旅立ち
セイヤたちが訪れた拠点から数キロメートル離れた場所に小さな、しかし立派に作られている祠があった。
探索していたら普通なら気付くはずだが、不思議と発見されていない。
まるで何か特別なもので守られているようだ。
その祠の前にはお祈りをしている人がいた。
その人は背中に届きそうなくらいの長さの黒髪で、容姿端麗な女性だった。
またその女性を警護するような形で立っている人もいた。
その人は周りに興味をもたず、無表情に立っている一見怒っているように見える男性だった。
女性がひとしきりお祈りを終わると立ち上がり、男性のほうへふり返る。
「お祈り終わりました。……何度も言ってますけど、いつも付いてこなくていいんですよ?」
「毎回言いますが、あなたに何かあったら大変ですので」
「相変わらずですね……」
ふぅとため息をつく女性。
「では何もないうちに帰り……きゃあ!?」
帰ろうとしていた女性たちの数百メートル先の木々が轟音とともに消え失せた。
「いったい何が?……いってみましょう」
いってみようという女性を止めようと目の前に立つ男性。
「大丈夫です。何が起こったのか遠くから確認するだけですから」
仕方ないと首をふりつつ、男性は先導する。
「わかりました。十分注意していきましょう」
轟音の発生元に近づいた女性たち。
近くの木に姿を隠すと、横からを顔をのぞかせる。
武器を持った人が、素手の人に向かって疾走しているところだった。
「「!?」」
そこで二人は驚くべきものを見る。武器を持った人が小さな光が集まっているところを踏んだのだ。
「まさかあの人……天子が見えてるの!?」
女性は驚きのあまり声に疑問が出てしまっている。男性は沈黙したままだ。
「偶然?ううん、偶然だけじゃ天子の力は使えない……もしかしてあの人も?」
女性が自問自答しているあいだに、片腕を失った人が武器を持った人に襲い掛かろうとしていた。
それを見た女性は男性に質問をする。
「転移符、何枚ありますか?」
「帰還用に一枚と予備に数枚はありますが?」
「一枚使って、どこか遠くへ飛ばしてください!」
「……どちらをですか?」
「片腕がないほう!」
女性の説得に負けたのか、男性は懐から転移符を取り出した。
「わかりました。いってきますので、ここでお待ちを」
そう言い残すと男性は一瞬で近くまで移動し、転移符に向かって何やら口ずさんだあと、転移符を片腕を失った人に向かって投げた。
「これは転移符!?くそっ!まさか近くに、理……」
転移されたことを確認したので戻ろうとしたが、近くに女性がいた。
そのまま男性を追い越して、倒れている人のもとへ向かおうとしていた。
「お待ちを!?」
静止を試みたが、歩みは止まらず、そのまま木の陰から姿を現してしまった。
そして女性は倒れている人に向かって、質問を投げた。
「あなた、継承者なの?」
「ん?ここは……?」
セイヤは目を覚ますとまず目に入ったのは真っ白な天井だった。
また体の周りを見ると、これまた白で統一された寝具の上に自分が横になっているのがわかった。
どうやらここはセイヤが住んでいる街の病院のようだ。
「僕はあのあとどうなったんだ?覚えてるのは相手が突然消えて、
そして……あ、凄く綺麗な人を見たな。女神かな?」
「ありがとうございます。けど、女神は言い過ぎよ」
「あ、すみません。けど僕が言うのもあれだけど……見たことない格好をしてたな」
「これのこと?これはれっきとした装束なんだけど?」
「そうそう。そんな感じの格好……って、えぇ!?」
女性はジトっとした目でセイヤを見ていた。
セイヤは何でここにいるのか?や本人を目の前に失礼なことを言ってしまったことへの申し訳なさなどが頭のなかで混ざり合って、混乱していた。
そのため「え……あの……え……なんで?」など言葉になっていないことを発していた。
女性はそのなかの「なんで?」だけが聞き取れたらしく、答えた。
「門番の人に『刀を使っている男性に会いたい』って言ったら、最初は断られたけど、再度お願いしたら通してくれただけじゃなく、案内までしてくれたわよ?」
「……ちなみにどうお願いを?」
「え?大したことじゃないわよ?こう……『お願い?』って感じで」
こんな美人の上目遣いされながらの「お願い?」を断れるだろうか?いや断れない。
(いや門番としてどうなの?って思うけどさ……)
「僕になんの用があるの?」
質問を受けた女性は少し考えたあと、右手の人差し指を立てた。
「率直に聞くけど、これが見える?」
セイヤは女性の右手を見る。そこにはピンと立てた人差し指と、指の先に小さな光がふよふよ浮いているのが見えた。
