襲撃 ーその者の瞳の色はー
最終日の朝。灯台の下。
全員が出発の準備が終わるのを確認すると、台座の上に立ち、声を発する。
「今日が最終日だ!午前中に探索して、午後には帰路に着く!半日だけだからって、気ぃ抜くんじゃねーぞ!」
おう!と全員が返事をする。
「よし!各組、割り当てた場所に出ぱ……ん?誰だ、あいつは?」
演説中に拠点の入口に目を配ると、入口から拠点に入ってくる「人」が目に入った。
班長の視線を追うように、全員入口の方向を向く。確かに「人」が入ってくる。
入ってきた「人」が立ち止まり、しばらく静寂が辺りを満たす。
顔はよく見えないが、ツンツンした短髪で、タンクトップの上に袖のないジャケットを羽織っていた。
痺れを切らした同僚が何かを言おうとしたときに、入ってきた「人」が先に口を開いた。
「はじめまして」
まるで知り合いに言うような軽い口調で挨拶をする。
「そして——」
瞬間、班長とセイヤの全神経が警報を鳴らす。「あいつは危険だ、逃げろ」と。
二人は叫ぼうとしたが、入口側から不吉な言葉を発するほうが早かった。
「さようなら」
え?と呆気にとられる同僚たち。二人はやっと叫ぶ。
「「みんな!逃げろ!」」
だが、相手の方が早かった。右腕に小さな黒い光が集まっていくのがセイヤには見えた。
やがて黒い光は黒いオーラに変わり、右腕に纏わる。
そこまで認識したところで、相手はすぐ近くにいた同僚の目の前まで接近していた。
相手は軽く右腕をふるった。たったそれだけで数十人の同僚たちが様々な方向に吹き飛んで行った。
何人かは何度も地面をバウンドしながら転がっていく。
また数人は周囲にいた同僚たちを押し潰したり、巻き込んで一緒に吹き飛んでいた。
たった一振りで被害は甚大だった。
死人は出なかったが半分以上の同僚たちが重軽傷を負った。
相手は腕を振りぬいた姿勢のまま、顔を上げた。
すぐに目についたのは真っ赤な眼。
(な、なんなんだ!?あれは?)
セイヤもさすがに動揺していた。
(人じゃないのは今のでわかった。じゃあ、魔獣?いや、魔獣よりもっと危険な存在だ!)
自問自答が止まらない。
(赤い瞳をした新しい種族?なんだそれは……そんなのは知らない!聞いたこともない!)
セイヤが自身と葛藤している間、同僚の一人が問いかけた。
「お前、なんなんだ?!人間じゃないな?魔獣か!?」
問われた相手は憐れんだ目で周囲を見渡す。
「俺が魔獣だと?はっ!どうやらこの世界を全く知らない雑魚どもだったようだな!」
「雑魚だと?」
同僚の何人かが雑魚と言われて、各々の武器をかまえる。
「ダメだ!やつと戦っちゃ……!」
それに気付いたセイヤが叫ぶが、聞く耳をもたない。
「あぁ?反応する部分が的外れだ、雑魚ども。……はぁ。もういい。何も知らないまま——消えろ」
同僚——一日目の夜に剣を持ちあげていた——が斬りかかる。
「……おせぇ」
相手は同僚に見向きもせずに、右手で剣身をつかみ、そのまま折る。
同僚は驚く暇もなく、相手の前蹴りを腹部に受けて、吹き飛ぶ。
右脚を上げた状態の相手の後ろから同僚——一日目の夜に剣を持ち上げた男と言い合いをした——が槍で突きを繰り出す。
だが。
「てめぇもおせぇし、バレバレだ!」
相手は後ろを向かずに槍を左手で掴み、左脚を軸に回転。
凄まじい回転の勢いで槍が半ばから折れ、上げた状態の右脚が同僚の脇腹を強打し、この同僚も吹き飛ぶ。
「ちっ!遊び相手にもなりゃし……」
「貴様……何をしてくれとんじゃあああぁあぁあ!」
相手が言い終わる前に籠手をつけた筋骨隆々な男——班長が力を込めた右腕で相手の顔に一撃を放つ。
同僚(槍)のさらに後ろから相手に近付いていたようだ。
相手が吹き飛んでいる隙に全員に指示を出す。
「あいつは俺がひきつける!お前らは互いを助け合いながら、この場から逃げろ!」
言い終わると班長は一瞬セイヤのほうに視線を流し、相手に向かって疾走。同僚たちも指示通りに動き出した。
吹き飛んでいた相手に追いつくと、疾走の勢いも乗せた拳で顔を殴打。
