表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理の継承者  作者: 鈴本 流幸
第二章
6/71

自己紹介

 旅立ち当日。

 セイヤは空っぽになった今まで住んでいた部屋にポツンと立っていた。

 しばらく経った後、軽くお辞儀をして、脇に置いてある荷物を持って部屋を後にする。

 見慣れた光景を眺めながら、ブラブラと歩いていく。

 過ごしてきた思い出にも浸りながら歩いていると、あっという間に門に近づいていた。

 驚くことに、門の近くには共に過ごした同僚たちが待っていた。


「みんな、どうして?」


 セイヤが尋ねると、同僚の一人が答える。


「どうしてって、仲間の旅立ちなんだから見送るのは当たり前だろう?」


 途端に同僚たちがセイヤを囲みだし、思い思いに挨拶をする。

 長く同じ班だった同僚とは固く握手をも交わした。

 そして、最後は班長と向き合う。

 班長は何も言わずにセイヤのもとに近づき、そのまま横を通り抜けようとする。

 ちょうど隣同士になるところで、セイヤの肩に大きな手をポンと置き、

 そのまま背中を優しくトンと押す。

 いつものように班長が代表して言った。


「セイヤ、元気にやれよ」


 そのまま視線はセイヤの後ろに向ける。そこにはいつからいたのか、例の女性が立っていた。


「嬢ちゃんも元気でな。……セイヤのこと、頼むわ」


 女性は深々とお辞儀をしてから、笑顔で一言。


「はい。皆さんもお元気で」


 セイヤも続く。


「みんな、ありがとう!またここに戻るのはいつになるかわからないけど、いってきます!」


 セイヤの言葉を聞くと、班長は後ろを向いてしまい、大きな声で言った。


「あぁー!ちくしょう、なんだよ。急に雨が降り出しやがったなー!おめぇら、さっさと帰るぞ!」


 そんな班長を見て、みんなで笑いあい、セイヤはそのまま門の外へ。

 新たな日々が始まった。




「え?」

 気付いたらセイヤは見知らぬ場所に立っていた。

 周りは薄く靄がかかっていて遠くまで見通せず、陽の光もあまり入ってきていない。

 足元を見ると立っている場所は道が整っており、道を外れると草木がチラホラと見えた。

 道はずっと上のほうまで続いており、後ろもまた同じように続いていた。

 セイヤは今に至るまでのことを振り返った。

 (門を出て、数十歩歩いたら、ここに立っていた……)

 なんだそりゃと自分にツッコミを入れていると、上のほうから女性が「こっちよ」と呼ぶ声が聞こえた。

 上のほうへ向かって歩くと女性が待っていてくれた。セイヤが追いつくと再び歩き出した。


「ねぇ?ここはどこなの?」

「セイヤくんが住んでたところから、北東に山があるのは知っている?」


 うんと頷いて答える。

 その山は一年中、中腹から頂上にかけて靄がかかっていた。

 今まで全貌を見た者がいないため「あそこには仙人が住んでいる」などの変な噂が流れていたくらいだ。


「紆余曲折の噂が広がるのは仕方がないと私も思うわ……私たちがいるのは、まさにその山の中腹あたりよ」

「へぇー。僕も行ったことがなかったから知らなかったけど、こうなっていたんだ……って、そういえば」

「ん?どうしたの?」

「いや、さっき『セイヤくん』って……」


 セイヤの言葉の途中に「あー!」と叫んだ女性。


「やっぱりいきなり『名前+くん付け』は馴れ馴れしかった!?

 さすがに『きみ』や『あなた』とかだと失礼かと思って……けど、『名前+さん付け』だと、年も近いのにおかしいかな?って……年が近い男の人と話したことないからわかんないよぉー!」


