【短編版】創作料理屋リューガは本日も盛況なり~飯炊き係は不要と追放された後、姉妹に頼まれ食堂を経営しています
異世界に来て、一年が過ぎた。
ある日、気付けばRPG系異世界に転生してしまっていて、おいおいサバイバルとかムリゲーなんだがと困ってしまったものの、他にも現実世界から転移してきたユウスケ――いやここではユスケールと名乗っている――がいたお陰で、お互いに事情の知れたもの同士仲良くやろうと一緒にパーティを組み、いい具合に冒険をしてきた。
ユスケールがいてくれてよかった――俺は今日もそう感謝した。
「ぶっちゃけ、リューガなんもしてなくね?」
その矢先、そのユスケールから言われたのが、その一言だ。俺は耳を疑うがあまり飯を食う手を止めてしまった。
「……え?」
「だってそうじゃね? オーク倒したのは俺だし」
ヨーナスは先陣を切り、ズザンネは雑魚を一掃した。
ユスケールは順々にパーティの面々を指差した後で、俺を指差す。
「でも、お前はなにしたの?」
「なにしたって……」
俺は手元に視線を落とす。この手にある飯は、俺が作ったものだ。
「もしかしておいしくなかったか? オークの肉と根菜の煮込み汁……」
「いや、ぶっちゃけフツー?」
ガツガツと聞こえてきそうな勢いで飯をかっ込みながら、ユスケールは肩を竦めた。他の三人も「しょせんオークの肉だし」「誰でも作れるし」と顔を合わせる。
「そりゃ、お前が作らなきゃ食えないのは分かるよ? んで食いたきゃ金払わなきゃいけないし」
「だったらいいじゃないか、いつもユスケールは言ってるだろ、パーティ全員が豊かでいるために金は大事だって」
「でもさあ、ぶっちゃけお前がいるほうが損じゃね?って」
ユスケールの言い分はこうだった。一定以上の金を稼ぐためには、高難易度のクエストに挑戦する必要があり、そのためにはパーティメンバーの厳選が要となる。冒険ギルドに登録できるパーティメンバーは四人までだからだ。
俺達「ニーグルム」は、俺とユスケールが中心となって「はじまりの谷」で結成したパーティだ。いまのメンバーは、剣士のユスケール、戦士のヨーナス、メイジのズザンネ、そして――剣士の俺。
そう、ユスケールと俺のクラスはどっかぶりで、しかも超攻撃特化型というなんとも不合理なパーティ編成なのだ。ついでに、俺は飯も担当しているが、そこらで買っても同じものが食えるという。もちろん買うほうが金はかかるが、新たに優秀なメンバーを雇って高難易度クエストに挑戦すれば、その報酬金で賄っておつりがくる。
「だから、次の町でパーティメンバー再編成するときにさ、お前には抜けてもらおうと思うんだわ。悪いな」
一年間苦楽を共にしてきた同じ転移者にそう肩を叩かれ、俺は残るオーク汁を食う気にもならずに呆然とするしかなかった。
俺のもとの名前は、高木竜太。最初にリュウタだと名乗ると「リューガ」と聞き間違えられてしまい、そのほうが自然な名前ならと、ここ一年近くは「リューガ」と名乗っている。
もとの職業はサラリーマン、営業職。しかし、祖母ちゃんっこで生来他人との競争が苦手な俺は、営業には向いていなくて、毎日会社に行くのが憂鬱だった。それが異世界転移しても結局冒険者としてクエストに出なきゃ食っていけないっていうし、つか祖母ちゃんっこだった俺はRPGなんてしたことないんだから、どこまでも現実は上手くいかない、そう思っていた。
しかし、偶然にも町田雄介――ユスケールと出会った。ユスケールも元々営業で、しかも俺と同じく営業には向いていないタイプだった。同じ境遇の俺達は意気投合したし、幸いにもユスケールは現実世界で散々RPGをやりこんだ経験があった。結果、ユスケールの先導のもと、俺達は的確にパーティを組んで、今までのダンジョンを破竹の勢いで攻略してきた。
「はあー……」
その冒険が、いま終わったのだ。
「エクスの麓」で放り出された俺は、広場の噴水前で溜息を吐いた。俺達の冒険はこれからだ、の打ち切りならまだいい。こちとら俺のぼっちはこれからだ、だ。
