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理の継承者  作者: 鈴本 流幸
第一章
3/78

vs魔獣

 魔獣。

 セイヤたちがいる場所だけでなく世界各地に存在しており、

 どこから来て、いつから居るのか、どれだけの数がいるのかなど、全てが謎につつまれている。

 姿形は見慣れている動物たちとさほど違いはないが、禍々しさが数倍増している。

 禍々しさが増しているだけならまだマシだが、一番大きく異なっている部分がある。


 ()()()だ。


 一番多く目撃されているのは狼タイプだが、

 この狼タイプは多くの個体が一般人より一回り大きい。

 一番小さいと言われている兎タイプでも一般人のお腹あたりまでの大きさがある。

「十分大きいじゃないか!」と思うだろうが、「他のタイプと比べると一番小さい」のである。

 また能力に関しても狼タイプは狼より早く走り、兎タイプは兎よりも高く跳躍できる。

 大きさに加え、能力も高く、さらに禍々しい姿とあれば人々に恐怖を与えるには十分すぎるだろう。

 目撃されている種族は他にも熊タイプや獅子タイプなども少なからず目撃されている。


 今セイヤたちが目撃している魔獣は狼タイプである。


「俺たちが気付いているんだ。魔獣も俺たちに気付いているだろう。

 意味があるかはわからないが、少しずつ近づいて奇襲をかけよう」


 同僚が言った言葉に全員が頷く。確かに意味がないかもしれないが、

 気付かれずに相手の懐に近づけるのであれば先手が取れるかもしれない。

 上手くいけばこの先手で魔獣を倒すこともできる。

 倒すまでもいかずとも弱体化することはできるかもしれない。

 そう考えての行動である。


「よし、行くぞ」


 それは一歩とは呼べるものではなかった。言うなれば、すり足だろう。

 それもたった数ミリ動いただけ。

 だが魔獣はこれに反応し、こちら側に首を巡らせ、駆け出した。


「な!?」


 同僚たちが驚くのも無理はない。人によっては動いたとは思わないだろう。

 こんなに早く気付かれるとは思ってはいなかったらしく、動揺を隠せずにいた。


「皆、動揺するなとは言わないけど、棒立ちもしていられないよ」


 セイヤは自分の荷物を地面に置きながら言った。


「僕が前に出る。奇襲はダメだったけど、迎撃はできると思うから準備よろしく!」


 言うのが終わると同時に駆け出すセイヤ。

 (「答え」はもらってないけど、今まで一緒にやってきたんだ。きっと「応え」てくれる)




 魔獣の移動は凄まじかった。

 周りの木々がまるで存在していないかのように吹き飛ばしながら、まっすぐ向かってくる。

 これだけで魔獣の膂力が驚異的であることが感じられる。

 反対にセイヤの移動は魔獣ほど派手ではないが、

 木々の間を「速度を全く落とさずに」駆け抜けている。


 互いの距離が数十メートルとまで近づいてきたところで、セイヤは斜め前に大きく跳躍した。

 セイヤの下を通り過ぎる魔獣だが、セイヤのことに気付いていないのか、変わらず直進している。


「ん?僕に反応しないか。お前からすると、僕も同じ弱者ってことかな」


 魔獣が人間を弱者と思っているかはわからないが、取るに足らないモノとは思っているだろう。

 セイヤは体をひねり、空中にある魔獣が吹き飛ばした木に着地。

 いや、着「木」。

 足腰に力を込めて、再度跳躍。狙いは空中に残っている他の木々。

 この木々を足場として、魔獣に近づいていく。

 彼我の距離が数メートルまで近づいたところで、今足場にしている木がミシリと音が鳴るほど足腰に力を込め、魔獣に向かって大きく跳躍。

 腰を軽くひねり、左手で鞘を握り、右手を柄にそえる。

 魔獣がセイヤの間合いに入った瞬間、柄を握り、抜刀。

 落下速度を加えた一閃が魔獣の右脇腹を切り裂いた。


「グガアアアッ!?」


 魔獣は急制動し、自分に傷をつけたモノを探し始めた。

 するどい眼光が自分を傷つけたであろうモノ、セイヤを捉える。

 魔獣は一目散で駆け寄り、左前脚を振りかぶった。

 セイヤは着地と同時に、小さくない衝撃が全身を走ったが構わず後方に大きく跳躍。

 セイヤが着地した場所を魔獣の左前脚が薙ぐが空振りに終わる。

 魔獣はセイヤを追撃しようと、四肢に力を込めた。意識が完全にセイヤのみに向いている。

 だから気付いていない。——魔獣に向かっている三つの影に。


「ギャウガアアッ!」


 一つ目の影、遠く離れた斜面から弓を持った同僚が放った矢がセイヤが切り裂いた傷に突き刺さった。


 (応えてくれた!)