 と言いながら両頬に手を当てて左右にブンブンと体を振っている女性。

 勢いよくブンブンとしている女性を見て、「こんな子だったのか……?」と少し戸惑いながらもセイヤは続きを言った。


「あ、いや名前で呼ぶのはいいんだけど、君の名前を知らないなーって」


 ぴたりと止まる女性。頬に当てていた手を下ろし、わざとらしくこほんと空咳をする。


「も、もちろんそのことだって察していたわ。今のはそう…演技よ、演技!本当よ!?」


 顔を赤くしながら必死に言っているのでバレバレなのだが、素直に頷いておこうと思ったセイヤであった。


「うん、わかったよ。それで?君の名前を教えてくれる?もちろん、嫌なら言わなくてもいいけど」

「いえ、名乗らなかったのは単に私の落ち度よ……ごめんなさい」


 素直に頭を下げる女性。顔を上げて、右手を胸に当てながら名を名乗る女性。


「私の名前は、アマネ。以後、お見知りおきを」

「アマネさんね。うん、こちらこそよろしく」

「呼び捨てでいいわよ」

「そう?じゃあ改めて……アマネ、よろしくね。僕のことも呼び捨てでいいから」

「えぇ!?いきなりハードルが高いわね……お、追々ね!」




 それから数十分歩くと、先を歩いていたアマネが「着いたわよ!」と言って止まった。

 セイヤもアマネに追いつき隣に立つと目の前には、森に囲まれた草原が広がっていた。

 これらも十分見たら驚くものだが、それよりもセイヤの目を釘付けにしたのは、ドンとそびえ立つ塔だった。

 この塔は今立っているところからでも天辺が見えないほど高さだった。

「すごいなー……」と口を開けてポカンとするセイヤ。


「ふふふ。凄いでしょ!あれが試練を受ける場所なんだけど、先にみんなにセイヤくんを紹介するね」


 アマネは再び歩き出した。塔に目がいっていたため気付かなかったが、塔の隣にはログハウスのような家が建っていた。


「ただいまー!」と言って家に入っていくアマネ。

「お邪魔します……」と恐る恐るセイヤもあとに続いて入っていく。

 玄関から入るとすぐキッチン一体型のリビングスペースになっていた。

 キッチンには女性が一人立っていた。時刻もお昼になるところなので、昼食を作っているのだろう。

 またリビングには木でできている長テーブルと椅子があり、そこに老人が座っていた。

 そして右の壁際にムスッとした顔をした男性が腕組みをして立っていた。

 アマネはそのままキッチンに立つ女性のもとに行き、帰った旨を伝えた。


「お母さん、ただいま」

「あら、アマネ。おかえりなさい」


 アマネが帰ってきたことに気付き振り返る。振り返った先の玄関に視線がいくと「あらあら、まあまあ」と目を大きく開いて驚いていた。

 アマネは玄関先に立っているセイヤを手招きして、紹介を始めた。


「セイヤくん、みんなを紹介するね!まずは私のお母さん」


 腰くらいまである髪を背中あたりで一つに結んでいた。美人というよりは柔らかい雰囲気で可愛らしい女性だった。


「アマネの母のアオイです。セイヤさんね?よろしくねー」


 柔らかい笑顔で挨拶をしたアオイ。その間にアマネは椅子に座っている老人の後ろに移動する。


「それでこっちが私のお爺ちゃん。私はラウ爺って呼んでるわ」


 禿頭な老人で腰も曲がってなく、するどい眼光でセイヤを見ていた。見る人が見ると頑固そうに見えるだろう。


「ラウじゃ。……ふん!よろしくな、坊主」


 素っ気なく挨拶をするラウ。


「もう!ラウ爺!ごめんね、セイヤくん。本当は優しいおじいちゃんなんだけど」


 アマネは弁解しながら壁際に立っている男のとこに向かう。


「こちらがガイさん。半年前から試練に挑んでいるの」


 右側の前髪が少し長めの黒髪で表情は変わらずにムスッとしていた。特に挨拶を言うわけではなく、簡単な会釈のみを行った。

 アマネは少し困ったような笑顔をセイヤに向けながら、セイヤの元に来る。


「それでみんな、こちらがセイヤくん。彼もガイさんと同じく試練に挑みます」


 セイヤは「はじめまして。よろしくお願いします」と緊張した声で挨拶した。

 各自の紹介と挨拶が終わった後、しばらく沈黙が続く中、アオイが一つポンと手を叩いた。全員の視線が自然とアオイに向く。


「とりあえず、ご飯にしましょうかー。アマネ、セイヤさんを部屋に案内してあげなさい」


 そういうとアオイは昼食作りを再開した。


「はぁい。セイヤくんの部屋は…うん、こっち!」


 アマネはアオイに言われたとおりセイヤを部屋まで案内した。