「なんて言ってる場合じゃないんだよな……いまさら剣士なんてメンバーに入れたいパーティなんていないだろうし」
「エクスの麓」は「シェーミの霧道」に続くもっとも大きな町で、「シェーミの霧道」の攻略には、その名の通り霧を晴らしてくれるプリーストが必須となる。「エクスの麓」に着くまでは力業で押し切れることもあり、攻撃系クラスを二人以上抱えたパーティが新たにプリーストを雇うのはありがちな話だ。
つまり、剣士の俺は一切需要がない。「エクスの麓」より前ならまだしも、こんなところでパーティを失うなんて。
いや、それよりも、ユスケール達にとって、俺はその程度だったのか。
俺は争いに向いてないからと、後衛を引き受けたのは自分の意志だった。飯を作っていたのも、仕事の疲れは飯でしか癒せないと俺が思っていたからだった。
でも――ユスケール達は俺の飯を美味い美味いと嬉しそうに食べてくれて、それを見ているのが嬉しかったけど――いつの間にか、飯は出てきて当たり前、そんなことよりも他のパーティより抜きんでる方法だの、効率的な技の磨き方だの、割のいいクエストの見つけ方だの、楽して金を稼ぐことがみんなの関心事となった。
こうして考えてみると、俺どころか、他のみんなも、一日の疲れを癒されてなどいなかったのかもしれない。ダンジョン踏破が第一の目的であるパーティにとって、美味い食事なんて俺の自己満足だった。
「そう考えると、意外と潮時だったのかもしれないな……」
反省を終えたところで「なんで体まで持ってきちゃったの」と話す声が聞こえ、顔を上げた。少し離れたところで、剣士らしき格好の――おそらく女が、その手に似合わぬガーゴイルの死骸を持っていた。
「ガーゴイルの討伐依頼報告には耳だけあればいいんだから、体はいらないの」
「だってー、せっかく立派なガーゴイルだったんだもん」
「立派だろうがなんだろうがガーゴイルはガーゴイル。煮ても焼いてもマズイんだから捨てちゃお、こんなのアイテム袋を圧迫するだけなんだから」
待て待て、ガーゴイルが煮ても焼いてもマズイだと? 俺は耳を疑った。ガーゴイルの肉は確かに癖があるが、ジビエみたいなもんで、ローストするとかなり美味いんだが?
「あの、すみません」
「ん? 誰?」
剣士が振り向くと、ふぁさっ、と長く黒いポニーテールが揺れる。キリッとした後ろ姿のとおり、黒くて大きな目をしたクールな顔立ちの女だった。その隣にいる少し小ぢんまりした子は、クラスはメイジのようだし、短くそろえた髪がくるんと内側に巻かれてだいぶ柔らかい雰囲気だが、その黒くて大きな目はそっくりだ。もしかしたら姉妹かもしれない。
「そのガーゴイル、捨てるんですか?」
「だって使えないでしょ? 買い取り額も微々たるものだし、それよりいまここでアイテム袋を空けたいんだ」
その二人が立っているのは武器屋の前で、ガーゴイルを買い取ってもらうために別の店まで行くのは億劫だからここで捨ててしまおうという話らしい。
が、そんな馬鹿な話があるものか。俺はそのガーゴイルを凝視した。なんてうまそうな……と思わずよだれが出てしまいそうなほどには脂ののった立派なガーゴイルなのだ。おそらく理想的な倒し方をしたうえ、討伐して間もないのだろう、鮮度も申し分ない。
しかも、俺は腹が減っている。今にもぐうと鳴りそうな腹に力を込めた。
「もし捨てるのであれば、僕が買い取ってもいいですか?」
「持って行ってもらえるっていうならお金はいらないよ。でもこんな残骸で何するの?」
早速ガーゴイルを差し出しながら、剣士もメイジも揃って首を傾げた。うん間違いない、姉妹だ。
「ガーゴイルですからね、ローストすると美味いんですよ。酒が欲しくなりますよ、とびっきり渋い赤がね」
おっといけない、想像するだけで酔いが回りそうだ。
そんな俺を前に、二人はやはり揃って目を丸くして「ガーゴイルがおいしいって?」と笑い出した。
「まさか、ガーゴイルの肉なんてそもそも食いものじゃない。うまくやれたとして、筋張って渋くて食べられたものじゃないんだよ! 別の肉と勘違いしてない?」