 セイヤは心の中で笑みを浮かべている間に、気合のこもった雄叫びが聞こえた。


「おりゃああああ!」


 セイヤが自身と会話している間に二つ目の影、剣を持った同僚が魔獣の右前脚に

 体重を乗せて、剣を水平に突き刺した。


「まだまぁだぁぁああああっ!」

 半分以上の剣身がくい込み、そのまま剣を全力で振りぬいた。


「ガアアアアアアッ!?」


 決して小さくない傷を右前脚に受けたことにより、自重を保つことができず、魔獣の体が右側に傾く。

 剣を持った同僚がその場から飛び退くと、


「どりゃあああああ!」


 魔獣が体勢を崩すのを狙っていた三つ目の影、斧を両手に持った同僚が近くの木の上から魔獣に飛び掛かる。

 落下速度と体重を合わせた一撃が魔獣の首をとらえる。


「ギャウウァアアアア……」

 力なく倒れ始める魔獣。それを見て気が弛緩し出す同僚たち。そして、魔獣に向かって駆け出すセイヤ。


「気を緩めちゃダメだ!まだ致命傷じゃない!」


 同僚たちに向けて言うと、同僚たちは「え?」と驚いた顔をする。

 その隙を狙ったかのように魔獣が急激に動き出す。

 傷ついた右前脚も気にせず四肢に力をこめて体勢を整え、首の傷も構わずに首を振り回す。


「う…うぁ…うわぁあああ!」


 魔獣の首振りに抗えず、斧を首に刺したまま手放してしまい、同僚(斧)が吹っ飛ぶ。

 魔獣は吹っ飛んだ同僚(斧)を噛み千切ろうと鋭利な牙が生えた口を大きく開け、飛び掛かった。



 セイヤは魔獣に向かっている途中に考えていた。

 (くそっ、間に合わない……)

 セイヤの視界には魔獣が今まさに同僚(斧)に大きな口を開けて、飛び掛かっているのが見える。

 (何か手はないか!?このままじゃ、助けられない!!)


 セイヤが思いふけていると、斜面を降りてくる同僚(弓)が見えた。

 弓矢ならなんとかなるかもしれないが、不運にも同僚(弓)の位置が悪く、

 魔獣の気をそらせる箇所を狙うことができない。

 そのときセイヤに一つの考えが閃く。我ながら無謀だなと、自嘲する。

 セイヤは足を止め、同僚(弓)に向かって叫ぶ。


「おーい!僕に向かって、矢を放って!」


 同僚(弓)は一瞬ポカンとするが「どうなっても知らないからな!」と言われた通り、セイヤに向かって矢を放った。


 セイヤは魔獣の「ある部分」を確認するために一瞬だけ魔獣に意識を向け、

 すぐさま、飛来している矢に意識を向け、刀をかまえる。狙いは——鏃。


「ふっ!」と強く息を吐くと同時に、刀を左下から斜め上に向かって振りぬく。

 刀の「みね」の部分が狙い通り、鏃に当たる。

 キンッ!という音を鳴らした後、矢は進行方向を変えて、再度飛んでいく。飛んだ先には——魔獣の右眼。


「ガアアアアアアアアアアアッ!」


 空中にいた魔獣の右眼に矢が突き刺さり、体勢が崩れる。

 その隙に同僚(斧)はその場から転がるように離脱した。

 魔獣は体勢が崩れたまま、地面に激突し倒れている。

 難は逃れ、代わりに来たのはチャンス。




 (よかった!成功した!)