 この家は今いるリビングスペースを中心に、左右に通路を挟んで二つずつ部屋がある。

 外からは分かりにくいが、この家は2階建てとなっており、左の通路を少し行くと階段がある。

 二階はアマネとアオイがそれぞれ使用している。

 セイヤが案内されたのは右側の部屋の一つだった。部屋の広さは一人で使うには十分の広さで、机、棚、ベッドが備わっていた。


「ここがセイヤくんの部屋。好きに使っていいからね」


 アマネは窓を開けて空気の入れ替えをしながら言った。


「ありがとう。これからお世話になるね」


「うん!じゃあ、またあとでね」と言ってアマネは部屋を出ていった。



 しばらくすると扉をたたく音が聞こえた。

 セイヤは荷解きしていた手を止めて、扉を開くとアマネが立っていた。


「昼食ができたから呼びにきたんだけど、邪魔しちゃったかな?」

「ううん、大丈夫だよ」

「良かった!すぐに行けるなら一緒にいこ?」


 急いで荷解きすることもないので、一緒に行くことにした。

 テーブルの上には大量の料理が並べてあった。セイヤは「いつもこんな量なのか?」と困惑していた。

 それが顔に出ていたのか「なんか張り切っちゃったみたい」とアマネが答えた。

 椅子はテーブルを挟んで三つずつ並べられていた。

 右側に奥からアオイ、ラウ、ガイの順に座っていた。そうなると自然とアマネとセイヤは左側に座ることになるのだが、

 アマネは普段座っている位置であろうアオイの前の椅子に座った。

 (……さすがになぁ)

 セイヤはそう思ってガイの前の椅子に座った。と、なにやら左側から視線を感じたセイヤ。

 ふり向くと当然アマネがいるのだが、頬をぷくっと膨らませていた。


「え?ど、どうしたの?」

「隣、あいてるんだけど?」

「いや、さすがに隣に座るのはと思って空けたんだけど……」

「隣、あいてるんだけど?」

「え、いや、でも……」

「隣、あいてるんだけど?」

「……わかりました」


 根負けしたセイヤはアマネの隣に移動する。それを見たアマネは満足したような顔でニコニコしていた。

 全員でいただきますをしてから食べ始めた。アオイの料理はどれも美味しく、みんな黙々と食べていた。

 美味しいのは美味しいのだが、数十分後。


「もう……食べられないです」


 やはり量が多かったようで、最後まで食べていたセイヤがギブアップ宣言。

 まだテーブルの上の料理は6割が残っている状態だ。


「あらあら、まあまあ。少し作りすぎちゃったかしらね。お母さん、はーんせい♪」

 と、反省しているのかしていないのかわからない感じで言うアオイ。

 間を置かずに「残りは夕飯にしましょう」と言って、片づけを始めた。



 満腹感が落ち着いてきた頃にアマネが話し始めた。


「ねぇ、ラウ爺。セイヤくんに試練について説明してほしいんだけど、お願いしていい?」


 可愛い孫娘からの頼みのため、一瞬だけ嬉しい顔をした後、ラウは説明を始める。


「おい坊主。アマネからどこまで聞いた?」

「魔獣だけじゃなく魔人というものがいることと試練を受けないか?くらいしか聞いてません」


 もう一つ思い出したセイヤは「あ!」と声を上げ、続ける。


「あと初めて会ったときに『継承者なの?』みたいなこと言われた気がします」


 ラウは少し目を見開いて、アマネのほうを見ると、アマネは小さく舌をペロッと出していた。

 やれやれといった風に首をふりながら「困った孫娘じゃわい」とつぶやいていた。


「まず坊主はまだ『継承者』ではない。アマネの早とちりじゃ。

 そもそもその『継承者』になるために試練を受けるのだから、まだ受けてもいない坊主が『継承者』なわけがないじゃろ?」

「そうですよね。僕も身に覚えがなかったので……違うとキッパリと言ってもらえて安心しました」

「あえていうならガイさんと同じく『候補者』といったところかの。

 さて他にも色々話さなければいけないんじゃが……坊主、ついてこい。アマネ、ガイさんも一緒にきなさい」


 返事を聞かずに椅子から降り、しっかりとした歩みで外へ向かった。

 初日ならこんなもんかと思いながら、セイヤも席を立つと背中を軽くぽんぽんと何かが当たった。

 振り返るとアマネがニコリと笑っていた。どうやら慰めようとしてくれているらしい。

 セイヤは小さく「ありがとう」と言って、ラウの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