「失礼な。そこまで言うなら、よかったら食べますか? パパッと作れますんで」
広場から少し離れれば火も自由に扱える。くいと噴水の向こう側を指すと、二人は疑いの眼差しを向けながらも「じゃあ……お願いします……」と頷いてくれた。よし。
鍋と火を用意しながら、俺は物理的にも精神的にも腕まくりした。ガーゴイルの肉を扱うのは久しぶりだし、なによりガーゴイルをマズイと決めつけてるヤツにおいしいと言わせることができそうだなんて、腕が鳴る。
この異世界には、醤油だのワインだの、現実世界の便利な調味料はほとんどない。しかし名称だけ違う似たものがあって、たとえばマンドラゴラのオスからは上質な赤ワインが手に入るし、ホーンラビットの角を削れば胡椒になる。
調味料を取り出して並べ、鍋を火にかけ、ローストする準備を整えてから、ガーゴイルを受け取った。
「さて、と」
姉妹が持っているガーゴイルは、根元からきれいに角が落としてある。よしよし、と俺はその肉体をさわり、きちんと肉としてさばけることを確認する。懐かしい話、当時ガーゴイルの理想的な倒し方なんて知らなかったせいで、「今日の晩飯に頼むぜ!」とユスケールに倒してもらったら、バラバラに砕け散った石片しか手に入らなかったのだ。あの夜はひもじい思いをした。
それはさておき、取り出したナイフで、まずガーゴイルの羽を落とした。いい出汁が出るので、汚れないようにとっておくのだ。おそらく姉妹はガーゴイルの解体現場を見たことがないのだろう、背後で息をのむ気配がした。
頭を落とし、邪魔な器官をごっそり抜き取って、腹側から開く。そこにナイフを突っ込んで体から内臓を切り離し、残った部分は等分してブロック大の肉を切り出して、皮は剥ぐ。皮だけは煮ても焼いてもマジで砂みたいな味がする、いまだに食う方法が分からない。
ガーゴイルの肉は筋が多いというのは姉妹のいうとおりなので、仕上げに下処理は丁寧に行って、と。
「やっぱり、脂がのってうまそうだなー」
鍋に載せた途端にジュウウと脂のはじける音がする。思わず舌なめずりをしてしまいそうになりながら、入社当初に接待で連れていかれたフレンチを思い出した。あのとき食べたジビエ肉、名前は思い出せないけど、しこたま赤ワインと飲みたいと思わせてくれたのはアイツだけだった。ガーゴイルはあれに似ている。
「出てきた脂をかけつつ、両面をこんがり焼いて、あとは火が通る前にソースだな」
マンドラゴラのオスの茎を刻んでソースを絞り出し、酒とバターを混ぜる。それをガーゴイルの隣で作れば、自然にガーゴイルの脂もいい具合に混ざってくれるという寸法だ。
「よし、できたっ」
振り向くと、姉妹はちょんと行儀よくテーブルについていた。その前にガーゴイルのローストを差し出すと、その高い鼻が肉につきそうなほどしげしげと皿を覗きこむ。
「これが……ガーゴイルの肉?」
「すっごい、いい匂いする。これ食べていいの?」
「もちろん」
俺もいただくが。向かい側に座って手を合わせ、姉妹が口に運んだのを確認してから俺も口に運ぶ。
「うん、やっぱり美味い!」
ちょっとクセがあるけど、噛むとじゅわあと脂が溢れる。実は俺自身、最初はこんなグロい生き物が食えるはずないと思っていたのだが、ナイフを入れてみて正解だった。そしてなにより、マンドラゴラのオスの茎から出るソースの渋みとバターの甘味が絶妙にマッチしている。
自画自賛、手前味噌、自分で焼いた肉に舌鼓を打っていたせいで、俺は姉妹が呆然としていることに気付くのが遅れた。しまった。
「すみません、おいしいとは言ったんですけど、まあクセのあるもので……口に合いませんでしたかね……?」
「……そうじゃなくて」
剣士の姉――アンネというらしい――が頬に手を添え、当初のクールさはどこへやら、嬉しそうに目を細めて肉を頬張る。
「この肉、今まで食べたどんな肉よりもおいしい!」
メイジの妹・ウルリケがゴクンと喉を鳴らし――震える手で肉をもう一度口に運び、顔をほころばせる。