両手両脚両肘両膝を駆使して攻め続ける班長。
これを見ていた同僚たちに「もしかしたらイケるんじゃないか?」と思いが生じ始めた。生じ始めてしまった。
徐々に徐々に逃げる足が止まる同僚たち。これに気付いたセイヤが声を上げる。
「ダメだ、みんな!ここから逃げるんだ!」
セイヤの声を聞いた同僚の一人が予想どおりの言葉を言う。
「でも、あのままなら倒せるんじゃないのか?」
この言葉に何人かの同僚が頷いているのを見て、セイヤは声を荒げる。
「班長の言葉をもう忘れたの!?ひきつけるって言ったんだよ?いいかい?ひきつけるだよ?倒すじゃないんだよ!?」
だから早く逃げよう!と続けようとしたが、班長の猛襲を受けながら相手がつぶやいた。
「この程度か」
相手は班長の右手の殴打を左手で軽く受け止め、掴みこんだ。
班長は振り払おうとするがびくともしない。
相手の姿を見るとほんの少しだけ赤くなっている部分がある。
逆を言えば、あれだけの猛襲をもってしても「ほんの少しだけ赤くする」ことしかできなかった。
無傷と言っても過言ではないだろう。
「その辺の雑魚とは違うな。魔獣相手なら通用するだろう」
だがな?という言葉と一緒に掴んだ手に力を込める。ぴきりと籠手に嫌な音が走り出す。
「俺からすると……お前も雑魚だ!」
ばきりと右腕の籠手が砕け散る。それに構わず、左腕で殴打しようとするが相手のほうが早かった。
相手は空いている右手で班長の腹部を殴打。これだけで意識が飛びそうになるが、相手は止まらない。
先ほどの班長にお返しとばかりに、両手両脚両肘両膝を駆使して尋常ではない重さと早さで攻め続ける。
相手は班長の腕をつかみ、自分を軸として回り始める。始めは遅く、だんだん回転の速さが増していく。
速さが十分増したところで斜め上に班長を放り投げた。
投げられた先には——灯台。灯台の中間あたりに衝突。灯台に貼り付けにされたまま、ぴくりとも動かない班長。
「嘘だろ……」と誰かがつぶやいた。このつぶやきに答えたのは班長をこの状態にした張本人だった。
「嘘だと?残念だがこれは……」
相手は両脚に力をこめてその場から跳躍。磔にされた班長を威力を増した脚で蹴る。
「現実だぁああ!」
相手のトドメの蹴りを受けた班長は灯台のなかを突き進み、ほんの数秒で反対側から出てきた。
灯台の反対側にいた同僚たちが飛んできた班長を受け止めた。
が、勢いは無くなっておらず受け止めた五人の同僚たちを巻き込んで数メートル吹き飛んだ。
これだけで蹴りの威力がどれほどかがわかってしまう。
灯台も班長が通った箇所から亀裂が走り始め、メキメキと音を立て、そして半ばから折れた。
「お、おい!灯台の上側がこっちに落ちてくるぞ!逃げろー!逃げろーー!」
落ちてくる灯台の上側の下敷きにならないように、落下地点にいた同僚たちは必死に駆け出した。
周囲に落下時の衝撃と轟音が走る。衝撃で転倒する同僚は何人かはいたが、下敷きになった同僚はいなかった。
そんななか、灯台と一緒に落ちてきた相手は灯台がもたらした衝撃を物ともせずに着地。
「さてと、次はどの雑魚を始末しようか」
班長に圧勝した相手は次の獲物を探すため、周囲を見渡す。
右側を向いたとき、目の前には——刀身があった。
(班長をも圧倒するのか……)
セイヤも他の同僚たちと同じく動揺を隠せずにいた。
班長なら全員とは言わずとも、ある程度の人数が逃げる時間は稼げると思っていたが、考えが甘すぎていたようだ。
危険な存在とは思っていた。しかし、相手の力量をはかれず、今までの魔獣よりは強いというひどく曖昧な考えが招いた結果が今目の前に起きていることだ。
(僕が戦っても同じ結果にしかならないな……けど!)
そう、けど今必要なのは結果がどうこう考えることではない。
逃げるのか、逃げないのか。
戦うか、戦わないか。
ただこのどちらかを選ぶだけ。
逃げる?逃げない?——逃げない。
戦う?戦わない?——戦う。
決意はした。戦うべき相手が落ちてくるのも見えている。
あとは一歩前に出るだけ!