 セイヤがあのとき閃いた「矢を魔獣にあてること」は成功する確率はかなり低かったのだが、

 無事成功されたセイヤは倒れている魔獣に向かって再度駆け出す。


 魔獣はまだまだ戦えると見せつけるように体を起こし始める。

 体を起こし終わったときにはセイヤは目の前。

 セイヤと魔獣の視線が交わる。と同時にセイヤは一気に加速。

 一瞬でも自分を見失わせることができたセイヤは、右腕を思いっきり伸ばす。

 セイヤは同僚(斧)が魔獣の首に残した斧の柄をつかむ。

 左手に持っている刀を地面に突き刺し、両手で斧の柄を持ち、全力で振りぬく。

 魔獣の首に深々と傷を拡げていく。首を抜け、勢いのまま地面に斧が激突。

 斧から手を離し、その場で回転。回転中に刀を地面から引き抜き、振りかぶる。


 魔獣は人々に恐怖を与える。

 他の人よりも目撃している同僚たちでさえ、すぐに体が動かなかったくらいだ。

 魔獣の与える恐怖には慣れないだろう。

 人々は魔獣に恐怖を感じ、立ち竦んでいるだけなのだろうか。


 ()


 人々は魔獣に恐怖を感じながらも、立ち向かうことができる。

 何度も立ち向かい、魔獣に傷を与えることができるとわかった。

 魔獣に対して人々は傷を与えられるし、立ち向かえる。ならば——


人々(僕たち)魔獣(お前たち)を倒せるということだ」

 左足を大きく一歩前へ。斧で作った傷を目掛けて、一閃。




「それで?倒したのか?」


 二日目の夜、待機組が作ったご飯を

 食べながら魔獣と遭遇したときのことを話題にしていた。


「もちろんさ!な?セイヤ!」

「うん。あの後、動く気配はなかったから倒したと思うよ」


 セイヤたちが割り当てられたとこから近い場所を探索していた組の人がつぶやく。


「俺たちが駆け付けた時にはもう終わっていたからな……」

「普通は二、三組で一体倒すんだけどな。班長とセイヤの組はやっぱ違うなー」


 と、ここで班長が全員に釘をさす。


「お前ら『俺たちもいつか!』なんて考えるんじゃないぞ?二、三組で少しでも安全に倒した方が断然良いと俺は思う。命あっての物種だからな」


 だが、と続ける。


「強くなっておくに越したことはない。生き残るためにな。だから、研鑚を怠るなよ?俺やセイヤくらいに強くなれ」

「班長やセイヤくらいに強くなったなら、一組で倒せるんじゃ……」

「だぁーほ!たとえ倒せても『一組で戦っていい理由』にはならねーよ。お前らは二、三組で倒すことを心掛けていろ。大がつくくらいのマヌケは俺とセイヤだけで十分だ」


 これ以上増えたらどうしようもねー。とぼやく班長。

 ちげーね!と周りから聞こえる同僚たちの笑い声。


「ま、班長の言葉はもっともだな。な?『大マヌケ』のセイヤくーん?」

「……どうせ、大マヌケですよーだ」


 同僚に少し小バカにしたような言い方をされ、拗ねるセイヤ。


「ははは!拗ねんなよ。頼りにしているってことなんだからさ」

「ほんとかなー」


 弛緩した空気のなか、何気ない会話で盛り上がりながら夜が更けていった。




 ——時は数時間遡る。

 暗闇に閉ざされた森の中に足音が響きわたる。

 足音は暗闇というのに木々にぶつかることもなく、規則正しい音を出している。

 しばらく進むと倒れている何かを見つけ、そこに向かうように音の進行方向が変わる。

 近づくにつれて何が倒れているのかわかってきた。

 それはセイヤたちが倒した魔獣だった。

 倒れた魔獣の周りには木々がなく、月明かりが辺りを照らしているため、周囲は明るく感じる。

 倒れた魔獣に近づく足音。月明かりで、足音の正体が見えるようになった。

 その正体は人で、男のようだ。ツンツンした短髪で、タンクトップの上に袖のないジャケットを羽織っている。

 男は魔獣に近づきながら、奮闘し傷ついた傷痕を眺めた。すぐそばまで辿り着くとぽつりとつぶやく。


「最後まで諦めずに生きたな。安らかに眠れ」


 魔獣の目に手をあて、ゆっくりと動かす。男の手の動きに合わせて、魔獣の瞼が閉じられていく。

 男は周囲を見回すと、月明かりとは別の明るさを見つける。灯台が作っている明かりだ。

 灯台の明かりをにらみつけながら、怒気が混じった声で発する。


「雑魚どもが!お前らにも思い知らせてやる!!」


 男の瞳は人ではありえない色、紅く輝いていた。

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