「うん、うん! ガーゴイルの肉って、こんなにおいしかったんだね!」
そのまま二人がバクバクと肉を口に運ぶのを見て、胸の内側がじんわりと満たされる。そうだ、俺はこういう顔を見たかったんだ。俺の作った飯をうまいうまいと次々に口に運んで、満たされました~!って顔をするのを。
「むぐ、でも、もしかして名の知れた料理人なの? だってガーゴイルをこんなふうに調理できるなんて聞いたことないもん!」
「まさか。……パーティを失った剣士ですよ……」
癖でパーティ名を名乗ろうとしてしまい、少しショックを受けた。いまの俺は現実世界でいえば無職なのだ。
アンネさんが「パーティに所属してないのか? どうして?」と丸い目をさらに丸くする。
「いやあ、恥ずかしながら、料理ばっかりで他は役立たずなもんで」
「あのねえ、君、お姉さんが教えてあげます。行き過ぎた謙遜は失礼なんですよ」
むぐむぐと肉を食べるのをやめないまま、アンネさんが少し眉を吊り上げた。
「ガーゴイルをさばくその手の動きで一目瞭然、相当な剣の腕の持ち主でしょう」
「さあ……」
「さあって、パーティに所属はしていたんでしょう?」
「うーん……僕は剣士ですけど、前線に出るのは苦手だったので、自分の剣の腕を試す機会もなくて」
後衛としてパーティの背中を守ってきたつもりだが、RPG世界の魔物は良心の塊なのか、背後から襲い掛かってくることなんてほとんどなかったのだ。たまに突っ込んでくる魔物がいるとしたら、それは本当に雑魚で、剣一振りでコテンと地面に転がって瀕死状態になってしまうものばかり。
その意味で、確かにあのパーティには剣士は二人もいらなかった。RPGをやりこんでいたユスケールは正しかったのだ。
アンネさんは「ふーん……」と首を傾げながら「いやしかし、おいしかった」とぺろりとガーゴイルをたいらげた。
「あ、もう食べちゃいました?」
「おかわりありますか?」
「一応ありますけど、最後なんで妹さんと分けてくださいね」
「やった! お姉ちゃん、私大きいほう!」
「等分に決まってるでしょ、ちゃんと切ってあげるから」
そうしてガーゴイルのローストをたいらげた後、アンネさんは「しかし、君ほどの実力者がパーティにも所属せずふらついているというのは、世界の損失だな」と大袈裟な問題提起をした。
「いや、いいですよ僕は……。生来冒険には向かないんで……」
「うちのパーティに入ってもらおうよう。そしたら私、頑張ってガーゴイル狩りまくるよ?」
「パーティは四人まででしょ、ウルリケがクビになりたいの? でも、そうねえ、また食べたいなあ……」
ご丁寧にソースまでパンですくって食べながら、アンネさんはぼやいた。隣のウルリケも「エクスの麓ってまともな食事ないもんね」と頷き――はっと目を輝かせる。
「じゃあ、リューガさんは食堂を開けばいいんじゃないかな!」
「……食堂?」
「ああ、それはいい! いや、実はこんなおいしいものを食べさせてもらってどうお礼をしようかと悩んでいたんだ」
私が持っているものといえば金貨と宝石と武器くらいしかなくて、とアンネさんはテーブルの上にこれでもかと財宝を並べた。実はアンネさんこそかなり手練れの剣士なのかもしれない。
「ぜひとも今後も機会があれば食べたいし、それなのに毎度頼むのは気が引けると思っていた。それが食堂になれば気兼ねなく金を払って食事を作ってもらえる!」
「いや、無理ですよそんなの。ただのリーマン――雇われにいきなり経営者なんて」
「大丈夫だ、金ならある」
まさしくアンネさんがテーブルに並べた重たそうな袋が答えだった。
「いやでも……食料の調達とか……」
「狩りも任せてくれたまえ」
「くれたまえって」
「私も! 私もね、珍しい木の実の群生地とか知ってるから! ね!」
これは断る理由はないのでは? そう言いたげな勢いで、アンネさんとウルリケの姉妹はずいっと身を乗り出した。
「どうせやることないなら、そうしてみよ!」
そうして、俺は「創作料理屋リューガ」を開くことになった。