セイヤは相手に向かって疾走した。
相手は着地したが、向かってくるセイヤには気づいていないようだ。
運が味方したのか間合いに入っても、まだ相手は気づいていない。
間合いに入った瞬間、右手を左腰にさしている刀の柄に伸ばす。
抜刀。
鞘から刀身が出て、右腕があと少しで伸びきるというところで相手がこちらに振り向く。
「……な!?」
セイヤが驚くのも無理はない。相手の隙をつき、時間で表すとたったの二秒後には斬っていた状況であった。
だが、結果はどうだ。
相手のほんの数センチ前で刀身が捕まえられているではないか。
「あぶねー。さすがにヒヤッとしたが……あと一秒遅かったな」
セイヤは内心舌打ちをしながら次の手を考えているなか、
相手は匂いをかぐように鼻をひくつかせ、視線を刀身に向ける。
「この匂い……そうか、てめぇか」
相手はセイヤを睨みつける。
「てめぇだったのかぁぁあああ!」
手のひらから血が出るのも構わず、刀身を強く握り、
怒気を孕んだ咆哮とともに、掴んでいた刀をセイヤごと真上に投げ飛ばした。
折れる前の灯台の高さまで一瞬で飛ばされたセイヤは地面に目を向ける。
(やつがいない!?どこに?)
ふと自分の左側に気配を感じた。
そこには両手を頭上で組み合わせた状態の相手がいた。
「どぉらぁぁああ!」
相手は組み合わせた両手をセイヤの腹部目掛けて振り下ろした。
セイヤは驚きのあまり回避も防御もできずに、まともにくらってしまった。
全身に今まで受けたことのない衝撃を感じながらほぼ水平に飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。
拠点を越え、拠点の周囲にある木にぶちあたる。木が折れる。勢いは止まらない。
木にあたる。木が折れる。勢いは止まらない。木にあたる。木が折れる。勢いは止まらない。
血をまき散らしながら飛ばされていくセイヤ。
何度も木にあたっているため、勢いは徐々にではあるが弱まっている。
勢いに比例して進行方向も下へ下へと向かっている。
何本目かはわからない木にあたり、木が折れたところで、次の木に当たる前に地面にあたる。
残った勢いで地面を転がり、地面を跳ね、景色を何度も変えて、そしてやっと止まった。
(生きている……)
全身傷だらけの血だらけではあったが、なんとか生き延びていた。
(四肢もちゃんとあるし……刀、手放さなかったんだな)
刀を手放してもおかしくない衝撃を何度も何度も繰り返していたが、しっかりと握っていたようだ。
今の自分の状態を確認し終わると、身体を持ち上げ始めた。
身体を少し動かしただけで激痛がはしるが、痛みを意識のそとに追いやる。
立つことはまだ出来そうにないが、なんとか近くの木に背もたれて座ることはできた。
自分が飛んできた軌跡を見る。遠くのほうに折れた状態の灯台の上側がほんの少しだけ見えた。
どうやらかなりの距離を飛ばされたらしい。
目も少しやられたのか、小さな光がいくつか見えていた。
セイヤは少しでも休もうと目を閉じた。が。
「なんだ、生きているのか。まぁあれでくたばってもらっちゃ困るけどな」
相手がそれを許さなかった。
相手は座り込んでいるセイヤの胸倉をつかみ、立ち上がらせる。
「最後になにか言いたいことはあるか?」
セイヤは話すのもやっとな状態ではあるが疑問を打ち明けた。
「じゃあ……一つだけ。どうしてこんなことを?」
「どうしてだと!?昨日やったことを忘れたとは言わせねーぞ!?」
「昨日?……魔獣を倒した……こと?」
「そうだ。昨日やられたやつの匂いがてめぇの武器からしたからな。仇を取るとはいわねーが、同じ目にあわせてやる」
「お前は……いったい何……者なの?」
「これから消えるお前に教える必要はねーな」
相手は会話を締めくくり、セイヤを突き飛ばす。セイヤも倒れまいと足腰に力を入れる。
セイヤが顔を上げて相手を見たとき、拠点で甚大な被害を起こした原因であろう黒いオーラを右腕に再び纏っていた。
「もう一つ聞きたいん……だけど、その黒いオーラは……なに?」
セイヤのこの言葉を聞いた相手は驚愕の表情をしていた。
「てめぇ……これが見えるのか?」
見えているけど何なのかがわからないから聞いているのだ。
見えていなかったら最初からこんな質問などしない。
そう思ったセイヤは言葉を発しようとしたが、先に相手が口を開いた。
「そうか、見えるのか。てめぇは危険だ。ここで消しておかねーと後々面倒になりそうだ!」
そう言い放つと相手はセイヤに向かって駆け出した。
「答えになってない……んだけどな」
そうぼやきながらも刀を持ち上げる。正直勝てる気が全くしない。
黒いオーラを纏っていない一撃をくらっただけでも今の状態なのだ。
今の攻撃を受けたら本当に消えてしまいそうだ。
「けど……戦うって決めたから」
なら最後まで戦おう。そう闘志を燃やすとボロボロの身体に鞭を打つ。
セイヤの視界には右腕を大きく振りかぶっている相手が見えた。
あと先ほどからずっと小さな光が見えていた。
(本当に目をやっちゃったかな……)
そう思って視界から小さな光をどけようと右腕で振り払う。
相手が右腕を突き出す。轟音。
凄まじい一撃の後に見えたのは見晴らしの良い光景だった。
それもそのはず。さっきまであった木々が扇型に数キロメートル先まで無くなっているのだから。
「雑魚のうちに消せてよかったぜ。さて戻って残りの雑魚どもも蹴散らすか」
今まで遭遇した魔獣が比べものにならないほどの威力と速さ、それに加えセイヤは動くのもやっと状態であった。
普通なら相手の完全圧勝である。相手もそれをまったく疑わなかった。
だから戻ろうと踵を返す途中で——自分に向かってくるセイヤを見てもすぐには動けなかった。
(な、なにが起こったんだ!?)