「えーっと……人差し指と、指の先に小さな光が……」
どっちが正解かわからないので、両方答えると、答えをきいた女性はふっと息をつく。
「そっか。やっぱり見えるのね」
女性は納得すると、意を決したような面持ちでセイヤに問う。
「ねぇ?私の家に来ない?」
何を言われたのか理解できないような顔で固まったセイヤ。
お互いのこと何も知らないのにいきなり異性を家に呼ぶ?とか色々頭のなかで考えていたが、意図を聞こうと口を開こうとすると、先にドアが開いた。
「「「「な、なんだとー!?」」」」
雪崩れ込むように入ってきたのは、会話を盗み聞きしていた同僚たちだった。
盗み聞きをしていたのを詫びることもせずにセイヤに掴みかかる同僚たち。
「てめぇ!?彼女とどういう関係なんだ?」と血相を変えて問い詰める人もいれば
「どこまでしたんだ?えぇ、おい?」とニヤニヤしながら質問する人もいれば、
「くそっ!こんな可愛い子を!くぅ!羨ましいぜー!」と泣き出すやつもいた。
離れて見ていた女性陣は「男ってやつは……」って目で呆れていた。
言った張本人は「私へんなこと言ったかしら?」という感じできょとんとした顔で首を傾げていた。
「あーもう!誰でもいいからなんとかしてー?!」
しっちゃかめっちゃかの状態のなか、セイヤはそう願うしかなかった。
「ったく、お前らなにしてんだよ」
身体中包帯が巻かれた状態の班長が呆れたようにつぶやく。
あの後看護師長が部屋にきて、大変さわやかな笑顔で「そんなに元気ならお庭いこっか?」とこめかみをピクピクさせながら優しい声で言うと、その場にいた全員がこくこくと首を縦にふりながら、それに従った。
ではあの場にいなかった班長がなぜここにいるのかというと、全員が庭に行ったあと、班長の病室に看護師長が訪れ、これまた大変さわやかな笑顔で「元気なお仲間さん、庭にいますよ?」と言い残し去っていったようだ。
「あれ、『おまえのとこのなんだから、なんとかしろよ?わかってんな?』って顔だったぜ……」
班長はため息をつくと、話を始めた。
「まぁ良い機会だから状況整理でもするか。なぁ、嬢ちゃん」
班長は今回の騒動の元になった女性を見る。
「はい?なんでしょうか?」
「あんたがセイヤ……あー、あんたの隣に座っている男を拠点の近くまで連れてきたのか?」
「はい。それで合っています」
あの後意識を失ったセイヤをこの女性が拠点の近くまで連れてきて、
それを拠点の外まで吹き飛ばされたセイヤを助けにいこうとした同僚が見つけて救助したようだ。
「なんであの場にいなかったのか気になるが、セイヤが世話になったことには変わりはない。恩に着る」
そういうと頭を下げて感謝を述べた班長。
「僕からも。助けてくれてありがとう」
セイヤもあの後起こったことを聞くとお礼の言葉を言った。
「いえ。当然のことをしたまでですよ」と笑顔で答えた女性。
「で、また現れたと思ったらセイヤを婿にしたいって話だったか?」
「話に尾ひれがついている!?」
「いえ?まったく違いますよ?」
セイヤと女性は同時に否定する。
二人の反応を見た班長はこの話し合いが始まる前に状況を説明した同僚の一人を「おまえ!話がちげーじゃねーか!」とシバいていた。
誤魔化すように咳払いをすると、改めて質問をする。
「じゃあ、セイヤに何の用だったんだ?」
「先ほども言ったのですが、私の家にきて試練を受けてほしいのです」
真剣な顔で答える女性とは反対に、この場にいる班長以外の全員が思った。
——さっき、そんなこと言ってねー。
「さっき言ってないよー……」とセイヤは心の声が漏れてしまう。
「その試練ってやつはセイヤしか受けれないのか?」
「はい。大変申し上げにくいのですが……彼しか受ける資格はないようです」
だって、と。
「皆さん、目の前にあるものが見えてないでしょう?」
全員が不思議そうな顔をしながら、きょろきょろと見まわしたり、
目の前を手でブンブンと振り払ってみたりと様々なことをやっていた。
班長も同じようなことをしていたが何も起こらなかったので、疑問を口にする。
「うーん、なんもねーけど……セイヤ、お前には見えるのか?」
「はい。これくらい小さな光がみんなの目の前に浮いてます」
セイヤは人差し指と親指でつまむような形を作り、光の大きさを表しながら言った。
班長はふむと一つ唸ると女性に質問を続けた。
「その小さな光ってやつが見えるか見えないかで何が変わるんだ?」
「そうですね……拠点?でしたか?そこを襲った魔人を覚えていると思いますが、
その者と対等に戦えますと言ったら分かりやすいでしょうか?」
