと思うのだ。

 もちろん、もっと専門的な図鑑になると、見やすさと便利さを追求された辞書のようなものになるのだろうけど、こんな一般に公開されている図書館の、探す間もなく手に取れるような場所にある図鑑は比較的カジュアルなのだろう。


 ともかく、そういう一般人に興味を持ってもらおうとしている図鑑は、その構成が上手いと思うのだ。

 左から右へ、目が自然と動くようにイラストや写真が配置されて、映像として記憶に残そうとする工夫がおもしろい。

 それを邪魔しない程度に、しかし大事なことはしっかりと補足説明されている解説分も、似たような文章でも見やすいように少しずつ表現を変えていたりする。


 花を見るためではなく図鑑そのものを見るのが楽しくなってきてしまう。


 まぁ、それでもいいか。

 何も面白くない事をながながと続けていると集中力もなくなって、意味のない時間を過ごしてしまうことになる。

 ならば、多少の目的違いがあっても面白く続けられる方がいいに決まっているんだから。


 もっとゆっくりと見るはずだった図鑑は、気が付けば夢中になって呼んでしまい想定よりもだいぶ早い速度で読み終えてしまう。

 中身をちゃんと見たかと言われるとそんなことは全く持ってないと言いきれてしまうが、それでもなんとなくは頭に入ったし、青い花の記載があった時はちゃんと真剣に見るようにはしていた。

 それでも、やはりこの地域特有の青い花。というのは見つけることが出来ず、大雑把にこのあたりの地域が生息域に含まれている青色の花もある種類のような、これと言い切れないような花ならいくつか見つける事が出来た。


 しかし、二人が求めているだろう怪談に出てきた青い花だと思えるような花は見つからなかった。

 やはりこういうのは物語の中の設定であって現実に存在するような花ではないのではないかと思う。

 その場合、こうして図鑑を見ているだけでは、時間を無為に過ごすことになるだろう。

 ...…それでもいいか


「全く、青い花なんていくらでもあるのに、それを探すとか…新手の拷問か何かかな?」


 そう小さく呟きながら本を閉じる。その瞬間、


「おや?青い花を探しているのか?」


 そう声を掛けてい来る一人の老人。

 まさに、今、偶然ここを通りがかったかのような調子で、青い花に食いついてきた。

 なんだこの人。と一瞬思うが、その風体を見てますます訝しくなる。


 老人は和服に帽子をかぶり、杖を突いている姿をしている。

 それだけならば、特に珍しくもない現代でも私服に和服をチョイスする老人は一定数いるのだから、そこには珍しさや怪しさなんてものは感じない。

 しかし、その頭にかぶる帽子ははいわゆるシルクハットと言われるようなもの。

 それ自体がおかしいとは言わないが、それでも和服とのかけ合わせにするには少しばかり奇抜に見えてしまった。

 そして杖だが、これまた年季の入った杖をしているが、老人の立ち姿には杖なんて必要そうには見えないほどの力強さがあった。


 その英国紳士と和服の融合のような姿が、この老人の異質さを物語っているようで、少しだけ不気味に感じた。


「...…え、ええ。少し珍しい話を聞いて…」

「珍しい話?」


 その独特の雰囲気に呑まれて、私は言葉を返してしまう。

 いや、ここで無視するのはさすがに無理だから、何か返していたのだろうけど話が広がりそうな返しをするのは失敗だった。

 老人は私の言葉にさらに興味を惹かれたようで、今までは顔だけをこちらに向けて話していたのに、体ごとこちらに向けて目で訴えかけてくる。


 田舎になればなるほど、近所付き合いというのは密接になっていく。

 かくいう私も見知らぬ老人に話しかけられることは今までに何度もあるし、ご近所さんならお家にお邪魔したことだってある。

 しかし、それでも怪しい人に対しても寛容かと言われれば全くのNOなわけで…

 このまま話を進めるのに抵抗を感じた私はほんの誤差程度の時間稼ぎをすることにした。


「...…え、と?あなたは?」

「うん?おおっと!こりゃいけねぇな!話を聞こうッてぇのに、てめぇの名も名乗らないんじゃ…礼儀に悖るってやつか...…おいらは川村鉄蔵、今はしがない古物屋を営むじじいよ。よろしくな嬢ちゃん」

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