相手が右腕を突き出す——よりも先に右手が小さな光に触れるのが早かった。
途端。
セイヤは見えない手で思いっきり引っ張られたような勢いで、相手の右側の数十メートル先に移動していた。
その速さは相手が気づかないほどの速さであった。
セイヤの視界には最初よりは数は減っていたが、まだ小さな光が見えていた。
(もしかして…この光の力?)
一番近くにあった小さな光に答えがないのを承知で問いかける。
「もう一度、力貸してくれる?」
答えはなかったが、一瞬今よりも強めに発光することで応えてくれたようだ。
「ありがとう。なら、倒せるかわからないけど……一矢報いてみようか」
セイヤは小さな光たちとともに駆け出す。
(なんで生きてやがる!?)
避けたのか?俺の一撃を?
そう思った瞬間、怒りが込み上がり、赤き眼の輝きが増す。
「上等だ!今度こそ消してやらぁ!!」
セイヤと一緒に移動していた小さな光たちが一気に加速し、
セイヤがあと二、三歩で着くであろう場所に集まっていた。
小さな光たちの意図を察したセイヤ。
相手は左腕を振りかぶろうとしていた。と同時に、セイヤは小さな光たちが集まった場所を踏む。
相手が気づかないほどの超加速。セイヤは刀を突き出した格好で突き進む。狙いは相手の首。
だが、相手もそれで決まってしまうほど甘い存在ではない。
加速には気づかなかったが、自分の首に刀の切っ先がせまっていることに気づくと右側に回避した。
刀の切っ先が首の左側を通過する。
相手はセイヤの顔を見やる。あの顔は——
(まだなにか狙ってやがる!?……っ!な!?)
それに気づくのと同時に左肩に痛みが走った。相手は驚きのあまりまたしても動けなかった。
セイヤは突きがかわされたことに気づくと、迷わず刀を振り下ろしていた。
班長の打撃で傷一つつかなかった相手の身体を斬れるのか?という疑問はあったが、
ここに吹き飛ばされる前に「相手が刀身を握ったときに手のひらから血が出た」ことを思い出していた。
そうセイヤの刀は相手を斬れるのだ。
「僕たちのことを散々遅いと言っていたけど」
刀が相手の左肩にくい込む。力を入れる。さらに深くくい込む。
「お前も遅かったね。人間の強さに気づくのにさ!」
セイヤは全身に力を込めて、刀を振りぬき、相手の左腕を斬り飛ばした。
セイヤは加速の勢いを止められずにそのまま直進していたが、
さっきまで動いていたのがウソのように足に力が入らなくなり、数回地面を跳ねながら転がっていった。
セイヤが止まると、相手の激昂した声が響き渡った。
「人間風情がぁああ!俺の腕をよくもぉぉぉおおお!」
相手は血を大量に流しながら、セイヤに近づいていた。
セイヤ自身は身体を動かそうにも全く動きそうになく、刀も無理やり相手の左腕を斬ったことにより歪んでいた。
(ま、一矢報いたからいいかな……)
半ば諦めていたが、ふと相手の歩みが止まる。
「これは転移符!?くそっ!まさか近くに、理……」
言い終わる前に相手はその場から消えてしまった。しばらく場が静寂につつまれる。
「助かったのか?」
セイヤがつぶやくと、がさがさという音が残っていた木々のほうから聞こえた。
身体を動かすことはできなかったが、音は幸いにもセイヤの視線のほうからしていた。
音はこちらに近づいているようだった。
しばらくすると木の陰から現れたのは——
美しい女性だった。
時間にしたら数秒見つめあったあと、女性が口を開く。
「あなた、継承者なの?」