女性の放った言葉に全員が驚きを隠せず、ざわめき始める。
「嬢ちゃん、それは本当か?」
「はい。相手が使用している力を見ることができますし、こちらも同等の力を使うことができます」
女性はセイヤのほうを見向く。
「あなたは魔人が使った力が見えたんじゃない?」
全員がセイヤを見る。班長も「どうなんだ?」と促す。
「相手の初撃のとき、右腕に黒い光が集まって、黒いオーラになったのは確かに見ました。あれだけはっきりと見えたから、てっきりみんなも見えていたと思ったけど……」
軽く右腕をふるわれただけで大惨事になったことは全員思い出したが、「右腕に黒いオーラを纏っていた」ことは誰もわからなかった。
しばらく静寂が周囲を包んでいた。そんな中、班長がおもむろに口を開いた。
「まぁなんだ、嘘言ったところで得もないことだからな。セイヤや嬢ちゃんが見えているのは本当なんだろう。
……そういやぁさっき拠点を襲った奴のことを『魔人』って言っていたが、詳しく教えてくれるか?」
女性は一瞬ハッとした顔をしたが、すぐに表情を戻して淡々と答えた。
「そうですね、人間と同じ見た目と知恵がある魔獣……といえば想像できますか?」
周囲がまたざわめき始める。そんな中、班長は一人納得いったという顔をしていた。
「なるほどな。あんな人間離れした力は何なのか疑問だったが、魔獣と同じ力を持った人間ってことなら納得はいく。しかし見た目も人間と同じじゃ、そいつが魔人かどうかぱっと見で判断できねーな」
「同じといっても全てが同じということではありません。それこそ、ぱっと見でわかります。魔人は全員真っ赤な眼をしているのです」
女性から説明を受けると、班長は再度納得いったという顔をした。
まだ班長の質問は続く。
「確かにあいつの眼は赤かったな。魔獣と同じということは魔人もまた多く存在するのか?」
今までの見回りで目撃したのは魔獣のみであり、魔人と会ったのは今回が初めてだったのだ。
(出来れば少ないと言ってほしいところだが……)
班長は内心期待をしていたが——。
「はい、多く存在するという考えで間違いないです」
班長は一度ふぅと深く息を吐き、少しでも落ち着いたところで質問を再会する。
「魔人は黒いオーラってやつを使うのか?もしそうであれば、嬢ちゃんやセイヤならともかく、見えない俺たちじゃ魔人と戦うなんてとても……なぁ」
班長の表情がだんだん暗くなっていく。それにつられて、周囲の雰囲気もまた暗くなっていった。
セイヤもなんて声をかけたらいいか戸惑っていた。ふと横にいる女性を見ると、目を閉じて、ふぅと一つため息をついてから質問に答えた。
「全ての魔人が黒いオーラを使えるわけじゃありませんよ?私たちも光が見える人と見えない人がいますでしょう?これは魔人側も同じで黒いオーラが使える者と使えない者がいます」
女性は続ける。
「そしてどの魔人が黒いオーラを使えるのか使えないのかは実際に使っているとこを見ないとわかりません。だって、見た目は他の魔人と同じなんですもの……無理な話です。これは魔人側も同じだと思います」
でもと女性はさらに続ける。
「力の有無よりも戦う、守るなどの意志のほうが重要だと私は思います。
皆さんはその意志をもって、自分よりも脅威な相手と戦っていたわけでしょう?
見えない、使えないと魔人とは戦えない?……そんなわけない」
女性は微笑みながら「いいですか?」と優しく語り掛ける。
「私は皆さんなら必ず戦えると思います。どうか今までの自分自身を信じてください」
女性が言い終わると、同僚(全員男)がプルプルと震えだしたかと思えば急に立ち上がり、「うぉぉおお!やってやるぜー!!」や「俺が君を守るぜー!!」など雄叫びをし始めた。
班長も自身の額に手をぴしゃりと当てて言った。
「あー俺らしくもねーこと言っちまったな!なさけねー!
嬢ちゃんの言うとおりだ。俺たちは今までどおりやっていけばいい」
班長はセイヤのほうを向く。
「セイヤ、お前はどうする?」
「僕は……」
一瞬考えるが、答えはすでに決まっていた。
「試練を受けようと思います。お願いできるかな?」
セイヤは女性のほうを向いて尋ねてみた。
女性は優しい笑顔を作り、一言。
「もちろん!」
こうして、セイヤの旅立ちが決まった。
「ところで、班長……」
「あぁ……お前も気づいたか」
二人の視線の先には——怒りで全身をプルプルとふるえさせながらも、笑顔でこちらを見ている看護師長がいた。
それに気づかず、いまだに雄叫びをあげている同僚たち。
「……僕、逃げようかな」
彼らがどうなったのかは——ご想像に。