「リュー、オーク狩ってきたよー」
「あ、どうもありがとうございます、アンネさん」
俺が返事をするより先に、厨房の隣にドカッとオークが放り出される。大雑把な性格のアンネさんらしい、オークは頭から地面に着地していた。
「私はねー、頼まれてたツルの木の実採ってきたよ!」
「ありがとう、ウル」
ウルリケは、木の実が入った袋をカウンターに置いてくれる。袋を開くと、頼んだとおりの黄色い木の実が入っている。コイツはケッパーに味がよく似ているので、あらゆるソース作りに欠かせないのだ。
これで今日は塩漬けオークとロツリーフのパスタができるな、とボードにメニューを書き込んでいると、既にテーブルについていた顔なじみのプリーストが「え、ちょっと、そういうのナシじゃない!?」と駆け寄ってきた。その口の端にはガーゴイルのローストに添えたソースがついている。
「こちとら悩みに悩んでガーゴイル頼んだのに! もっとおいしそうなメニューを後出しするのはズルじゃないですか、リューガさん!」
「オークがあればすぐに作れるんですから、また出しますよ」
「こうなったら二食食べるしかないじゃないですか……!」
「あ、はい、じゃあハーフサイズを用意します」
「やったー!」
その子は、その小さい体のどこに入るんだ、と聞きたくなるほど小柄なのだが、俺でも腹いっぱいになる量をぺろりと平らげる。いや、この子だけではない、あらゆる客が大人の男顔負けの量をパクパクと食べるのだ。しかも、ここエルケの麓に住んでいるのは女のプリーストばかり、必然客も女が9割だというのに。女の胃ってのは甘いものどころか肉まで別腹らしい。
「創作料理屋リューガ」は、かなり盛況だ。始めた当初は、アンネ・ウルリケ姉妹が毎日持ってくる食材を調理するだけの赤字経営というかただの自給自足のようなものだったのだが、ある日、気まぐれにパーティが立ち寄ってくれたのが幸いした。俺の飯を絶賛してくれた彼らが、行く先々でこの食堂の話を広めてくれたらしい。一月と経たずに大盛況となり、「仕込み中」なんてラーメン屋みたいな札をかけるくらいには忙しくなった。
その途中、これまた飯を食いにきた鑑定士を名乗るオッサンからは思わぬ収穫があった――俺のスキルだ。ユスケールはなんかいい感じのスキルを持ってるらしいけど俺は知らねーから「多分ねーんだな」と思っていたら、あるらしい。「一騎当千」、理想の剣筋を外さない、要は剣士としての最強スキルだという。
んでも俺、飯作ってるから、それ無用の長物ってやつじゃね(剣だけに、って言ったらアンネさんにすごい目で見られたから反省した)。そう思ったのだが、それがあらゆる肉や魚、植物までの正確無比な解体を可能にしてくれているらしい。
裏を返せば、特別な料理スキルはないのだろうが、どうやら生来持ち合わせていたらしい。まったく心当たりがなかったのだが、仕事が忙しくて飯はコンビニか外食を決め込んでいた俺には到底気がつけなかったわけである。
「異世界にきたときは冒険者なんて柄じゃないとか思ってたけど、天職ってあるもんだなあ」
「リューガ、口ではなく手を動かしてくれ。お腹が空いた」
「はいはい。今日は何をお食べになりますか、アンネさん」
この食堂の出資者のアンネさんは、会社でいえば株主、俺は雇われ社長。オークの解体を進める俺の前で、アンネさんは「そうだなあ」と悩まし気に黒いポニーテールを揺らした。
「せっかくオークを仕入れたばかりだから、このパスタがいいな」
「私もそれー!」
「はいはい。そんじゃまず塩漬けにしておいたオークを取り出します、と」
「私がとってきたばっかりのオークを使ってよ!」
「違うんですよアンネさん、これはですね、塩漬けで燻製にしてあるオーク肉を使うからうまいんです」
要はベーコンだ。「せっかく狩ってきたのに」と頬を膨らませるアンネさんを宥め、塩漬けオーク肉を細かく切り、ロツリーフと炒め、いい具合のところで小魚の塩漬けも放り込む。うーん、塩分たっぷり、ビールがうまいだろうな。本物のビールはないが、イエローピスという植物から作られる飲み物が近いのでそれを飲むことにしよう。
「で、パスタのゆで汁をちょっと加えてあえて、クキの木の実を混ぜて、完成です」
「いただきます!」
姉妹揃ってパンッと手を合わせ、食べる前からおいしそうな顔をしてパスタを口に運ぶ。アンネさんもウルリケも、口を動かしながら「うーん、おいしい」と異口同音に言った。
「しっかし、ガーゴイルといいオークといい、リューガは本当にすごい発想をするな。どちらも食べるものだとは思っていなかった」
「ガーゴイルはまあそうですけど、オークなんてただの巨大な豚じゃないですか」
「ブタ?」
「ああいや、なんでも」
俺はオークを初めて見たとき「ガフーッ」と呻る二足歩行の巨大な豚だと思ったので、倒した直後に「コイツ、豚汁になるかな?」と言ってしまったのだが、ユスケールに爆笑された。ただ、いざ食べてみると「確かに豚だな」とのことだった。
「いやあ、こんな食堂があると、なかなかエクスの麓から遠く離れられないんだよね」
「お姉ちゃん、絶対に一晩で帰れるところまでしか攻略に行かなくなったもんね。一日一食は食べたいって言って」
「うるさい、余計なこと言わないの。でも実際、そういうパーティは多いんじゃないかな。シェーミの霧道を進めないパーティのいい言い訳というかなんというか」
「俺は行ったことないんですけど、厳しいんですか、その道? プリーストがいれば楽勝だと思ってたんですけど」
「そんなことないよ。てか、プリーストの負担が大きいぶん、しっかり鍛えとかないと痛い目に遭うかな
イエローピスのジュースを飲んだアンネさんは「この苦味と爽快感、仕事終わりって感じするう」と現実世界のOLみたいな感想を言った。実際、俺より年上の27歳なんだと、ウルリケがこっそり教えてくれた。ちなみにウルリケは17歳だ。
「この間もほら、プリースト連れてきゃいーんだみたいになってたパーティが逃げて帰ってきたよ。アイテムもほとんど放り出したからここに留まる金もないってんで、可哀想だったなあ」
「ああ、そういえば噂で聞いたような……」
「『ニーグルム』ってパーティだったよね」
「そうそう、それ」
「ニーグルム!?」
突然古巣の名を聞かされて動揺した。スキルがなければオークの指じゃなくて俺の指を切ってたところだ。
「そう、知ってる?」
「いや……うんまあ」
「私はすれちがったんだけど、あれは仕方がなかったよ。剣士すら、とてもエクスの麓なんかに着けるレベルじゃない。運良く魔物に遭遇せずにホイホイここまで進んできちゃったんだと思うよ」
いや、結構魔物には遭遇してきたし、結構倒してきたけど……。はて、と俺は首を傾げる羽目になった。他にもニーグルムというパーティがあるのだろうか。そうかもしれない。
「ただでさえ、シェミーの霧道からは誤魔化しがきかないから。この周辺で地道なレベル上げをするパーティも多いだろうし、ここも今より繁盛するんじゃないかな」
「うーん、俺はこのままでいいんですけどね。あんま忙しくなると客の顔見えないし……」
ガーゴイルのローストの後に塩漬けオークのパスタを食っているプリーストの子を見る。ああほら、あの嬉しそうな満足そうな顔。あれを見ることができれば俺は満足だ。
「リューって欲がないよね。その気になれば魔王も倒せる剣の腕があるのに」
「欲がないんじゃなくて、ほら、俺は向かないんだよ、争いと名のつくものにさ……」
特注のナイフを持ち、オーク肉を華麗にさばいた。うんうん、俺はこのくらいで充分だ。
「そういえば、今回のオークは耳がついたままですね」
「討伐依頼のものではなかったから、切り落とす必要がなかったんだ。ないほうがいいかな?」
「いえ、これはこれで使えるかもしれないですし」
オーク肉が豚肉に等しいということは、これはミミガーになるだろうか? 次は酒のつまみに挑戦するのもいいな。ふむ、と耳をつまんで考え込んだ。
「うまいものを作ってみましょう」
そんなこんなで、「創作料理屋リューガ」、本日も盛況なり。